〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| 日比野花火、お社憑き神となった日比野祭里の手によって最初に憑神にされた娘だ。 花火憑き神となった彼女は、祭里の右腕として彼女を守るため彼女の願いを叶えるためという行動理念で行動している。 彼女が打ち上げる花火は、まるで誘蛾灯のように人を引きつける力があるのだ。 その花火は、縁日に遊びに来ていた客たちを加工したもので。 空に煌く花火は、人々の命でもあるのだった。 魂の底まで憑き神となってしまった彼女は、もしかしたらもう人に戻れないのかも知れない。 けれど、それで彼女は満足なのだ。 「いつまでも、お前を守るからね。祭里」 こうやって、愛しい妹の隣にいられるのだから。 「うん、ありがと。大好きだよ」 祭里も頷いて、姉に体重を預けるようにした。 手に持ったイカ焼きをかじって。 その幸せを噛み締めるように微笑む。 「おいしい?」 花火の問に、祭里はうんと頷いた。 よかった、そう花火は笑って自らも昼食を取ることにする。 人でなくなった彼女は、もはや通常の意味での食事を必要としてはいない。 通常の食事をとるのは、嗜好品としての意味合いしかないのだ。 しかし憑き神たちは食事をする。 もちろん普通のものではない。 現に昼食と言って彼女が取り出した、いや連れてきたのは祭りに遊びに来ていた母娘連れだ。 人を操るすべに長けた花火にとって、縁日内の人を自在に動かすなど造作もない事なのだ。 二人は、きょとんとした様子で彼女の前に立っていた。 なぜここにいるのだろう、といった様子だ。 「こんにちは」 花火はにこやかに挨拶した。 「こんにちは!!」 「あら、これはどうも」 二人は、それに答えるように挨拶を返す。 「お祭り、楽しんでくれてる?」 その問に、二人は顔を見合わせて頷いた。 「うん、すっごい楽しいよ!!」 少女の元気な返事に花火は表情をほころばせて手招きした。 「そう、よかった」 呼ばれるままに彼女のもとへやってきた少女をひょいと抱き上げると。 母親の目の前で少女を折りたたむように丸めはじめたのだ。 サバ折りになるようにくの字の曲がったかと思うと肩や足をきれいに揃えてその形を球体へと変えていく。 まるで粘土細工のように姿を変えた少女は、母親の目の前で人の面影を残した歪な球体へと姿を変えた。 「いったっだきまーす」 そして、口を大きく開けると丸く加工した少女を一飲みにしてしまったのだった。 ごくんと飲み下せば、そこにはもはや先ほどの少女の影も形もない。 目の前でそれを見つめていた母親は。 「あら?」 と首をかしげた。 「どうかしたんですか?」 花火の問に、母親はうーんと唸って答える。 「私ったら、いつの間に縁日に来ていたんでしょう?もういい年なのに」 「たまには楽しむのもいいと思いますよ?」 そう言って微笑みながら近づいた彼女は、娘と同じように母親も丸く加工していく。 「んーでも、今はいいかな?」 きょとんとした表情のまま球体となった母親の前で小さく首をかしげた。 そしてそのまま、まるでおにぎりでも握るかのように両手に力を込めてぎゅっぎゅっと握っていく。 みるみるその球体は小さくなっていき、手のひらにすっぽりと納まるようなサイズになってしまう。 彼女はそれを腰のベルトから下がる小さな皮のベルトに入れると、美味しそうにイカ焼きを頬張る祭里に向き直った。 祭里はイカ焼きをかじりながら、呆れ混じりに彼女の腰を指さした。 ズボンに巻かれたベルトからぶら下がる、たくさんの小さなベルト。 そのひとつひとつに、加工された人々がぶら下がっているのだ。 「お姉ちゃん食べ過ぎだよー。ふとるよー」 祭里の指摘に、彼女はエヘヘと頬をかいた。 「うーん、でもお腹すいちゃうんだよねぇ」 言うやいなや、ベルトの一つから取り出した球体をポイっと口の放りこむ。 