〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| 鉄板焼き、熱く焼けた鉄板の上で食べ物を焼くという料理だ。 単純見えて、しかし単純であるがゆえにごまかしの効かないその料理には、他の料理にはない独特の奥深さがある。 それに一生を捧げようという者も後を絶たない。 そして、何かに魂を賭けようというのに、男も女も関係ない。 美食倶楽部、鉄板会。 そこは、鉄板焼きを極めようとする者たちが集う虎の穴。 世界から隔絶された、いわばそれを極めるためだけに存在する空間。 その中では、道を究めんとするものが男も女も関係なくお互いを高めあって競争している。 一度中に入れば、出るときには挫折か栄光の二択しか与えられないその世界の扉が、開いた。 「ありがとうございました!!」 大きな声で挨拶をして出てきたのは、3人の女たち。 彼女たちはかつてこの道を究めんと欲し、ここにはいった者たちだ。 見送りに出てきた人物に、彼女たちは深々と頭を下げる。 あまりに眩しい逆光でその人物の姿を見ることはできないが、彼女たちはその人物に最大の敬意を払っているように見えた。 「ありがとうございます、鉄板王。ここまでお見送りいただいて」 その人物の名は鉄板王、世界でこの未知を求めるものに知らぬものはいないという鉄板焼き会の頂点に立つ者。 影はその言葉に頷いて、彼女たちに一枚の紙を渡した。 恭しくそれを受け取る彼女たち。 その目には、涙すら浮かんでいるように見えた。 「これが、免許皆伝の証……」 世界に2つとない、認められた証。 そう、彼女たちは本日見事に鉄板会を卒業することができたのだ。 まだ若い彼女たちの年頃で鉄板会を卒業できるのは非常に稀なこと。 彼女たちは世界に2つとない才能の持ち主だったのだ。 感動する彼女たちの前で、長年世界を隔ててきた厚い鉄板の扉がゆっくりとしまった。 「これからどうしようか」 そう言ったのは、此宮京子、彼女たちの中でもお好み焼きを焼かせたら右にでるもののない手練だ。 「んー。考えてないなぁ、キッコちゃんは?」 そう言って話を流したのは八木爽真、名前の割にはおっとりとした雰囲気持った女性で専門は焼きそばだ。 「私は、世界を放浪しようかな」 最後に、拳を握り、それを眺めながら答えたのは鉄半谷貴久子、彼女たちの中で最も鉄板焼きに精通しており得意分野こそないが彼女の作る鉄板焼きは奇跡の味を作り出す。 彼女の言葉を聞いた二人は頷き合って、彼女の両手をとった。 「仕方ないなぁ」 「私たちもついていくよ」 頼もしい仲間たちのその言葉に、貴久子は頷いた。 「君たちが来てくれるなら百人力だ。さあ、私たちの力を試そう。そして、世界に伝説を生み出すんだ!!」 熱く燃える瞳で遠くを見据えて、彼女たちは歩き出す。 その一歩は、まさに輝かしい栄光への一歩に他ならないのだ。 伝説が、今日から始まろうとしていた。 行く宛もない旅である。 西へうまい鉄板焼きの噂を聞けばそちらへ走り。 東に鉄板の技術を聞けば訪ね。 全ては技術を磨き、そして一人前の鉄板焼きを作り上げるためのため。 そのたびの第一歩、どこへ行こうかと迷っていたその時だ。 どーん、と大きな音が聞こえた。 見あげれば夜空に咲く光の大輪。 色とりどりの花が大きく咲いては散っていた。 「祭りか」 貴久子がつぶやく。 「普通のお祭りっていうのも、大分いっていないね」 鉄板会で修行している間、外の出来事に触れる機会はなかった。 「ちょうどいいかもしれない」 まずは、世間の鉄板焼きの実力いかなものであるかを試す小手調べ。 そのはじめの相手としては、ちょうどいいと、彼女は思った。 二人は、その思いをすぐにも汲み取って。 「よし、それじゃ早速いこう」 花火に釣られるように、そちらへ足を向けたのだった。 「結構賑わっているね」 最初の感想はそれだった。 訪れた縁日は、小さい神社で行われてるわにはかなり大規模なものだったのだ。 お客さんたちも多く行き来していて、これなら期待が持てるというものだ。 「きっこちゃん、貸浴衣だって!!」 入口近くにあるテントを指さして爽真がはしゃぐが。 「ダメだぞ爽真。私たちはこれから戦いに行くんだ。私たちの、この鉄板会の制服で戦わないでどうするっていうのさ」 厳しい口調の貴久子の言葉に戒められて諦めた。 ちっ、釣れなかったさね。 なんて言葉が聞こえた気がするが気にしない。 三人揃った格好で縁日の中を練り歩き、目指すのは鉄板焼きの屋台だ。 