〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| 小さな音を立てて飛ぶ弾はものの見事に的の中央を貫いた。 横の電光板に表示された点数は百。 それはつまり正確にど真ん中を撃ちぬいたことを意味する。 「すごい。今回も満点じゃない」 周囲から称賛の声が上がっても、銃を手にした彼女はにこりともせずに次の弾を込めた。 ここは射撃場。 ライフル射撃という競技を行うための場所だ。 そして、この射撃場は全国でも珍しく女性会員限定の場所なのだった。 周囲を見回してみてもいるのは女性ばかり、そしてその誰もが彼女を見ていたのだ。 「さっすが、我が部のエースよね」 茶化したように言う言葉にも耳を貸さず、彼女は淡々と的を射抜き続けた。 今ここにいる誰もは、全く同じユニフォームに身を包んでいる。 彼女たちは全員、近くの大学のライフル射撃サークルなのだ。 ライフル射撃のライセンスを持っているもの、しかもそれが女性ともなればその数は本当に少なくなる。 この射撃場の客の殆どは彼女たちサークルメンバーで占められているのだ。 今までほとんど無名だったこのサークルだが。 最近は彼女、的場亜里射の活躍で方々にその名を知られつつあったのだ。 といっても、サークルメンバーの殆どは並以下と行っていい腕前で、有名になったのはサークルというより的場であったのかもしれない。 そのためそれをよく思わないものも多く、冷やかすような言葉を浴びせる者も多いのだが本人は全く意にかえしたような様子もなく、いつもの様に淡々とライフルを打ち続けのだった。 その姿は本物のスナイパーのようで非常に格好良く一分からは逆に人気があったりもする。 彼女目当てで入部するものが増えたくらいだ。 「的場さんって、すごく寡黙でかっこいいわよね」 「本当、スナイパーってああいう人なんでしょうね」 陰口とも賞賛ともつかない言葉は亜里射にとっては、雑音にすらない。 銃の重さと、冷たさを頼りに。 彼女はただ銃口を向け、引き金を引く。 それだけを考える。 それだけ出来ればいい。 周囲はスナイパーのようだというが、むしろ彼女は銃そのものであるかのような、そんな人間だった。 生まれる国を、あるいは時代を間違ったのではないかと本気でそう思うときがあるほどだ。 手にしたライフルをなでる、黒くて鈍い光を放つ相棒はすっかりと手に馴染んでいる。 それはもはや、自らの一部であるかのようだ。 「そろそろ、帰りましょうか」 会長の言葉に、全員が片付けを始める。 彼女もライフルを丁寧に磨き上げると鞄の中にそっとしまいこんだ。 外に出ると、もうあたりは真っ暗になっている。 朝から来たのだから、もうどれだけの時間そこにいた事になるのか。 なんてことを考えながら最寄りのバス停までサークル員みんなで列になって歩いていると。 「的場さん」 背後から、会長が話しかけてきた。 射撃の腕はまずまずだが人当たりがよく、誰とでもにこやかに話せるようなタイプの人間で。 「あ、会長」 普段鋼鉄のスナイパーである彼女も、その前では朗らかな笑顔を見せるほどだ。 「お疲れ様。今日も絶好調だね」 「いえ、いつもどおりですよ」 どこかで茶化すような声も聞こえたが亜里射は無視。 「あはは、さすが的場さん。でも、前から言ってるけどさ。もっとにこやかに行こうよ。あんまり無表情だと皆怖がっちゃうよ」 こんな性格をしているせいか、彼女の周囲には友人と呼べるような人間はほとんどいない。 すこし遠くから、危ないものを触るような距離感でいるのだ。 それは友好的であろうと、彼女を疎ましく思っていようと変わらず。 彼女自身はもうそれに慣れて、なんとも思わなくなっていたのだが……ただ会長だけが、その領域に踏み込んできた。 「もっとみんなと仲良くしよう?」 そんな風なことをいって、にこにこと笑いながら。 はじめのうちは、ただ鬱陶しいと思っていた。 何度も邪険にして、追い払った。 嫌われてもおかしくないような態度だってとった。 一人にして欲しかったから。 しかし、会長はそのたびに、何度だって笑いながらやってきたのだ。 北風と太陽のように、暖かな日差しのような笑顔が、鋼鉄の銃でできた彼女の心を少しずつ解きほぐしていったのだ。 「はい」 気を付けてみます。 口先だけではない、それは本心だった。 ライフルを持っているときだけは鋼鉄の精神に戻るのだが、そうでないときは人間になろうと。 