〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様
| 一閃。 銀の光がきらめいて一直線の軌跡を描く。 それは、すべてを切り裂く斬撃の線だ。 「ォォォォォォ」 空気の抜けるような、恨み言に聞こえるような、そんな言葉を吐きながら上下に分断されたタクシー憑き神は煙のように消滅した。 「他愛もない」 カチンと音を立てて刀を鞘にしまったのは、改造された和服を身にまとった女性だ。 大人とも子供ともつかない微妙な年頃で、端正な顔立ちをしている。 背は高く、スラっとしていてシルエットだけ見れば男のようでもあるが豊満な胸や尻がそれを否定していた。 長い髪をポニーテールにまとめた彼女は、さっと踵を返すとその場をあとにする。 そこには何も無い、静寂だけが残された。 「都市伝説?」 退魔師である彼女、一文字菊水はそう聞きかえした。 その情報を彼女にもたらしたのは、退魔師に対して情報を売ること生業をにしているものだ。 噂から、正確な情報まで、妖しいと思われる情報を方々から仕入れ、彼女たちに伝える。 そういった者たちだ。 そんな彼がこの度彼女に持ってきたのは、噂に近い情報だ。 「はい、人が帰ってこない祭りの噂。きいたことないですか?」 聞くところによると、本来ありもしないところで祭りが行われていて底に行ったものは帰ってこない。 そんな噂が、ほんとうにひっそりとではあるが流れているらしい。 知る人ぞ知る都市伝説といった具合だ。 現代に残る怪異、憑き神たちが起こす事件はその特性から表面に現れにくく、それでも違和感を察知した少数の者たちから実しやかに囁かれ、都市伝説となっていくことが多い。 もちろん大抵の場合は根も葉もない噂であることが多く調査をしたところで徒労になることが多いのだが。 彼女はふむ、と頷いた。 「けが人が出たとかいう話は?」 「ないですね、なんせ。出てこれらないらしいので」 「入っていった者たちが残した噂ではないというわけか」 「はい」 憑き神達は、被害者に関する記憶を失わせる。 まるでいなかったのように、誰の記憶からも消えてしまうのだ。 憑き神たちが関わる都市伝説の多くは、特定の被害者の名前を出さない。 例えば四丁目の〇〇さんが、ということはないのだ。 そういう面で見れば、たしかにこの都市伝説は事件のようではあるが。 「わかった、ありがとう」 彼女はうなずき、報酬を渡した。 そして腰に下げた二本の剣をチャリとならし、ビルの合間に消えていく。 都市伝説となる憑き神の多くは、強大ではない。 事件を隠蔽し切ることのできない未熟な憑神が都市伝説となるのだ。 しかしながら、強大な力を持たないがゆえに退魔師たちの網にかかりにくくもある。 退魔組織は、無駄な出費になることを恐れて大抵の場合そういった事例に口をだそうとしない。 そのため、彼女のようなフリーの退魔師が必要になるのだった。 組織縛られることなく、軽い足取りで様々な調査に当たることができる。 当たり外れはあれども、あたった場合はしっかりと報酬をもらえるのだ。 実力は個人によってまちまちではあるが、菊水はB級程度の実力があると言われていた。 自身を隠す力もない程度の憑神であれば、大抵の場合倒すことができる。 先祖代々フリーの退魔師を続けてきた一文字一族に代々伝わる二本の刀。 はるか昔、名のある退魔師が鍛え上げたという霊刀は、彼女の力を吸い上げて対する憑神を両断する。 人を切ることができない出来損ないの刃ではあるが、しかし、それに切り裂くことのできない憑き神はいないのだ。 その刀を扱うことができるが故に、彼女たち一族は退魔師をしていたと言っても過言ではない。 逆に言えば、彼女たち一族はそれしかできないのだ。 他の退魔の家系に比べれば、芸の少ない一点特化の能力。 それ故に、正式な退魔師になることもなくフリーという地位に甘んじていたのだ。 先祖はそれでよかったと思っていたのかもしれない。 けれど彼女は、自分の力を認めて欲しいと思っていた。 聞けば、彼女と同じくらいの年齢で組織に認められているものもいるという。 彼女は、劣っているとは思えなかったのだ。 「だから、証を立てる」 地道に退魔を続けて、認めてもらう。 それが彼女の目標だ。 退魔師を始めてからすでに狩った憑き神は99体。 強いものもいれば弱いものも居た。 一概に評価することは難しいだろう。 けれど、99体というその数は圧倒的だ。 彼女の年齢でそれほどの数をこなした退魔師はそうはいないだろう。 あと一体、100体目の討伐をもって、彼女は退魔組織に正面から入るつもりだった。 これで、誰も私たちを馬鹿に出来ない。 あと一体…… ゴールを目前にした、それ故の油断。 都市伝説となる程度の力しか持たない憑き神という決め付け。 ビルの谷間を歩く彼女は、空に響いた花火を聞きつけるやいなや、口の端を歪めて飛んだのだった。 果たして摩訶不思議なことに、ビルの谷間、音もしない都会の闇の中を飛んでいたはずの彼女は、いつの間にか祭り囃子と明るい提灯の行列に包まれていた。 いっそ耳が痛くなるほどの喧騒が周囲に広がっていて、思わず彼女は立ち止まった。 祭り、祭りだ。 