「うーん、おいしい」 うっとりした表情で言う彼女に、祭里は呆れてイカ焼きをかじるのだった。 憑き神は、人を喰う。 頭からバリバリというスプラッター的な食べ方ではない。 人を、その魂を自らの魔力によって犯し、食らうのだ。 言ってしまえばそれは、人としてのあり方を侵略するということ。 食われた人間は憑き神の一部となり、新たな憑き神となってしまう。 故に彼らはこの世に存在してはならないものとして狙われるのだ。 いつものように花火と手をつないで縁日を回っていた祭里は、ふとした違和感に気がついた。 いつもよりも、花火の体が熱っぽかったのだ。 不思議に思ってその顔を覗き込んでみれば、どことなく火照っているように見える。 「お姉ちゃん、風邪?」 心配そうな祭里の言葉に、花火はうーんと首をかしげる。 「なんだろ、少し。体がだるいかな」 どことなくポーッとした様子でそう返す。 その様子は確かに風邪のようではある。 しかし、憑き神が風邪をひくのだろうか。 「きっと、すぐ治るよ」 そういった直後だ、ふらっと足がもつれたように彼女は倒れてしまう。 「お姉ちゃん!!」 悲鳴を上げて寄り添う彼女のもとに浴衣が訪れ、即興でたんかを創り上げて本殿に運んだのはすぐのことだ。 布団に寝かせて、隣でオロオロするばかりの祭里に様子を見終えた浴衣が告げた。 「別に心配はないさね」 その一言にほっと胸を撫で下ろした祭里は、浴衣に尋ねる。 「風邪ですか?」 「いいや、憑き神が風邪を引いただなんて話は古今東西聞いたことがないさね」 「じゃあ、いったい……」 答える前に浴衣は花火の隣りに座った。 そして目を覚ましていた花火に尋ねる。 「花火、あんたどれくらい人を喰った?」 花火は、ウーン?と首をかしげた。 「食ったパンの数なんて覚えてないって顔だね?」 その指摘に、花火は照れくさそうに頬をかいた。 「まったく、あんたいつ見ても食ってるようにしか見えんかったけど。たぶんもう百や二百を軽く超えるくらいは食ったに違いない」 花火は、頷いた。 「そして聞くけど。あんた子供居たっけ?」 その質問には、姉妹ふたりとも顔を真赤にして。 「いません!!」 「何を恥ずかしがっているさね?子供って言っても子憑き神ことさ」 そう言うと、彼女の方の上に小さな織物憑き神が現れる。 憑き神に魔力で侵された人間の魂、憑き神の眷属と化してしまった元人間だ。 仲間を増やすという考えが根本にある憑き神は、食うことによって仲間を増やす。 子憑き神は不思議そうな顔で周囲を見回して、カラカラと布を吐いた。 「ああ、別に手伝って欲しいわけじゃないさね。遊んでおいで」 それを優しく止めると、子憑き神はふよふよとどこかへ飛んでいった。 この縁日の中には、多くの憑き神が産み出した子憑き神たちが遊びまわっているのだ。 魔力をたっぷりと吸い上げた子憑き神はやがて一体の憑き神となる。 言うなればそれは、己の魔力を分け与えた分身に等しい。 「子憑き神は、いわば分身。増えすぎた魔力が溢れ出してできるものさね」 でも、と浴衣は続けた。 「あんたは、子憑き神を作らなかった。どうやら、かなりキャパシティが大きいのか。あるいは作る間もないほどに魔力を蓄え続けたのか。どっちかはわからんさね。けど、それが限界にきた。魔力が花火という器にいっぱいになってしまったのさ」 「それじゃ、子憑き神を作れば!!」 目を輝かせて、祭里が尋ねる。 「まあ、そうなんだが。今回ばかりはそうもいかないさね。余剰になっている魔力が大きすぎる。こうなってしまうと、子憑き神の体には納まり切らないさ」 「じゃあどうするの?」 「どうにかしようと、花火の体がしているのさ。魔力に耐えうるより強靭な体を作ろうとしている。うーん、進化と言っていいのか……初めてさね、こんなのを見るのは」 浴衣の長い人生のなかでもこんな症状を見るのは初めてだった。 しかし、同じ憑き神であるからかどうすればいいのかは何となく分かる。 おそらくは、経験も大きいのだろうが。 