〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| 「うーん」 祭里は首をかしげていた。。 祭りはどんどん大きくなり、今までやっていなかった屋台の営業も始まっている。 お客さんもドンドン入るようになって、賑やかになってきているのだ。 しかし。 「うーん」 祭りはその光景を見ながら首を傾げる。 「何かが、足りないなぁ」 なんだろう、何が足りないのだろう。 香ばしい匂い、にぎやかな音楽。 どれもこれも、彼女の望んだ祭りの形であるはずなのに。 「うーん、何かが足りないなぁ。若さ……うーん、結局違うって話しなったしなぁ」 そのために作った憑き神を思い出して、それから頭を振った。 老若男女楽しんでほしい、そういう祭りにしようと思っていたのだ。 男はあまり来ないが。 しかしこの祭り、どうにも何かが足りないような気がしてならないのだ。 道行く客たちを見て周り、あーでもないこーでもないと思いを巡らせる。 「なかなか、上手くいかないみたいね」 そんな彼女に背後から話しかけたのは、花火だ。 花火は両手で少女をひとり抱き抱えている。 少女はきょとんとした様子で、花火を見上げていた。 「うーん。なにかいい考えないかな、花火憑き神」 花火はうーん、と困ったような顔をした。 「そう言われても、なんだろう。わからないよ。ほら、こういう時には、何か食べて考えるといいんじゃないかな。私もお腹すいちゃったから」 そう言うと、花火は憑神に姿を変えて抱き抱えた少女をくるりと器用に丸く加工。 そしてそのまま一息で飲み込んでしまった。 ぼこん、と音がして彼女の体が一段階大きくなる。 少女は花火に慣れたことが嬉しいのかにこやかな表情をしている。 「ソノウチ打チ上ゲテアゲルヨ」 腹に収まった少女を撫でて、花火は元の姿に戻った。 「さ、なにか食べに……どうしたの?」 誘おうとしたところで、祭りが何かを見ていることに気がついた。 それは、さっきの少女が身にまとっていたもので、花火にする時に落としてしまったらしいものだ。 祭りはそれを持ち上げてしげしげと並べると、花火に勢い良く向き直った。 「そうだ、浴衣だよ!!せっかくのお祭りなんだもん、皆にも浴衣を着てもらうの!!花火憑き神、花火を上げて!!」 花火はすぐにも頷いて、右手を空へ向けて高く掲げた。 夏の夜に、光の花が咲く。 花火の鳴る音が聞こえた。 空気を震わせる大きな音だ。 おや、と思って空を見上げれば晴れ渡る空に幾つか煙が浮いている。 「あら、どうかしました?」 けれど話している相手は、そんなことには全く気がつかないかのようで。 「いや、なんでもないさね」 彼女はそう言って話を続けるのだった。 その井戸端会議もほどほどに切り上げて、彼女は再び空を見上げる。 「まったく、挑発っていうのは受けてもうれしい物じゃないさな」 彼女には聞こえていた、それは霊力のあるものにしか感じられないだろう存在しないはずの花火の音。 白昼堂々と上がった花火は彼女たち、退魔師への挑発に他ならない。 「憑き神なら憑き神らしく、こそこそとしてればいいさね」 ふんと不満気に鳴らした彼女は、着の身着のまま、まるで花火に誘われるかのように歩き出したのだった。 今時珍しく艶やかな着物をしっとりと着こなした女性で、その腰まで届くほどに長い黒髪は吸い込まれるほど艶やかだ。 かと思えば、その目線はまるで刃物のように鋭く、彼女が只者ではないことを教えていた。 彼女を知っているものは少ない、けれど知っているものはこう呼ぶ。 地蜘蛛の布束と。 彼女の名は布束浴衣、この地を古くから守ってきた退魔師だ。 それほど名が売れているわけでもない。 彼女はこの地から動こうとせず、この近辺に現れたものだけを狩るからだ。 しかしながらその実力は折り紙つきと言ってよく、彼女から逃れられた憑き神はそうはいない。 妖艶、そうとしかいい用のないしぐさでキセルを取り出しながら歩く姿はまるで男を誘っているようにしか見えない。 出るとこは出て、くびれるところは括れるというスタイルを持った彼女に流し目でもされようものなら、そこらの男なんていちころであろうことは間違いない。 ふぅ、と甘ったるい煙を口から吐いて、彼女はいっぽいっぽと目的地を目指すのだった。 たどり着いたのは、山間にある寂れた神社。 道路からも離れていて、ここしばらく人のはいった形跡がないのではないかと思うほどに寂れている。 参道には大きくクモの巣が張ってあるほどだ。 