それ以外には目もくれない。 そしてたどり着いた鉄板焼きの屋台。 店の前に下がっているのはやきそば、お好み焼き等々の値段と名前。 いささか値段が高い気がするが、縁日気分で買うのであれば問題ないだろう。 しかし、問題はそこではなかった。 「ば、馬鹿なっ!!」 3人は目の前に広がるありえない事態に目を丸くして声を上げる。 こんな事があっていいのか、許されていいのか。 「縁日において、店が開いていないだなんて!!」 そう、その店には店員がいなかったのだ。 周囲を見回してみてもそれらしき人物はいない。 「準備も、こんなにしっかりできているというのに!!」 店を覗いてみれば、準備は完全に整っているのだ。 材料も、その他の設備も。 いっそ一流と言っていいほどに揃っている。 なのに、なぜ。 「許せない……」 眼の前で行われた非道に、黙っていられる鉄板会卒業生ではない。 「たくさんのお客さんたちが、私たちの鉄板焼きを待っているんだ。やるぞ!!二人とも!!」 居ても立ってもいられなくなった3人は鉄板会特性エプロンを装備すると、颯爽と店に入った。 「設備のチェックを」 促して、鉄板に火を入れる。 きれいに整備されている鉄板、火は素直について、鉄板の全土に熱を伝え始めた。 「準備は万全だよ、貴久子」 「すごい、製麺機まで揃ってる!!」 二人の報告に頷いて。 「よし、それじゃあはじめよう!!」 店の前に並ぶライトに、電源を入れた。 「さあさあ、おいしい美味しい鉄板焼だよ!!」 カンカンとヘラを叩いて注目を集める。 デモンストレーションにまずは一つ二つと焼き上げてみると、周囲に食欲をそそる香ばしい香りが広がった。 それに釣られるように、お客さんたちが次々に群がってくる。 「並んで並んで。いっぱいあるからね!!」 じゃまにならないように横向きに並べると、注文を受け取りながら焼きあげていくことにしたのだった。 人々はそれを口にするたび、天上の果実を頬張ったような表情を見せ声を上げる。 「おいしい!!」 それは、彼女たちが鉄板会で築き上げた技術の集大成なのだ。 「ふふ、やっぱりおいしいって言ってもらえると嬉しいねぇ。次、豚玉1つ!!」 「そうそう、私たちこの言葉を聞くために修行してきたんだものね」 「さあ、ガンガン作るよ!!」 京子が素早くお好み焼きのタネを作る。 爽真はなくなった焼きそば麺を練り上げ。 そして貴久子が美味しく焼きあげる。 流れるようなコンビネーションに、店は大いに盛り上がった。 「ん、なんか盛り上がってるね」 ラムネ憑き神からもらったラムネを飲み干しながら、祭里は声の上がった方を向いた。 「あっちは、今日呼んだ鉄板焼き屋さんがいるけど……なんかしてるのかな」 彼女の背後で双子の少女を抱き抱えた花火がそう言った。 顔もそっくりな双子の少女は、嬉しそうにそろって花火を見上げている。 「いってみる?」 花火の言葉に、祭里は頷いた。 飲み干したラムネのビンをラムネ憑き神に返す。 「もちろん」 花火は双子を器用に練り合わせるように球体に変えると、人のみにしてしまう。 「せっかく呼んだんだしね」 そして、二人はそちらに向かって歩き出した。 両手に持ったヘラを自在に操り、麺を踊らせお好み焼きをひっくり返す。 横の鉄板ではクレープだって作れるが、今はそれを求める客はいない。 銀光が翻る。 銀色のヘラはもはや彼女の体の一部だ。 指を曲げるように、腕を曲げるように自由自在に動くヘラは鉄板の上にあるすべてを見逃さない。 彼女は、鉄板のすべてを理解している。 温度、厚さ。 もちろん、その上で焼かれている物の状態までも。 彼女はそれを完璧に理解しているのだ。 熱くたぎる鉄板は彼女に熱を伝える。 しかし暑いとは思わない、なぜなら鉄板もまた、もはや彼女の体の一部なのだ。 素早くヘラを踊らせ、瞬時にソースをふりかける。 じゅっと音がして、香ばしいソースの焦げる匂いが広がった。 ささっと混ぜあわせてなじませれば、美味しい焼きそばが出来上がる。 素早くパッケージに盛りつけるのは、爽真の役目だ。 適量の青のりと紅しょうが。 梱包までのその速さは芸術的ですらある。 「さすがっ」 二人は言う。 けれど彼女は、己をまだまだ未熟だと感じる。 ヘラはまだ、彼女の体の延長であって一部ではないし。 鉄板の様子も、彼女はまだまだ知らないことが多い。 もっと、もっと。 高みに。 彼女は願い、思い、ヘラを振るう。 きっとこの思いは、私たち三人が持っているのだ。 現状に満足せず、より上を目指そうとする、その思いを。 