「脱皮、と言うべきか?ともかく、花火は生まれ変わろうとしているのさ」 「それじゃ、お姉ちゃんはすぐに良くなるの?」 浴衣はまたしてもううんと首をかしげた。 「いや、それだけじゃダメさね。今の体に、花火憑き神という存在に蓄えられた魔力を形と共に脱がなければならない。そのための、依代が必要さ」 依代、つまりは子憑き神のように魔力を流し込むための魂が必要だと浴衣は教えた。 「お客さんじゃダメなの?」 「キャパシティが足りないさね。もはやこれは並の人間一人でまかないきれるものじゃない」 「退魔士さんは?」 祭里はすでに数人と言わない人数の退魔師を飲み込んでいた。 花火と浴衣という強力無比な力を持つ憑き神を従える彼女にとって、退魔師は客とたいして変わらないように思えていたのだ。 「うーん、退魔師のほうがキャパシティはでかいけど……かといってこれを飲み込めるほどのキャパシティを持つ退魔師なんて呼んだらこっちが危ないさね」 「そっかぁ、それじゃたくさんお客さんを纏めて……」 「100人でもきかないってレベルさね……待てよ……」 祭里の無邪気な言葉に反論してから、ふと思い出したように額に指を当てる浴衣。 「いたさね、適任が」 そうして不敵に笑い。 「花火、のるかい?」 花火にそう尋ねた。 「強くなれるんでしょ、もっと、もっと祭里を守れるんでしょ」 彼女は、強く頷いた。 「そういえばさ、なんで私は子憑き神いないのに大丈夫なの?」 「いるじゃないか、たくさん」 浴衣はそう言って、自分や花火そして縁日を賑わわせている憑き神たちを指さした。 「みんな、あんたの子供さね。母上」 「うわ、私ったら子だくさん」 祭里はどこか恥ずかしげに体をくねらせた。 退魔師にも世襲はある。 先祖代々退魔師であるという家系は、そう珍しいものではない。 大抵の場合、そういった家には何かしらが伝えられていることが多い。 例えばそれはあらゆる憑き神を両断する宝具であったり、あるいは術の系統であったりだ。 九条家もまた、古くから退魔師を行って来た家系だ。 表の顔は、財界と縁の深い上流階級であり退魔師としても優秀な人材を輩出してきた由緒正しい家である。 九条の退魔師が得意とするのは、集団戦術。 それに特化した術系統をもっており、九条の退魔師はそのために特別に訓練された従者を引き連れているのだ。 九条火凛、現当主の長女ですでに優れた成績、戦果を残している。 次代の当主と実しやかに囁かれている娘だ。 自らを上流階級と定義し、その責務を果たすための矜持を持っている。 「人々に仇なす憑き神、許しませんわよ」 相対した憑き神に向かってそう言うと、臆することなく一歩一歩と近づいていく。 しかし、憑き神は身動きひとつ取ろうとしない。 いや、とることができないでいた。 憑き神の周囲を、彼女の部下である侍女服をまとった娘たちが取り囲んでいたのだ。 手をかざし、印を結ぶ姿は退魔師とそう変わるものでない。 彼女たちこそ、九条家が誇る退魔の侍女部隊だ。 一人ひとりの力は早退したものでもないが、組み合わさることによって巨大な憑き神すらも仕留めることができる。 そして、彼女たちの動きにより火凛は己の力を最大限に発揮することができるのだ。 「あなたの罪を償いなさい」 火凛が両手を合わせる、ぶつかり合った手と手から火花が散って、数度叩けばまばゆいばかりの閃光になった。 それはやがて巨大な火球になり、憑き神へと向けられる。 絶対的な破壊力を持つ九条の火球、それを受けた憑き神は、消滅する他になかった。 絶大な破壊力と引換に小回りの効かない術式を扱うため、侍女たちの力が必要になるのだ。 跡形もなく消滅した憑き神に背を向けて、彼女たちは歩き出した。 「お嬢様、どうぞ」 差し出されたタオルを受け取って汗を拭う。 大変な仕事ではあるが苦ではない。 こうやって仇なす存在を一つづつ確実に取り除くことが人々の平和になるのなら。 