「おじゃまさせてもらうよ」 蜘蛛の巣を器用に避けて、彼女はゆっくりとそこを登り始めた。 やがてたどり着いた鳥居の前で立ち止まり、そこに手を触れてみる。 「ここにいるってわけじゃあない。鳥居を媒介に他の場所につないでいるんだね。小賢しいっていうのさ」 鳥居の創り上げる何もないはずの空間に手を当てると、布を押すような微かな反応が帰ってきた。 ゆっくりとその奥まで手を突っ込んでみる。 「ん、攻撃的な結界ってわけでもない、か。大方、中に人を閉じ込めるための催眠用かね」 引きぬいた手に鼻を近づける。 「煙、人、香ばしい匂いだ、火薬、花火か。あまり、やばいっていう気配はない。となると、祭りか……神輿か、神社にでも憑いたかね」 手についた匂いだけで中の状況を推測すると。 「知らせておいたほうがいいか……まあ、ここで逃しても面倒だ。私が潰せば問題ないだろう。新参に礼儀ってやつを教えるとしようかね」 そういって、何事もないようにその中へと足を踏み入れたのだった。 まず感じたのは、明るさ。 外は真っ暗だったのに、その中は驚くほどに明るかった。 立ち並んだで店の明かり、店店の間をロープがつなぎ、ぶら下がった提灯があかあかと夕焼けのような明かりをこぼす。 そして匂い。 屋台特有の香ばし匂いが鼻を突くと同時、絡みつくような甘ったるい匂いもどこからかたどり着いていた。 そして音。 祭り囃子、それもただの祭り囃子ではない。 聞く人の心を操るたぐいの魔曲が、この縁日を満たしていたのだ。 創り上げられた祭りの雰囲気が、この結界を形作っているのだと彼女は確信した。 一度踏み込んだが最後、楽しい祭りの気分に当てられて帰ることなく違和感なくこの祭りの一部とかしてしまうのだろう。 事実、彼女でさえもどこか懐かしい雰囲気を感じていたのだから。 「……見誤った?私が、軽くとはいえ術にかかってるだなんて……でも、作り自体は稚拙だし……」 つぶやくが、だからといってここから出れるわけでもない。 この祭りの本体を見つけて、討伐しないことにはどうしようもないのだ。 「まあ、少し小手調べでもしてみようか」 そういって周囲を見回す。 屋台が立ち並んではいるが、その多くはまだ無人だ。 それはこの憑き神が未だ完成されていないことを意味していた。 やがてこれが全て埋まったとき、これほどの規模の憑き神の力がどれほどになるのか。 「芽は、早く摘み取るに限るさ」 空恐ろしい事実に首を振る。 と、彼女の視界の端に何かが写った。 小さな、手のひらに乗るほどの大きさの何かが空に浮かんでいる。 「見つけた見つけた」 それに向かって手招きすると、それは器用に体をくねらせて彼女のところまでやってきた。 きょとんとした顔で彼女を見るそれは、人の顔を持った金魚だった。 「子分憑き神、金魚すくいにでも食われたかね」 聞いたところで返事は帰ってこない、ただきょとんとした表情をむけられるだけだ。 「はっは、まあ答えなんて求めないさ。ささ、お姉さんとあそぼう、ここへお入り」 そんな金魚憑き神に笑いかけて、彼女は着物の胸元を大きくはだけた。 たっぷりとしたボリュームが創りだす魅惑の谷間をたわわに揺らして誘う。 その揺れに食いつくように、金魚憑き神はぴょんとその他に間に飛び込んだ。 「待ってな、すぐ戻してやるさ」 その直後、彼女は豊満な乳肉を両側から抑えて中に入った金魚憑き神を押しつぶす。 ぴっちりと合わさった谷間に腕を突っ込んで取り出したのは、金魚の刺繍が施されたハンカチサイズの布だった。 「うん、やっぱり力はないはず」 それだけで彼女は、この憑き神の力を測りとったのだ。 そして得た結論、敵ではない。 「地蜘蛛の布束、推して参る」 ハンカチを懐にしまい込むと、袖から綺麗な刺繍の布をだらんと垂らして、彼女は歩き出した。 縁日の中には、たくさんの小憑き神たちが漂っていた。 それを見つけるなり彼女は布で器用に絡めとり、その魂を布へと固定していく。 しかしながら、行けども行けども大物は姿を表さない。 先ほどまでは出店のそこかしこに憑き神が店員として入っていたというのに。 「さすがに感づくか」 どうやら、異常を察知して隠れたらしい。 一度本気で隠れると、憑き神というのはなかなかに見つけ出しづらいのではあるが。 「まあ、これだけでかい根を張っているんだ。どこへだって行けないだろう」 そういうと、小憑神だけでも刈り取るべく縁日の中を練り歩き続けた。 そしてやがて、縁日がすっかり静かになってしまった頃。 