自らを銃として育ってきた彼女が、初めてそう思ったのだ。 背負ったライフルを軽くなでる。 冷ややかな感触が心地よく、愛しいとすら感じる。 世界大会出場者だった父からもらった相棒。 今まで、ずっといっしょにいたいと思うものなんてこのライフルくらいしかなかったのだが。 「先輩となら……」 ずっと一緒にいてもいいかな、なんて。 不器用ながらも思ったりしていたのだ。 もし、他の人と分かり合うことがこんなに素晴らしいことなら。 「悪くない」 「よかった」 小さくつぶやいた言葉は会長にも聞こえていたようで、ほっと胸をなで下ろすようなしぐさを見せた。 「そうだね、それじゃ今度。どっか皆で遊びに……」 会長がそう提案した時だ。 ドーンと大きな音が鳴り響いた。 ドンドンと連続して、それからパラパラと続く。 音と共に一瞬明るくなった空を見上げて、彼女たちは足を止めた。 「綺麗な花火ね」 誰となく零したその言葉に頷き、しばし空を彩る魔法に見惚れる。 花火は近くの山から上がっているようで、見上げる空いっぱいに広がる大きな花火にいつもとは違う震えるほどの美しさを感じた。 「かいちょー!!」 先に行っていたメンバーがにわかに慌ただしく後ろへ走ってきたのは、そんな時だ。 うれしそうに、というか楽しそうな表情を隠そうともしないで走ってきたメンバーたちは山を指さした。 「いま、夏祭りやってるんだって。見に行こうよ!!」 口々に行こうと誘うメンバーに、他のメンバーたちも調子を合わせて言い始めた。 会長は周囲を見回して。 「そうね、せっかくだし行きましょうか」 と頷いた。 やったぁと声を上げ早速走りだすメンバーたちを見送り、会長は亜里射に向き直った。 「丁度いい機会よ。的場さん、皆と仲良くお祭り回りましょう」 どうやら、会長にも思う所あって許可を出したらしい。 うん、と小さく頷いたのを確認してから会長は亜里射のてをとって、山の方へと走りだしたのだった。 少しはいったところに、それはあった。 立ち並ぶ出店、ずらりと連なる提灯が夜を明るく照らし出している。 「へぇ、こんなところあったんだ」 気づかなかった。 その事実に違和感を覚える程度には、そこは広く大きく見える。 「まあ、神社なんてお祭りでもないと来ないけどね」 会長はそう言って、先に行ったメンバーを探して歩き出した。 亜里射は、そのあとをついていく。 周囲を見回してみれば、人はそれほど多くない。 こんな場所だから客の入りがイマイチなのは仕方ないと思うが、それにしても祭りの規模とあまりにも不釣合であるように見えた。 大体、出店に人がいないのが多いというのはどういうことなのか。 そんなことを思ったが、会長の方は気にした様子もなくずんずんと進んでいく。 自分より人間らしい彼女がそう思うのならきっとそちらのほうが正しいのだろうと、そう思って彼女は思考を追いやった。 「あー、いたいた。かいちょー、的場さーん」 縁日の中を出歩いているさなか、先に行ったメンバーたちがこちらを探しに戻ってきた。 なにやら面白いものでもあったのか、気分が上向きになっているようだ。 「射的見つけたんですよ射的!!ほら、私たちが射的をやらないでどうするんだっていうか。ほらほら、いきましょう。的場さんもね!!」 縁日に射的はつきものだ。 話を聞いた会長は頷いて、それから亜里射に耳打ちした。 「チャンスだよ、いいところ見せて……皆もう知ってるか。まあ、こういうところで一緒に盛り上がろう」 小さく頷いて、歩き出した。 案内された先には確かに、射的の文字が踊る出店があった。 わかりやすい白と黒の的を矢が射ぬくデザインのロゴもある。 その前でメンバーが数人たむろしている、全員というわけではないが。 先に始めているかと思っていたのだが、しかし彼女たちは屋台の前にたむろしているだけに見えた。 「どうしたの?他の皆は?」 会長の問に。 「他の連中なら、向こうで綿あめ売ってたって言って買いに行きました。それと、この射的やってないみたいなんです」 促されて視線を出店にうつせば、確かに屋台の準備は整っているようなのに動く題に乗っているはずの景品や、それを狙うためのコルク銃も置かれていない。 「まあ、結構寂れてるんで。出店の割に人がいないですし。仕方ないですね」 「そっかぁ、それじゃ仕方ないねぇ」 その報告に、会長は落ち込んだような声を出した。 「ごめんね的場さん。また今度ってことで」 そして、亜里射に向かって小さくそう謝る。 