〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| どこかで、ドーンと花火のなった音がした気がした。 遠くで縁日なんてあったかしらと思いながら、彼女は後ろを向く。 子供たちが数人列を作ってついてきていた。 「はーい、もうすぐつくからねぇ」 にこやかに手を振るが、子供たちは熱さに浮かぶ汗を拭いながら疲れたような生返事を返すだけだ。 子供たちは皆、彼女の教え子だ。 まだまだ教えることはいっぱいあるが、誰も彼も反抗期なのかなかなかいうことを聞いてくれない。 それが可愛いのだけど、と彼女は思ったりもするのだが。 「せんせー、少し休憩しようよ」 先頭を歩く子供が、疲れた声でそういった。 なるほど確かに、もうすぐ日が暮れるという時間ではあるがそろそろ歩きどおしが辛くなってくる頃でもあるだろう。 「そうねぇ」 実のところを言えば、さっさと進んで目的地にたどり着きたいところではある。 しかし、優しい彼女は生徒の提案に頷いた。 「もう少ししたところに休憩できる所があるから。そこまでがんばろうか」 休憩、という言葉をきいてどうやらすこしばかり元気を取り戻したらしい子供たちは、先程よりも幾分早足になって歩き出した。 「深呼吸して、ゆっくりあるきなさーい」 危なげな生徒たちにそう注意を促して、彼女自身も大きく空気を吸い込む。 青々とした夏のにおいが、そこら中に満ちているようだった。 夏休みのキャンプ。 彼女が勤める学校では夏の定例行事だ。 とはいえ夏休みに入ってのことであるから、希望者だけになるのだが。 今年は例年よりも参加する人数が少ないということで、行事の担当になっていた彼女は自らの生徒を数人よんだのだった。 キャンプは山のキャンプ場で行われる。 それまでは引率ごとに別れて様々なレクリエーションを行うのだ。 昼間の間普段とは違う自然に囲まれてはしゃいだ子供たちの疲れが頂点に達しているのは仕方のないことではあった。 「だけど、ちょっと離れすぎたかしら」 より自然に馴染んでもらおうと、山奥を選んだのがまずかったのか。 腕時計に視線を落とせば、そろそろ集合予定の時間だ。 しかしまあ、こんなに自然にあふれたところに来てきっちりと時間通りに物事を行おうとするのも馬鹿馬鹿しい。 心配されない程度の時間に戻ればいいだろう。 「うん、生徒たちが楽しければ。それでいいわよね」 心の底からそう思えるあたり、彼女は生粋の教師であったといえよう。 「せんせー、綿貫せんせー」 彼女をそんな思案の海から引っ張り上げたのは、己を呼ぶ生徒たちの声だった。 ぼんやりと考え事をしている内に休憩所についてしまったのだろう。 こうやってぼんやりと考え事に浸ってしまうのは、彼女の悪い癖でもあった。 ふわふわとした髪型とこのぼんやりとした性格を合わせてふわふわ先生なるアダ名も子供たちからもらっていたりする。 時間まで守る必要はないだろうが、引率者たる彼女までいつものようでは良くない。 山では一瞬の油断が命取りになることだって十分にあるのだから。 「はーい、そこでまっててねぇ。すぐに行くから」 先客がいたりして失礼をしないよう監督するべく、彼女は軽く駆け足で走りだす。 「せんせー、すごいよぉ」 たどり着いた彼女が驚く生徒たちに促されて見たのは、暗くなり始めた森の夜を煌々と照らす赤い提灯の行列。 森の青々強い匂いを一瞬で覆い隠すような香ばしい匂い。 「え、縁日?」 人はまばらにしか見ることができないが、彼女の目の前に広がるのが縁日でなければ何だというのだろう。 休憩所とは神社のことだったのか? こんな人のいない山奥で? 様々な思いが頭をよぎる。 