やっぱり、ここだったか。 彼女は、ついにたどり着いていた。 神社の本殿、その前にたくさんの憑き神たちが勢ぞろいしている。 なにやらフワフワとした娘、銃のような目付きの娘、外人、他にも数人いるが、気になったのは中央、本殿の前に立つ娘だ。 他のメンツに比べて、異様に年齢が低く見える。 「ここにいるのが全員で。あんたが、ここの親分ってわけだね?」 その問に答えるように、娘は周囲を見回していった。 「お客さん以外に答える必要はないね。お客さんでも教えないけど。それに、小憑神だけじゃなく、お客さんまで全員気絶させていくなんて。せっかくのお祭りが台無しだよ」 「ふん、こんな人を食うような祭りなんてなくなって正解さね。子供たちまで巻き込んで……それは外道っていうんさ」 「……わたし、あなたを呼んだ覚えなんてないんだけど。あなたは誰?」 切って捨てるような彼女の返事に、娘は表情を険しくして尋ねた。 そう、彼女の侵入は予想外だったのだ。 打ち上げられた花火は、本来は別の者を呼ぶために使われた。 しかし、たまたまその近くにいた彼女が、それに気づいてしまったのだ。 「こっちは呼ばれたからきたんだけどねぇ。やっぱり新参は世間ってやつを知らない」 いって、彼女は布を娘へと向ける。 不思議なことに、垂れ下がっていたはずの布は刃のように鋭くのびてその切っ先を娘に向けていたのだ。 「あんたみたいなのがのさばらないようにするための組織も、この世界にはあるってことさね!!」 言うやいなや、彼女の背中からたくさんの帯が広がり憑き神たちを絡めとっていく。 憑き神たちは対応するようにその姿を憑き神へと変化させたものの瞬きする間もなく伸びてきた布からは逃げることが出来ず、娘以外すべて捕まってしまったのだった。 それはまるで、ハンターが獲物を捕まえるときのような、狙い済まされた動作だ。 逃げようとする憑き神たちを一瞥して。 「心配はしないでいいさ。お前らの魂はしっかりと戻してやる」 そしてそのまま、娘に向かって歩き始めた。 「うそ……」 その顔には、驚きの表情がありありと見て取れる。 それはそうだろう、いままで得た力でやりたい放題やってきたのだ。 それが、こうも一方的にやられるだなんて普通は考えもしない。 「神になったつもりだった?」 嘲るような問い掛けに娘は応えず、憑神の姿を現した。 「へえ、その姿。やっぱり神社か」 その姿に感心したような声を上げるが、歴戦の退魔師らしくうろたえもしなければ戸惑いもしない。 「えいっ!!」 お社憑き神は、手に持った器具を彼女に向けて振るう。 しかし、今まで彼女の願いを叶えてきた歪な神具は今度ばかりは手応えを返さない。 「せっかくだから教えておいてやるさね。憑神を作るには相手の体から霊力を追い出さないといけない。一般人ならまだしも、私みたいに長年生きて霊力を蓄えてるような奴には、涼しい風さね。それともう一つ、めだっちゃあいけないさ。ひっそりひっそりとね、わきまえないから私みたいのに見つかるんだ」 呆然とした表情を見せるの首筋に、布の刃が添えられた。 「悪いけど、あんたは少し救いようがないさ。それに、罪っていうのは償わないといけない」 添えられた刃の感触に、お社憑き神が小さく悲鳴を上げた、その瞬間だ。 「マツリ!!」 布に捉えられていた憑神の一人が、丸い体の一部を分離して拘束を逃れたのだ。 そして布に残された球体が、派手な音を立てて爆発する。 「なにぃっ!!」 突然の衝撃に、彼女は大きくバランスを崩しお社憑き神から刃を離してしまう。 その隙を突いて、花火憑き神がお社憑き神を救出する。 「お姉ちゃん!!」 思わず抱きつくお社憑き神を抱きかかえて、花火憑き神は浴衣に向き直った。 「ヨクモヤッタナ、蜘蛛女!!」 右手を向けて、大玉の花火を撃ち出す。 空では綺麗に咲く花火も、その場で爆発すれば爆弾だ。 大きな衝撃と音を伴って、縁日が揺れた。 まぶしすぎる光のせいで一瞬視力を失うが、それもやがて戻ってくる。 「良い線いってるさ」 そして二人が見たのは、布に包まれて全く無事な姿を見せる布束浴衣の姿だった。 「今のは驚いた。なかなかのパワーさね」 平然と言ってのける浴衣に、花火憑き神もさすがに驚く。 「とっておきの体育教師30号が……」 呆然としながらも、彼女は右手を相手へと向けた。 その様子に、浴衣は手を振って答える。 「むりむり、止めておくがいいさ。わかったろ、お前らじゃ私には勝てないって。