〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| 「祭里っ!!」 焦ったような声が響いた。 誰もいない神社の境内では、何も反応するものはないのだが。 それがかえって、彼女の焦りを呼び起こす。 「どうしよう」 震えた声を上げるのは、背の高い活発そうな印象をうける女だった。 その顔立ちはどこか祭里に似ている。 それもそのはず、彼女は祭里の姉であったのだから。 普段病院で祭里に付き添っている彼女だが、今日に限って用事があって付き添ってやれないでいたのだ。 しかし、祭里がいなくなったという話を聞かされて用事もそこそこに彼女を探しに戻ってきた。 病院中探しまわってどこにもその姿を見ることが出来なかったとわかるや、彼女はここだと目星をつけて飛び出してきた。 窓から見下ろせるこの神社を眺めては、お祭りに行きたいとずっとそう言っていたのだ。 おりしも日付はまさに縁日の日、ここ数年は行われていないとはいえ、彼女が訪れるには十分であるように思われた。 それほど広くない境内で、しかも体力のない祭里のことだ。 走り回ればすぐにも見つかるだろうと、高を括っていたのだが。 「いない……」 走れど叫べど、祭里の影すら見つけることができないのだった。 「ここじゃないとなると、どうしよう。もうわからないよ」 ずっと一緒に付き添っていながら、彼女の行きそうな先すら思い当たることのできない自分に歯噛みして。 それでも、何かしようと走りだした矢先だ。 境内と俗世を隔てる鳥居をくぐって外に出ようとしたところで。 彼女の耳を、にぎやかな音楽がかすめていった。 それはまるで、祭ばやしのような。 どこか近くで縁日でもあるのだろうか。 そう思っていた矢先、再び祭ばやしが聞こえてくる。 今度ははっきりと、もっと近くで。 「え?」 太鼓や笛の音。 祭りを盛り上げる音楽。 それが、まるで今この場で祭りが行われているかのように彼女にまとわりついてきたのだ。 ゆっくりと、振り返る。 時刻は夕方、太陽は山の彼方へ沈み、横薙ぎに赤い光線が指す時間帯。 もうそろそろ夜になる。 そうなれば、この明かりの乏しい神社は真っ暗な闇に包まれることだろう。 だというのに。 「うそ……」 振り返った彼女が見たのは、提灯がたくさんぶら下がりほんのりとした明かりが灯った境内の姿だった。 たくさん立ち並んだ出店は、準備中なのだろうか店員も客もいないが、その景色はまさに縁日だ。 いまこの瞬間までそこに居たというのに、こんなものはなかったはず。 狐につままれたような、そんな感覚を得ながらも彼女はそちらに足を向けた。 人っ子ひとりいない縁日。 不思議であり、不気味である。 「祭里?」 なぜだろう、そんなところに妹がいるだなんて思ったのは。 「なぁに?」 小さな問いかけに帰ってきた答えは背後から、思いの外近い距離だ。 驚いて、勢いよく振り返ればニコニコとこちらを見上げる探し人の姿があった。 「ま、祭里?」 「うん、だから。なあに?」 何事もないかのように、いつものような笑顔を向ける彼女に。 怒ろうとして、けれどなにより無事だった安心感で、彼女は祭里を抱きしめた。 「全く、皆心配してたぞ。ほら、帰ろう」 その手を引いていこうとするも、祭里は拒否するように手を払った。 「いや!!だって見てよお姉ちゃん、お祭りだよ!!私のためのお祭り!!」 誰もいない縁日をぐるっと指さして、祭里は叫んだ。 「でも、だれもいないよ。きっと準備中だから、明日またこよう?」 「嘘。お姉ちゃんはずっと前からそういって。今まで一度も一緒に来なかったじゃない。それに、皆これから来るの。増えるの。だって私のためのお祭りなんだもん」 祭里の言葉に、彼女は足を止めた。 確かに、ずっと一緒に祭りに行こうと言ってきた。 それは、まだ一度たりともかなっていなかったのだ。 これからも、来れるかどうかなんてわからない。 目の前にいる祭里は元気そうだけど、それが明日も続くかはわからないのだ。 おそらく、たまたま復活した縁日を祭里は自分の為に行っているのだと勘違いしたのだろう。 準備中のようだが、少しくらい彼女と一緒に回ってあげるのもいいかなと思った。 「仕方ないわね」 彼女は祭里の横に並んで、人のいない縁日の中を歩き始めた。 