「いや、そんな謝らないでください」 「うーん、いいチャンスなんだけどなぁ。まあでもほら、お祭り気分で皆とお話ししてみたらどうかな?」 「そうですね、そうしてみます」 会長の提案に頷いて、ワイワイとしたサークル員の輪の中に意を決して入っていくことにした。 会長もそうするのかと思ったのだが、折角の機会なのだから、と諦め切れないようで集まったメンバーたちから少し離れて周囲を見回し始める。 何か、ほかに遊べるものがないかと思ったのだ。 そんな会長に、後ろから声がかかった。 「射的したいの?」 少し幼い声質ではあるが、それは会長の興味をひくのに十分な内容で。 「できるんですか?」 思わず彼女はそう訪ね返していた。 振り返った先に居たのは、二人の女声。 どちらも、自分より年下だろうと思われる年齢だ、姉妹だろうか。 会長の問に、妹と思われる方が頷いた。 「うん、たくさんいるみたいだし。すぐに用意できるよ」 たくさん、というのはサークル員のことだろう。 これだけの人数が遊んでくれるなら、ということだろうか。 「そっか、あんまりお客さんいない時に回してもダメかも知れないものね」 「お客さんは、これからいっぱい来るんだよ?」 「明日以降も続くのかな。なるほど、だからあいてる店が多いのか」 「明日も、あさっても、その先も続くの。そしてお店も増えていくんだから」 どうやら、かなり長い間にかけて行われる祭りであるらしい。 おそらくまだ初日で、本当は射的については今日行わないつもりだったのだろう。 それをわざわざ開けてくれるというのだ、悪い気もしたが。 「それじゃ、お願いしていいかしら」 その言葉に、甘えることにした。 おねがい、と頭を下げると。 「うん、すぐ用意するね」 にこやかな笑顔で頷いた少女は、どこへ行くでもなく。 一瞬姿がぶれたかと思うと、次の瞬間には全く違う服装になっていて。 手品? なんて思う間もなく、会長の鼻先に、宮司の持っているような器具がつきつけられる。 ただそれだけなのに、全身を走る悪寒に彼女は動きを止める。 「それじゃ……」 「会長どいて!!」 少女が、何かを言おうとした。 それに答える暇もなく、彼女は横に向かって吹き飛ばされる。 突き飛ばされたのだ、と思った彼女が振り向きざまに見たのは。 少女に向かってライフルをつきつける亜里射の姿だった。 「あなた、何?」 鬼気迫る表情で、亜里射はそう尋ねる。 メンバーの中に入っていった亜里射だが、いかんせん今までこういうところに自分から入っていった経験がそれほどなかったということもあって、なんとなく相打ちを売っているだけになっていた。 それでも、そういうこと自体がほかからしたら珍しい光景であるようで。 小さな相槌にもしっかりと反応してくれて、それとなく居心地の良さを味わっていた。 「あら、会長なにしてるんだろ」 そのさなか、誰かそんなことを言った。 会長という単語に反応して、その視線をたどれば。 ここから少し先で、二人の少女と話をしている会長の姿が見えた。 可愛らしい笑顔の少女と、その姉だろうか、そちらも人当たりのいい笑顔を浮かべている。 「可愛い娘だねー。このあたりの子かな」 そんな二人に対して、他のメンツはそんなことを言うが。 彼女だって、そうだとは思うのだが。 しかし、何故だろう。 その二人から、震えるほどの悪寒を得るのは。 他の人がどうにも感じていないのなら、それは間違いなく一般的な感性ではないのだろうが。 彼女は、知らずの内に背負ったライフルへと手を伸ばしていた。 そして、何かあったのだろうか会長が二人に向かって頭を下げる。 それに答えるようにして少女が笑った。 朗らかな、可愛らしい、無邪気な笑み。 混じりっけなしの純粋な笑みと言っていいだろう。 それを見た彼女は、反射的に飛び出していた。 銃弾のように。 不気味なほどに純粋無垢なその笑みを恐れるように、だ。 走りながら器用にバッグからライフルを取り出すと、肩から会長にあたって吹き飛ばした。 「会長どいて!!」 場所を入れ替わるように少女の目の前にたち、その額に銃口を突きつける。 走った最中に見た瞬間的な服装の変化も、彼女の心を乱すには至らない。 ただ、鉄の冷たさ、重たさだけが体に伝わり、彼女をただの銃へと変える。 「あなた、何?」 会長の静止する声も、サークル員達の悲鳴も、彼女の心を動かすには至らない。 銃は彼女の延長であり、彼女は銃の一部だった。 それである限り、彼女はただの銃だったのだ。 