それはむしろ、楽しい仕事であるとすら言えた。 「お嬢様、準備はできております」 侍女がそう言って、車の扉を開いた。 誘われるように乗り込む。 彼女は学業もおろそかにしないのだ。 いわゆる縦ロール、竜巻のように渦を巻く2つの塔のような髪が、彼女の外見の最も大きな特徴だろう。 黄金の輝きを持つそれは、人々の視線を惹きつけて止まない。 風に流されるだけでまるで金粉が舞い上がったかのような錯覚を受けるそのかみもさることながら、それに目を引きつけられたものは次に、その完成された肢体に目を奪われる。 女性として理想をかき集めたらできるような、美しさ。 豊満と言っていい肉付きながら、決して品位を崩さない丹精さ。 視線には力が込められていて、彼女が只の娘ではないこと教えている。 力強い目に注意が行きがちではあるがしかしその顔もまた美しいと言えるものだった。 学校中の妬みと羨望を一身に受けるが、それもまた上流階級の責務であるとして彼女は真摯に受止めている。 「……」 車に揺られてしばらく外の景色を眺めていた彼女は、ふと気づいたものに目を細めた。 「このような朝方から……珍しい」 車を停めるように指示すると降りて、空を眺める。 「惑わしの呼び声……この街で人々を誘惑しようとは、不届きな」 機嫌を悪くした彼女は、胸元から一枚の札を出した。 小さく呪を唱えると周囲に光が満ちる。 「朝早くから申し訳ありません、みなさん」 光が消えると、そこには彼女を中心にしてたくさんの侍女が並んでいた。 「問題ありません、お嬢様。いつでも準備はできております」 「それでこそ九条の侍女。よろしい、では参りましょう」 多くの侍女を引き連れて、彼女は自ら敵の懐へと踏み込んでいく。 おそれも迷いもない、ただ心配なのは。 「授業に、遅れければ良いのですが」 「はぁ、はぁ……」 息が切れる。 ぜーぜーと品位のない呼吸をして、彼女は上を見上げた。 ずっと見上げるほどに巨大な影が、彼女を見下ろしていた。 「くっ!?」 足が竦み、腰が震える。 立とうと思ってしかしまともに立つことすら出来ず、彼女は腰砕けに尻を打ち付けた。 そこに、影が手を伸ばしてくる。 思わず、小さく悲鳴を上げて両手で自分を庇おうとする。 そんなことでは、防げないと知っているくせに。 「お嬢様を守れ!!」 周囲に散らばっていた侍女たちが、彼女を守ろうと集まる。 小さな霊力をかき集めて練り上げ呪文を組み上げる。 「四象八卦に陣を、こんどこそ奴を捉えるんだ!!」 捕縛のための呪文式が発動、それを扱うための適切な位置へと移動する。 独特の歩法でもって散開し死角へ死角へと移動しながら相手を取り囲もうとする技術は今までどの憑き神に見ぬかれたこともなかった必殺の技。 2つの瞳では消して追いきれぬ魔性の技を、しかしその影は見ぬく。 「ダメです、やめなさい!!」 球体を組み合わせて作ったようなその憑き神は頭部にある目だけではなく、全身を構成する球体が独特の視覚を持っていたのだ。 笑みの張り付いた球体が、回る。 ぐるりと周囲を見回して、周囲に散開した侍女たちをくまなく捉える。 百を超える瞳から、逃れるすべなどあるはずもない。 「死角が、ないのです!!」 けれど、彼女を守るために命を捨てる覚悟の侍女たちは止まらない。 決死の覚悟で、術を遂行しようとする。 「やめてぇぇぇぇ!!」 光が満ち、彼女は悲鳴を上げた。 視界を奪い去る一瞬のその閃光に、彼女は思わず目を閉じる。 やがてやんだ閃光に、目を開けて顔を上げる。 願わくば、術が成功していてくれと思いながら。 目の前は煙で満ちていて、その奥を見通せそうもない。 「誰か、報告を!!お願い、帰ってきて!!」 声を張り上げる。 だれか、返事をしてくれ。 お願いだから。 しかし、彼女の願いはかなわない、いやある意味かなったのか。 煙の間を縫うように、何かがコロコロと転がってくる。 一つではない、二つ、三つそれ以上だ。 