「お祭りだ〜、お祭り!!」 「せんせー、少し寄って行こうよ」 「いいでしょ?」 子供たちのうれしそうに弾む声が、それを中断させた。 「そうねぇ」 思案顔で首をかしげる彼女に、生徒たちは抱いた。 「お願い!!綿貫先生!!」 「しかたないわねぇ、すこしだけよ」 教師の了解を得た生徒たちはやったぁと声を上げて縁日へ散っていった。 「こらこら、あんまり離れちゃダメよ」 元気よく走り去る子供たちに、先ほどまでの疲れはどこへ言ったのかと呆れながら、彼女はその後を追いかけた。 子供たちを探しながら見まわってみる縁日は、どうにも変な様子だ。 たくさんの出店が並んでいるにもかかわらず、その殆どに店員がいない。 こんな山中でやるのだから客が少ないのは当然理解できるのだが、それにしては出ている店の数が多すぎた。 「うちの町内会のより大きいんじゃないかしら」 学校近くの公民館で行われる夏祭りと脳内で比較してみても、やっぱりこちらの方が大きい。 それが、どうにも妙に思えるのだ。 「狐に化かされてるってわけじゃないわよね」 昔話を思い出し、つばを眉にぬったりしていた時だ。 走っていった子供たちが集まっているのを見つけた。 「あら、何かいいのがあった?」 物欲しそうに出店を見つめる生徒たちの視線を追えば、そこには綿あめの出店があった。 フワフワしていて甘い、子供も大好きだが彼女も大好きなお菓子だ。 夏祭りの定番と言っていい。 親御さんからすればベタベタが色々とつきやすく、しかも大きすぎて食べ切れない時の処理に困るのであまり好かれてはいないかもしれないが。 それはともかく、綿あめくらいなら買ってあげようかなどと思って財布に手を伸ばした彼女は、そこでその手を止めた。 「あら、店員さんがいないのね」 準備は万全に整っているように見える。 綿あめを作る機械だって動いているのだ。 にもかかわらず、そこには店員の姿がなかった。 周囲を見回しても、そもそも店員と呼べる人影が少なすぎる。 「うーん、残念だけど。お店やってないみたい、今日はもう戻りましょう」 ふと思い出した不気味さに小さく身震いをして、彼女は生徒たちに帰るよう促した。 しかし、生徒たちは綿あめが気になるようでなかなか動いてはくれない。 どうしようか、そう思った矢先。 「そうだ、先生が綿あめ作って!!」 生徒の一人が、名案だというように手を叩いた。 「だって、先生学校の夏祭りの時にわたあめ屋さんしてたじゃない!!」 確かに、夏祭りの時には綿あめを作ってはいたが。 「雨宮さん、それに皆もよく聞いて。人ものを許可無く使ってはいけないの。授業で教えたでしょ」 その気になった生徒たちの顔が、みるみる残念そうな表情になるのは見ていて辛かったが一刻も早く去りたいという気持ちと、教師として生徒を導かねばという気持ちが勝ったのだ。 「あら、綿あめが作れるなら作ってくれていいよ」 そんな声は、彼女の背後から飛んできた。 振り返ってみればにこにことした笑みを浮かべる少女と、姉だろうか守るようにその背後に立つ女性の姿があった。 「あの、それってどういう」 さっきの言葉について聞き返してみると、少女はぐるっと周囲を見渡して笑う。 「ここの祭り、ぜーんぶ私のだから。その綿あめ屋さんも私のなの。でも、作れる人が今いないのよね。ねえ、先生。作れるなら綿あめやさんにならない?」 本当なのかと姉らしき人物を見ると、肯定するように首を振った。 生徒たちのために綿あめをつくれということだろうか? すこしばかり言葉に違和感を感じながら、そして背後の生徒たちからの期待を込めた視線を一心に浴びながら。 「そんな、悪いですよ」 一度は、否定してみせた。 けれど。 「悪くなんてないわ。