「それは、楽しみだなぁ」 ふと、熱と蒸気に溢れ、怒号の飛び交う戦場に、少女の声が聞こえた。 思わず、鉄板から視線を離し、顔を上げる。 正面に、少女が立っていた。 イつからだろう。 並んでいたほかの客たちは、彼女に道を譲るように周囲に散っている。 宮司のような格好をした少女は、彼女に、彼女たちに器具を向けていた。 「お嬢ちゃん、何がいいの?」 爽真が訪ねた。 少女は応えず、それを振るった。 光も音もない、けれど変化は劇的だ。 貴久子の両手が、持っていたヘラと一体化した。 かと思えば彼女の体が溶けるように変化し、周囲にある鉄板と一体になる。 まるで大型の鉄板の真ん中からその上半身が生えているような格好になった。 たくさん置かれていた機器、設備は鉄板の下に格納され彼女の下半身が溶けるように姿を変えてそれらとつながっていく。 背中にはソースなどを載せた籠ができ、肩からは触手のようにお玉やホース、ボールなどが伸びた。 そう、彼女は鉄板焼き憑き神になってしまったのだ。 鉄板焼き憑神はヘラを大きく鳴らすと、鉄板を赤熱化させた。 そして手を伸ばして、両隣にいた仲間二人を手にかける。 お社憑き神の術により体が変化し始めていた二人を増えた触手を使って交互に加工していくのだ。 まずは京子。 体がとろけはじめていた彼女を、お好み焼きのタネを入れるボールに放り込む。 形が崩れ始めていた彼女の体はその衝撃でいともたやすく崩れた。 そこに野菜や肉、揚げ玉などをパパっと放り込んでさっとかき混ぜるとそのまま赤く焼けた鉄板の上に広げる。 それが焼きあがるのを待ちながら、爽真のからだを加工する。 爽真の体は、まるで練り上げた小麦粉のように弾性を持ち始めていた。 彼女はそれを器用に両手のヘラで練りあげると、適当な大きさに丸めてひとのみにする。 軽く頬を染めながら、彼女の下半身に融合した製麺機が動き出した。 音をたててそこから押し出されてくる麺は、先ほど飲み込んだ爽真だったもの。 それをお玉で器用に受け取ると、鉄板の上に広げる。 両方から香ばしい匂いと音が広がった。 二箇所での料理を、鉄板焼き憑神はきように行っていく。 麺をほぐし、野菜を絡ませる。 焼けすぎないようにお好み焼きの面倒を見る。 体の一部となった鉄板は、正確無比な情報彼女に伝えてくれるのだ。 もはや彼女に、隙はない。 両者にソースをかけると、2つの料理が完成した。 美味しそうな2つな料理はしかし、誰の口に入ることもなく急激にその質量を増加させる。 お好み焼きが急激に盛り上がり人の上半身の形をとったかと思えば、今日子の面影のある顔が出現した。 そう、彼女はお好み焼き憑き神になったのだ。 焼きそばが絡まり合って柱のようになった、それは歪な人の形を描くと爽真の面影のある顔が現れる。 そう、彼女は焼きそば憑き神になってしまったのだ。 二人の両手はヘラになっており、彼女たちはそれをかき鳴らした。 広い鉄板という部隊で踊るようにしながら、三人はお社憑き神に一礼する。 「そうね、注文はチコ玉とゆうき焼きそばにしようかしら」 「チコ玉一丁!!」 「ゆうき焼きそば入りまーす」 頷いた三人は、動き出した。 まずはお好み焼き憑き神、周囲にいたチコという名前の少女に手を伸ばして捕まえると、そのままボールに放り込む。 ボールの中でお好み焼きのタネに姿を変えた彼女を芸術的な技術で軽くかき回すと、鉄板焼き憑神の上に広げた。 焼きそば憑き神もまた、その手を伸ばしてチコの母ゆうきを捕まえる。 グイッと引っ張ってゆうきを自らの身体で抱きかかえるようにすると、彼女の体に埋まるようにしながら勇気は徐々に体を固まらせていく。 小麦粉の塊に変わってしまった勇気を叩いて伸ばして折り曲げて、芸術的な技術でもって美味しい麺に加工すると、それをポーンと放り投げる。 その先待っていたのは、口を大きく広げた鉄板焼き憑神だ。 彼女の体を通って製麺機が作動し、ゆうきの塊はゆうき麺に姿を変えた。 それを素早く受け取って、鉄板焼き憑神の上に広げる。 あっという間の華麗なコンビネーションに目を丸くするお社憑き神の前で鉄板焼き憑神の両手が翻り、銀線が夜を駆けた。 ソースが跳ねる、麺が、お好み焼きが翻る。 それはさながら、鉄板の上で繰り広げられる演舞のようにさえ見えた。 「オマチドウサマ」 出来上がった料理2つを口にしたお社憑き神は、驚嘆の声を上げる。 「おいしい!!」 そうして、最高の体と素材を手に入れた彼女たちの伝説がここで幕を開けようとしていた。 |