コロコロと転がってきたそれは、彼女にぶつかって動きを止めると、次々にぶつかってそこに溜まっていった。 「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ……」 悲鳴のような声が漏れた。 彼女の周囲に転がる大きな球体。 そのどれもが、彼女が見たことがあるような模様をしていて、そのどれもが、彼女が知っている人物の顔をしていたのだ。 物言わぬ塊となって、彼女たちは帰ってきた。 打ちひしがれ、うなだれる彼女に覆いかぶさるように、巨大な影が姿を表す。 ひ、と小さく声を上げて上を見上げる。 高みから見下ろすその表情は、にやにやと笑っているように見えた。 「モウ終ワリ?」 降ってくるのは、どこか悩ましげな熱っぽい声。 そして、彼女をつかもうと巨大な手が伸びてくる。 再び悲鳴を上げて、両手で自らを庇おうとして…… それでいいのか、と誰かが言った。 おそらくそれは、彼女以外の誰にも聞こえない声なのだけれど。 九条の名が、彼女の背中に立っていた。 かつてより魔を討ち、人々の先頭に立ってきた九条家の名が、彼女を支えていた。 『また、無様な真似をしようというのか?』 先ほどのような。 と、誰かは言う。 「そんなはずが、ないですわ」 声は震えていた。 しかし、しっかりと芯のある声だ。 信念を持った声だ。 震える足を叱咤して、怯える腰を激励して、彼女はゆっくりと立ち上がる。 そして、声を振り切るように声を上げる。 「私は、九条火凛!!九条家当主朱銀が長女!!」 勝鬨を上げるようなその声に、彼女の震えは止まっていた。 彼女の中で声を挙げていた、九条の血が燃え上がる。 全身を真っ赤なオーラが覆った、揺らぐ炎のようなオーラ。 それは、炎を扱う九条家独特の術式開放の証。 髪にも黄金の輝きが戻ってくる。 両手から炎が吹き上がり、彼女の体を覆った。 「憑き神などに、屈しはしません!!」 吹き上がる炎を練り上げ、巨大な火の玉へと。 ありったけの霊力をつぎ込み、小さな太陽を作りあげんとした。 「くらえぇぇぇぇぇぇ!!」 それを、放り投げる。 ゆっくりと全てを消しとばす力の塊が、空気を、空間を焼き尽くしながら憑き神へと迫った。 「はぁ、はぁ……罪を、償いなさい!!」 彼女見る前でゆっくりと敵までたどり着いた火球は、弾けるように光と炎をまき散らした。 そして、暗転。 音と光と衝撃が彼女の五感を奪い去ったのだ。 けれど、彼女はもう恐れない。 九条の名を背負っている限り。 「なぜ、ですの?」 疑問の声を上げる。 答えるものは何も無い。 ただそこには、自由のきかないからだと、目の前で笑う憑き神の顔があるだけだ。 わかりきって居たはずなのに。 なぜ、九条が部隊を持つのかを。 悔しがっても、もう遅い。 がっちりと捕まれてしまった彼女の体にはもはやそこから逃れるほどの力もないのだ。 「殺すなら、殺しなさい」 せめて最後は九条らしく。 彼女はキッと、憑き神を睨みつけた。 しかし憑き神は、とんでもない。 と笑う。 知らぬわけではない。 知らぬはずがない、憑き神に敗れたものの末路を。 魂まで、その有り様まで犯し尽くされるその屈辱を。 ならば、と彼女は舌をかもうとした。 恥辱を受けるくらいならば、自らの命を絶つ。 九条のものらしい考え方だ。 しかし、あろうことか彼女の体はもはや動かなかった。 もはや逃れることもできないのだ。 (止めなさい、私にふれないで!!) 請い願うことしかできない。 けれど、それに頷く憑き神であるはずもない。 体がくの字に折り曲げられた、そのままくるくると足を巻くように、それに腕を沿わせるように、自慢の髪もしなやかさを失ってその中に飲まれた。 彼女の体は人体構造を無視して加工されていく。 痛みもない、違和感もない。 言葉を発することはできないが、意識は不思議と明朗としていた。 やがて出来上がるのは、歪な球体だ。 凛とした表情のままそうなってしまった火凛の姿はどこか滑稽だ。 (死にたい、殺して!!) 人ですらなくなってしまった彼女は、せめてこの身が守るべき人々に危害を加える前に滅びたかった。 しかし、しかしだ、彼女は今やただの物体。 侍女たちの球体に紛れて転がる球体の一つにすぎないのだ。 球体となった彼女たちの傍らで、花火憑き神はその体を横たえた。 巨大だった体はある程度小さくなっている。 体を横たえた、とはいっても横たえたのは打ち上げ用の筒になっている下半身だ。 そうやって横になった状態で、彼女は近くの侍女玉を持ち上げると、自らの下半身、底に開いた穴にあてがった。 その穴の大きさは丁度侍女玉と同じくらいだ。 力を込め、やや侍女玉の形を変えながらその穴で飲み込んでいく。 「うっ……くぁ……大きい」 顔を真赤に染めたそのさまは、性感にあえいでいるようにも見えてひどく艶かしい。 やっとの思いで一つを飲み込んだ彼女は、体を熱く染め上げて残された球体を見つめた。 「んっ、はぁ……すごい、熱くて……」 ひとつ飲み込むたびに。 「っっっァ……もう、奥まではいっちゃった」 貫かんばかりの快感が彼女の体を駆け抜ける。 喘ぎ、涎を始めとした体液を垂れ流しながら、彼女は侍女玉をすべて飲みきった。 「ぁ……最後……」 その手が、火凛玉に伸びる。 火凛は、見ていた。 動くこともしゃべることもかなわない状態の中、その光景を。 彼女が愛し、彼女を愛した侍女たち。 いわばそれは自身の体の延長ですらあった仲間たちが、飲み込まれていくさまを。 何を言っても届かぬ思いではある。 しかし、それでも思わずにはいられない。 やめて、と。 もちろんその思いの届かぬまま、彼女以外のみなは全て飲み込まれてしまった。 『サアお嬢様、準備はデキテイマスよ』 しかし、彼女の悪夢は底で終わらない。 『お嬢様』 『アア愛シイお嬢様』 聞き覚えのある声が、彼女を呼ぶ。 見れば、憑き神の下半身。 筒状となったそこに、侍女たちの顔が浮かび上がっていたのだ。 誰もが淫蕩に顔を歪ませ、淫靡に彼女を誘う。 『サア』 『コチラヘ』 彼女を、呼ぶ。 もし足があれば逃げ去っていたかもしれない。 そんな分身たちを見たくはないと。 けれど、もはや動くこともかなわぬその体、とどまっていればどうなるかはもちろん知っていた。 ひょい、掴み上げられ体が浮く。 気づけば彼女は、憑き神の腕に抱かれていた。 まるで愛しい物を抱くかのように、優しく。 「あは、あなたが、私の子になるのね」 そういって、優しく彼女にキスをする。 不純で、不潔だ。 けれど何故だろう、その瞬間嬉しいと思ってしまったのは。 回答は出ないまま、彼女はゆっくりと憑き神の底からその中へと飲み込まれていったのだった。 「その後はどうさね」 本殿の近くで横になっていた花火に、浴衣が声を駆けた。 「ふふ、順調みたい」 うれしそうに、腹を撫でながら答える。 その腹は、異常なほどにふくれあがっていた。 「皆げんきだよ」 大人一人がゆうに入るのではないかというその腹を覆う服を、浴衣がペラリとめくり上げる。 そこには、たくさんの女性の顔が浮かび上がっていた。 言うまでもなく、火凛とその次女だ。 誰も彼もが幸せそうに、淫靡に蕩けた表情をしている。 「でしょ?」 彼女の問に、火凛が答えた。 「はいぃぃ?お母様の中が気持ちよくて、火凛とろけてしまっておりますぅぅぅ?」 そう言った途端、火凛の周囲に存在している侍女の顔が消えた。 「んはぁ?また一人、火凛になりましたぁ?」 蕩ける火凛を、花火は優しく撫でた。 「この顔が皆消えたら、誕生ね」 服をもどした浴衣はその横に腰掛けた。 「そうさね、その時にはまた着物を作らないと」 「よろしく」 答えて、周囲を見回す。 「祭里は?」 「子供が生まれるのにあわせてケーキ出店を呼ぶんだって言って、いつぞやの出店カタログとにらめっこしているさね」 「あるかなぁ?」 「さあ?」 二人は、顔を見合わせて笑った。 