しかし、私も悪かった。お前たちを侮っていたさ。これからは全力、もう容赦はしないさ。だから、その前に私の名前を教えておく。向こうに入ったら自慢するといいさね、私にやられたんだってね」 一息。 「私の名前は布束浴衣、地蜘蛛の布束とも呼ばれているね。この地にあんたの年齢の十倍以上昔から住んでいる、鬼蜘蛛の化身さ。あんたたちが相手にするのはそれだけの時間という名の重みを持った霊力だ。誇りに思うといいさ」 その自己紹介に、抱き合った二人の憑き神は顔を見合わせた。 「さあ、覚悟するさね。言っておくが、この布は私の糸から織り出した特別性だから。切れたり折れたりするんじゃないかなんて、無駄なことは考えないこと」 そして布を刀のように伸ばすと、一息で斬りかかった。 踏み込みは神速、捉えられていた憑き神たちでさえその動きを追うことができないほど。 その踏み込みの一歩は、石畳を砕く。 一直線に伸びた剣閃は、そのまま二人を両断するかと思われたのだが。 「年齢上限設定25歳!!」 喉元に届いた布の刃は、優しくそこに絡みつくにとどまった。 「な、ななんだこれは!!」 今までにない慌て様を見せる浴衣。 その焦りに答えるように、捕まっていた憑き神たちもその縛めを破って抜けだした。 それだけではない、彼女の胸元からたくさんの子憑き神たちが溢れでてきたのだ。 その反動でたってすらおれず座り込んでしまった彼女の前に、お社憑神が立った。 「本当は、使わないつもりだったの。若い人ばかりじゃ、つまらないから。でも、長生きしたら、霊力がたまるっていうから……若くなってもらったの」 時間により蓄積された霊力を失った浴衣は、もはやただの変化でしかなかった。 その姿を保っているのがやっとというレベルだ。 「は、そんな奥の手があったとはね」 歯噛みする、楽しんでもらうために作られた結界。 そう甘く見て、それ自体を詳しく調べなかったことを公開した。 だがもう遅い。 横になって呆然とする浴衣の耳にずん、と重い音がした。 引かれるようにそちらに目を向けると、本殿の方に向かってくる大きな影がある。 「鳥居憑き神、そこをくぐった人の年齢を帰ることができるの」 「イキガイイヨー」 素っ頓狂な返事をする鳥居憑き神をいつもの位置に送り返して、お社憑き神はもはや立つことすらかなわない浴衣に向き直った。 「驚いたけど……ふふ、あなたに会えてよかったよ」 それから、手にした器具をむけて。 「だって、あなたのほうが浴衣作るの上手そうなんだもん」 振った。 その変化は劇的だった。 存在しているはずの現在から大きくさかのぼって過去の姿を変えようというのだ。 まだ未熟な霊力が一瞬にして書き換えられていき、その姿はお社憑き神の望むものへと加工されていく。 まばゆい光を発して下半身が着物の色合いのまま厚みを失っていく。 腰には布になった下半身からつながるロールができた。 上半身は、ほとんどそのまま。 艶やかな姿形をしているが、その左手は針刺しになっていて待ち針などの色とりどりの針が刺さっている。 右手には、何でも裁断できそうな大きなハサミを持っていた。 そう、彼女は浴衣憑き神になってしまったのだ。 ![]() 「すてき、どんな浴衣を作ってくれるのかしら」 「チョキチョキっと作るさね」 お社憑き神に一礼して答えた浴衣憑き神はそのへんで気絶していた子供に待ち針をさした。すると、子供の厚みがドンドンとなくなっていきペラペラになってしまう。 それをひょいと持ち上げて筒状に丸めると一気に飲み込んだ。 ごっくんと飲み干すと、腰のロールが音を立ててカラカラと回りだす。 彼女の浴衣の色がしばらく続いて、それから突然別の色の布地が出てきた。 それは、まるで先ほどの子供の面影を残しているようにもみえる。 彼女は大きなハサミでその部分をきれいに切り取ると、左手の針を素早く動かして一着の浴衣を縫い上げた。 それは、受け取ったお社憑き神、いや祭里の体にぴったりとフィットするもので。 「すごーい、ぴったり!!」 祭里はそれに、非常に喜んだのだった。 「年齢上限設定解除」 過去に憑き神であったことにされてしまった浴衣。 その事実は現在に戻されたところで消えるわけではなく。 むしろそのまま時を超えたという。 いわば過去を改変されたという状況になってしまっていた。 つまり、百年以上の時をへた憑き神となっていたのだ。 その力は強力無比といってもよく、そしてそれの親である祭里の力もまた非常に強くなったのだった。 |