出店の前を通るたび、祭里はおお、と声を上げて喜ぶ。 お好み焼き、りんご飴、綿菓子、どれもこれも準備は万全といった様子だ。 「うんうん、準備はできてるね。あとは人が来るだけだよ」 覗いてはしきりにうなずく祭里を微笑ましく思いながら、それでも彼女はこの人のいない縁日から不気味さを拭いとることが出来なかった。 もう、ずっとこうして回っているのに、本当に一人足りとも姿を見せないのだ。 今にも営業できそうな準備だけは、整っているというのに。 「祭里、楽しんでるとこ悪いけどさ。やっぱり変だ、この縁日。誰も人がいないなんておかしいよ。帰ろう?」 その言葉に、祭里は足を止めた。 やはり、聞かないか。 こうなったら抱き上げて強引にでも連れて帰る。 そう思った時だ。 「あたりまえだよ」 さも当然であるように、祭里が首をかしげながら言ったのは。 「だってさ、まだ始まってないもん。お祭り」 「いや、そういうのじゃなくて。おかしいんだよ、祭里は始めてだからわからないかもしれないけど、普通は準備中でも人がいるものなんだ」 「だから、始まってないんだって。だってさ、花火。なってないでしょ。ドンドンって」 何を、言い出すのだろうか。 何かがかみ合っていない違和感。 そして、なぜ祭里は笑っているのだろう。 「だから誰も来ないの。始まりの合図がないと、誰も気づかないよ」 向い合って離す祭里は、どこかおかしい。 彼女の体を、舐るように見回して。 「うん、やっぱり花火担当はお姉ちゃんにしよう。だって、お姉ちゃん花火大好きだもんね。名前だって、花火って名前なんだし」 花火、確かにそれは彼女の名前。 祭り好きの母が名付けた。 「さあ、花火お姉ちゃん」 果たしていつの間にやら、対面する祭里はその格好を変えていた。 宮司がするような格好をしていて手にはお祓いに使う器具を持っている。 その割には、色が黒いが。 祭里はそれを、花火に向けた。 「打ち上げ花火になぁれ」 光もなく音もない。 しかし変化は劇的だった。 まずは、肉付きのいい下半身が溶けるように形を変えて一本になり円筒形を形作った。 スタイルのいい上半身は極端にくびれと膨らみを繰り返し球体が連なったような体を創り上げる。 顔はそのまま、けれど頭の上に角のような円筒が生え、そこからも球体がぶら下がる。 両の手のひらもそれぞれ下半身のように姿を変えて、円筒形の姿になった。 彼女の体を形作る球体は、それぞれが打ち上げ花火で紙に包まれている。 彼女は生きた打ち上げ花火になったのだ。 「うん、よく似合うよ。花火憑き神」 祭里の言葉に、花火憑き神は会釈した。 もはや姉としての意識はなく、お社憑き神と化した祭里の部下としての意識だけが残っている。 「さあ、早速打ち上げて。ちゃんと素材も用意してあるから!!」 いつの間にか、祭里の足元に両手を後ろ手に縛られたナースが倒れていた。 「私を探しに来たの。でも、もういいよね」 頷いて、花火憑き神はナースに手を伸ばした。 猿轡をかまされて言葉がでない彼女の体を両手を器用に使って丸めていく。 人体では絶対にありえないような不自然な曲がり方を繰り返し、人間を強引に丸めたら出来上がるような歪な球体が出来上がった。 球体の表面に浮かぶナースの顔は困惑と恐怖に満ちている。 花火憑き神はそれに意も返さず両手で持ち上げると、大きく口を開けてそれを人のみにしてしまった。 口の大きさは絶対的に合っていないのに、物理というものを無視する動きだ。 口いっぱいに頬張って、ゴクリと飲み干す。 次の瞬間、彼女のからだが少し伸びた。 彼女の体を形作る花火がひとつ増えたのだ。 胸部に存在する新たな花火には、ナースの顔が浮かび上がりその横にはでかでかとナース30号と書かれている。 ![]() 「すごい!!」 その様子に祭里は驚き、嬉しがった。 「はやく、はやく!!」 ねだる彼女に微笑んで、花火憑き神は右手を天高く伸ばす。 そして、ナース30号が彼女の体から消えたと同時右手から甲高い音を立てて天高く光が登っていった。 次の瞬間、それは大きく花開く。 音を響かせ、光を散らす。 降り注ぐ光は、まるでナース服のように清浄な白だ。 「わぁい!!お祭りの始まり!!皆ー、早く来てねぇ!!」 ひかりのシャワーの中で、祭里が一人はしゃいでいる。 かくして、たった一人のための縁日が始まったのだ。 |