ただでってわけじゃないんだし、それに……私綿あめ食べたかったところなの」 背後を押す一言だ。 「せんせー、あの人もいいって言ってるよぉ」 生徒たちの視線もそろそろ痛い。 「分かりました」 頷いて、彼女は勢い良く袖まくりをした。 「先生が皆に、おいしい綿あめを作ってあげましょう!!」 喜ぶ生徒たちを尻目に、ポケットから財布を取り出して振り返る。 「あの、それでいくら払えば……」 振り返った先に、先ほどまでの少女たちはいなかった。 「オダイハ、イラナイヨ」 球体でできた化物が笑みを浮かべて彼女をみおろし。 その前に立つ宮司のような格好の少女が、手にした器具をこちらに向けた。 「うん、だってこれから。わたあめ屋さんになるんだもんね!!」 いいながら、すっと器具を彼女に向けて振る。 光も音もないが、それでも変化は急激だった。 まず、もともとモコモコしてた彼女の髪が膨らむようにボリュームを増す。 色は雲のように真っ白になりほのかに甘い香りを漂わせ始めた。 増えた分の綿あめの髪が両サイドに別れてちた。 綿あめが両手を覆い、それは肩と手に分かれていく。 別れた綿あめが通ったうでは、まるで綿あめを支える割り箸のような形なった。 綿あめはそのまま足まで通りぬけ、くるぶしのあたりでとまる。 まるで雲でできた靴を履いたような格好で、足はやはり割り箸になっていた。 次の変化は、胴体で起きた。 腰回りが急激に大きくなったかと思うと、胴体が大きく開く。 中には何も無い空間が広がり、彼女の胴体は空間を囲むように透明の仕切りになった。 そして、胴体の中で変化が起きる盛り上がり、形が変わり機械的な機関を創り上げていくのだ。 銀色の、ドーナツのような輪っかがついた器具。 それは、綿あめ作り機に他ならない。 彼女は、生きた綿あめ作り機になってしまったのだ。 変化が完了したわたあめ憑き神は、主たるお社憑き神にふわりと一礼する。 「あら素敵、早速一本いただけるかしら」 そして、手を叩いて喜ぶ主に頷いて振り返った。 「せん、せい?」 急な変化に目を丸くする子供たちに、綿あめのようにふんわりと微笑んで。 「ふわふわー」 頭からぽんと、ふわふわの塊を飛ばした。 雨宮と呼ばれた少女の頭にそれはちょこんと乗っかって。 そして急激にその体を覆っていく。 まるで蛹のように。 そして全身をすっぽり覆ってしまったふわふわを、割り箸の手で器用に絡めとると。 中からはちみつのような色をした少女の、雨宮の姿をそのまま固めた像が出てきた。 少女は砂糖の塊になってしまっていたのだ。 そしてわたあめ憑き神は両手でそれを持ち上げると。 バリバリと噛み砕きながら頭から食べてしまった。 すると、透明な彼女の腹の中で動きが起こる。 喉から、砕かれた砂糖がぱらぱらと機械の真ん中に降ってはいった。 わたあめ憑き神はふわふわとした笑みのまま腰をゆっくりと回し始める。 同時に、音を立てて機械が回り始めた。 砕かれた砂糖が溶け、遠心力によって砂糖の糸となって飛び出てくる。 彼女はそれを手で器用に絡めとると、あっという間に大きな綿あめが完成した。 取り出した綿あめに、頭を振って取り出した袋をかぶせる。 袋には、「雨宮わたあめ」と写真付きで書かれていた。 ![]() 「まあ美味しそう!!」 それを受け取ったお社憑き神は袋をポイと捨てるとふわふわの綿あめにかぶりついた。 「うーん、口の中で蕩ける甘さ。雨宮さんはいい飴になるのねぇ」 堪能するようにほころんだ笑みを浮かべてぺろりとそれを食べきった彼女は。 「ううん、もうひとつ食べたくなっちゃったなぁ」 すでに綿あめ憑き神の手により砂糖像となってしまった生徒たちを見ながら、舌なめずりをするのだった。 |