それから数日が立った。 彼女の腹に浮かぶ顔は、火凛一人になっている。 「ああ、火凛。もうすぐ会えるね」 腹をなで、微笑む。 祭里もまたその横で興味津々といった様子で火凛を眺めた。 「ケーキ出店なかったよー。ワッフルでいい?」 「ふふ、もちろんですわ祭里様。お母様ともども、頂きます」 「よかったぁ、いつでも食べれるからね!!」 喜んだ祭里の前で、すぅと火凛の顔が消えた。 「いよいよさね」 花火憑き神となった彼女の後ろについて本殿を出る。 花火憑き神は体を構成する花火の数を増やし、巨大体に姿を変えた。 そして、本殿にしなだれかかるように下半身の打ち上げ筒を空へと向ける。 その瞬間、彼女の体が光りに包まれ始めた。 「いっくよー!!」 気合を入れた声。 そして、爆発音。 大きな破裂音を伴って、空高くへ光り輝く花火が登る。 それはまるで天へと橋をかけるような、そんな光景で。 そして、天を覆わんばかりの花火が夜空を彩った。 美しさと雄大さに、誰も彼もが言葉を失う。 そして花火が散ると同時、空からゆっくりと光の玉が降りてきた。 それは、光の塊となっていた花火憑き神のとなりへと降り立って。 そして二つの光は同時に消える。 そこに立っていたのは、下半身の大筒の周囲にたくさんの小型の筒をつけ、手にも小型の打ち上げ筒を三つ指のように備え、頭にも新たな打ち上げ筒を手に入れた、花火憑き神。 いや、大花火憑き神だ。 肩や頭の打ち上げ筒からは、玉簾のように小型の花火が連なっている。 そしてその横にいるのは、前までの花火憑き神を書き写したかのような憑神の姿。 変わっているのは、頭の打ち上げ筒が大きくなり頭の横に、まるで縦ロールのようにくっついていること。 それと、顔立ち。 その顔は確かに、九条火凛のものだ。 いや、それだけではない。 彼女の体を構成している花火が、まるで侍女のような色合いをしている。 そう、彼女いや彼女たちこそ、子花火憑き神なのだ。 二人は揃って祭里に一礼した。 それから向き合って。 「火凛!!」 「お母様!!」 抱きあう。 子花火憑き神の体となっている侍女玉、いや次女玉たちも、声を上げた。 「「「「「「お母様!!」」」」」」 「うん、お前たちも。元気でよかったよ」 少しだけ涙ぐむようにして、彼女はその新たなる生命を歓迎した。 次々に周囲にいた憑き神たちがお祝いの言葉を口にする。 「おめでとう、おめでとう!!」 お社憑神も。 「よかったさね」 浴衣憑き神夫婦も。 他の、縁日を構成する憑き神たちも。 誰もが口をそろえて、その誕生を祝った。 それから、ワイワイとした祭りに戻る。 しかしそこかしこから聞こえてくる話題の中心は、花火たちだ。 祭里は二人の花火憑き神と手をつないで祭りを回っていた。 二人の姉ができたようで、とても嬉しそうだ。 「えへへー。火凛お姉ちゃん」 と笑みをこぼしながら火凛を見上げた彼女は、ふと表情を険しくして足を止めた。 「どうなさいました、祭里様?」 それを不審に思ったか、火凛が足を止めて祭里に尋ねる。 「ねえ、火凛お姉ちゃんは。私のお姉ちゃんだよね?」 「花火母上の分身なので、そうなりますわね」 「でも、お姉ちゃんの子供だよね?」 「母上は、母上ですから」 「……お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私の子供だよね?」 「ここの憑き神の母っていう意味ならそうだね」 「てことは……私、火凛お姉ちゃんのおばあちゃんじゃない!!うわー、もうおばあちゃんになっちゃった!!」 大変だー、と慌てる祭里に、二人は顔を見合わせて笑った。 「ところで母上、母乳を所望致しますわ」 「へ?」 「母乳です。母上の生命の泉で生まれたばかりの私の喉を潤して欲しいのです」 「へ?いや、あの」 「ふむ。出が悪いのですか?でしたら搾って差し上げますわ」 「ちょ、やめっ!!」 なんていう一幕があったとか、なかったとか。 |