「いつのまに……」 いつの間に祭りの中にいたのか、本当に気がつかなかったのだ。 先手を取られた。 そう思って身構える。 この祭りはまず間違いなく憑神の結界。 それに取り込まれてしまったのは、うかつだった。 「攻撃的なものではない」 そうならすでに何かが起こっているはずだ。 慎重に状況を解析する。 この広い全てが憑神であるのか。 いや、そうではない。 変な感じはしているが、歩き回っている客たちは人間だ。 出店を経営している者たちが、憑き神…… ぞっとした。 ざっと見てその数は100を超える。 まだこちらに気づいてはいないようだが…… 「警戒能力は低いのか?」 だとすれば数こそ多いが、そのひとつひとつは大したことがないように思えた。 「慎重にやれば、行けるか?」 そう思った瞬間だ、彼女の背後に突如気配が起き上がった。 人のものではない、魔力をタップリと含んだその気配は。 「憑き神!!」 振り向きざま、彼女は霊刀を抜き放った。 煌く銀線がひとつ、夜の闇を駆け抜ける。 あっけないほどの手応えで、彼女の背後に立った憑き神はまっぷたつになって倒れた。 「弱い……」 思うよりもそれはずっと非力だった。 彼女が今まで戦ってきた中でも、弱いほうだろう。 思わず、口の端が歪む。 振り返ってみれば、この縁日を構成する憑き神の数は100を超えるのではないかというほどだ。 それほどの数、手土産にはちょうどいいだろう。 まずは手近にいる、綿あめ憑神から…… そう思って一歩踏み出したその瞬間。 再び背後で魔力が膨れ上がる。 「なにぃっ!?」 飛び退いて振り返れば、先程まっぷたつにしたはずの憑神が起き上がり、彼女を見ていたのだ。 円筒形を組み合わせて創り上げたようなその憑き神は、きょとんとした表情で彼女を見下ろしている。 「なら、もう一度っ!!」 襲ってこないのなら好都合と、彼女は霊刀を振るう。 両手に持って二度三度、ぐるっとまわって四度五度。 剣戟の嵐のような連続した斬撃に、目の前の憑き神はコイン状にスライスされて散らばった。 「ここまでやれば……」 荒く息を吐きながらその三条を眺める彼女の背後に、再び声がかかる。 「さすがは一文字の剣戟さね。この代になっても衰えは無しか」 振り返れば、憑神が立っていた。 妖艶な着物を身にまとった憑き神は、周囲とは隔絶した力を持っている。 「お前が、親玉か」 刀を向けて尋ねる。 しかし憑き神は笑った。 「いいや、私は只の門番さね。一文字菊水、あんたみたいな不届き者を始末するためのね」 「なぜ私の名前を……」 「思い出す必要はないさね」 疑問を抱いたその瞬間、周囲で再び魔力が盛り上がる。 「またっ!?」 即座に、周囲に剣を向けようとして。 「体が……」 自分の体が、動かないことに気がついた。 よくよく目を細めてみれば、自分の体の至る所に細い、蜘蛛の糸のような糸が絡みついて動きを奪っていたのだ。 「一文字の霊刀、厄介さね。それしかできないから、それに特化しているから。防ぐことすら容易でない宝具だよ。でも、相手が切っても意味が無いのであれば……」 ぎりぎりと糸の圧力が強まった。 体が己の意思に反して勝手に動き、両手に持った霊刀を取り落とす。 「やめ、ろぉ」 懇願のような言葉にも、憑き神は笑みを崩さない。 糸に操られて、彼女は気をつけをするような状態で直立させられた。 「例えば、こいつみたいのが適任さね。なあ、金太郎飴憑き神」 憑神の台詞に、体をまとめ上げて立ち上がった金太郎飴憑き神は首をかしげた。 「頭は、まだあんまりよくないけどね」 そう言って、手を叩く。 それに答えるように金太郎飴憑き神が体をバラした。 そしてバラバラに成ったパーツが、彼女の頭の上と足の下にそれぞれやってきて。 「いいっ!?」 上下からぎりぎりと押しつぶし始めたのだ。 上下から体をつぶされるという恐怖に、彼女は珍妙な声を上げる。 圧力は強まる。 「あ、れ……?」 しかし、不思議なことに痛みはなかった。 体は上下からのプレスで縮み、全体の形がおかしくなっているというのに。 顔をは上を向き潰されて平面のようになっていて、体は押しつぶされて大分太さを増していた。 けれど、横幅は上下の憑神のパーツを超えることなく、彼女の体は円筒状に押しつぶされていってしまったのだ。 やがて短く太い円筒状になった菊水は、もはや何も語ることが出来なくなっていた。 その塊を金太郎飴憑き神は持ち上げて丸呑みにしてしまう。 次の瞬間、金太郎飴憑き神の体がぐーんと伸びた。 「よーし、いい感じさね。さて、菊水飴の部分だけもらおうか」 袋を取り出した憑神がそれを突き出すと、金太郎飴憑き神は頷いて今のびた体のパーツを袋の中に落とした。 それは空中で更にサイズを小さくして一口サイズになった。 小さなコイン状の飴が袋の中にパラパラとおちてくる。 そのひとつひとつには、キリッと凛々しい表情を浮かべる菊水の顔があったのだった。 「さて、祭里に持って行ってあげるかね……うーん、幾つかはもらってもいいか」 そう言って懐からハンカチを取り出すといくつをそれにくるんで懐に入れた。 1つだけ手に持って口に放り込む。 「んー、甘い。いい味さね」 蕩けそうな甘さに微笑んで、彼女は本殿へ向けて歩き出したのだった。 |