「会長、逃げて」 構えを解くこともないまま、会長にそういった。 戸惑った様子が伝わってくる。 悪ふざけをするような、そんな人間ではないことは会長は百も承知だから。 人に悪意を持って銃を向けたのは始めてのことだった。 しかし、自分が思っていたよりもずっと自分の心は銃でできていたようで、震えることも戸惑うこともない。 「今、何をしようとしたの?」 少女の背後、こちらに右手を向けたポーズでいる姉にも視線を向ける。 動くなという意思表示。 このライフルに銃弾は入っていないが、そんなことは自分以外にはわからない。 視線を少女に戻す。 少女は先程から、銃には目をくれることもなく彼女を、その瞳を覗き込んでいた。 「答えて」 強い口調で言って、より強く銃口を押し付ける。 「へぇ」 その答えは、驚きのような呆れのような言葉で帰ってきた。 「すごいね、鉄砲が好きなのかと思ったけど。お姉さんが鉄砲なんだ」 それは、彼女の心のなかを覗いたとしか思えない言葉で。 「人間になんてならなくていいよ、私が使ってあげるんだから」 笑った。 「黙れっ!!」 珍しく、心を揺さぶられた強い口調。 鋼鉄のスナイパーにはありえない照準のブレ。 引き金を弾く指に力を込める。 「お姉さんは、射的になっちゃえ」 しかしそれよりも先に、彼女の持つその器具が、銃の横をコツンと叩いた。 瞬間、何が起きたのか大きくバランスを崩しながらも、どうにかその引き金を引いた。 不意に崩れたバランスのさなかでも標的を照準に収めつづけたのはさすがのスナイパーである。 しかし、カチン、とふざけた軽い音が響いて。 ただそれだけ、他に何も起きはしなかったのだ。 「そん、な……」 その事実に、彼女は呆然とした。 もとより、弾など入ってはいない。 そもそも、そこに呆然としたわけではない。 彼女が手にしたライフルが立てた、あまりにも軽すぎる音。 音だけではない、実際にその銃自身もあまりに軽くなっていた。 それはまるで、射的に使うコルク銃のような。 そして自分が、その一部になってしまったような違和感。 「ダメだよお姉さん、しっかりコルク詰めないと」 クスクスと笑い声が降ってきて、彼女の手からライフルをもぎ取っていく。 見あげれば、姉がライフルのコイルを引き、その先にコルクを詰めて渡しているのが見えた。 「こんなふうにね」 少女はそれを、彼女に向ける。 パコン、と軽い音が響いた。 ただそれだけ、光るわけでは唸るわけでもない。 けれど変化は劇的だった。 両手両足が細い筒に姿を変える。 腕や足と同じように曲がって形を整えると、細部が形を変えていく。 出来上がった形は、銃。 肘や膝の裏に引き金が現れて、両手両足は完全に銃になってしまう。 次に変化が起こったのは頭だった。 耳が大きくコルクのように姿を変え、結ってあった髪が燃え上がり導火線のようになった。 いつの間にか着ていた服も法被に変っている。 そう、彼女は射的憑き神になってしまったのだ。 「きゃぁ、かっこいい!!」 うれしそうに声を上げるお社憑き神に一礼すると、彼女は早速その腕前を見せつけた。 「ばーん」 ![]() 振り返りながら右手の一発。 クルッと回りながら左手の一発。 宙返りしながら両足の二発。 放たれた弾丸はまっすぐととんで、事についていけずぼーっと立っていたサークルメンバーたちの眉間に直撃した。 その瞬間、ボワンと音を立ててあたった者たちが小さな景品に姿を変える。 あまりのことにあっけにとられるもの、悲鳴を上げて逃げ出すもの。 それらすべてを平等に、全く撃ち漏らしすることなく、華麗に優雅に、彼女の銃弾は撃ちぬいた。 気づけばそこには、景品になって転がるサークル員たちと、腰を抜かして見上げる部長しか残っていなかったのだ。 「ま、的場さん?」 近づいた彼女に、会長は震える声でそう尋ねた。 「違ウヨ、会長」 射的憑き神はそういって、彼女の口に特大のコルクを突っ込んだ。 目を丸く下の束の間、会長は勢いよく立つとお辞儀するように腰を曲げた。 コルクを加えた口は、コルクごと小さくなりながら丸く形を整えていって顔だった部分は細長く胴体に同化していった。 その状態で体はどんどん細く小さくなっていき、そしてついにはライフル程度の大きさにまでなってしまう。 そう、彼女はコルク銃になってしまったのだ。 「デモ、ズットイッショ」 射的憑き神はそれを拾い上げて背負うと、祭里に遊んでもらうべく射的出店の準備に向かった。 |