〜憑神縁日事変〜
作:ヤドカリ様


餃子


無骨で巨大な扉がある。
何者をも拒むような威圧感、鉄板で作られた扉はまさに壁と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。
誰が呼んだか鉄板会、鉄板料理の頂点をきわめんと欲す者たちの集う聖地である。
この扉は、そうそう開くことのない扉であった。
一年に数度開けば多い方であるほどだ。
だというのに、前回この扉が開いてからひと月もしない内に、再び扉が開こうとしていた。
異例のことである。

「鉄板王、お世話になったアル」

そこから出てきたのは、見目麗しい少女であったのだからまた驚きだ。
中華な雰囲気を醸し出す衣服をまとった彼女は、開いた扉に振り返って頭を下げた。
強すぎる逆光でその姿を詳しく見ることはできないが、光のなかに誰かが立っている。
鉄板王と呼ばれたその存在は、娘の言葉に頷いて、何かを彼女に差し出した。
受け取った彼女は、再び頭を深々と下げる。
そして、鈍い音を立てて扉が再び閉じようとした。
娘ははっとなって視線を上げると、締まり行く扉の向こうに声を投げかける。

「鉄板王、最後にお願いアル!!貴久子の、鉄半谷貴久子の居所を、教えてほしいアル!!」

言葉こそ発さなかったが、鉄板王は狭まる扉の中からとある方向を指さした。

「その先に、貴久子がいるアルネ!!」

答えることはなく、扉は閉まる。
だが、彼女は確信していた。
鉄板王、男か女か老人か若者か、果てはそもそも人間であるのかすら定かではない謎の人物。
宇宙人だの忍者だのという噂の絶えないその人物は、決して嘘はつかない。
語ることは真実で、示すものは事実なのだ。
つまり、その指の示す方向に、貴久子がいる。

「ふふ、待っているアル貴久子。私の、このチャオズーの究極餃子で。お前をけちょんけちょんにしてやるアル」

そう言うと、岡持ちをもって歩き出したのだった。

彼女の名はチャオズー、貴久子のライバルを自称する少女で専門は餃子。
彼女の両手が生み出す餃子の旨さは魔術的であるとまで言われる。
しかし彼女は、貴久子に勝つことは出来なかった。
ほとんど拮抗した実力を持っていながらも、先に卒業されてしまったのだ。
彼女の人生で、これほど悔しかったことはない。
栄光という名の線路の上を歩いていた彼女にとって、初めての敗北であったのだ。
だから、今度は勝つ。
この、研究に研究を重ねた末に創り上げた究極の餃子でもって。

そう言って道をゆく彼女を誘うように、花火がなった。

「なるほど、鉄板王はここを……」

そちらに呼ばれるままに向かえば、縁日が現れた。
賑やかで明るい縁日だ。
彼女は、そこに貴久子がいるのだと確信した。
用心深く出店の間を練り歩くと、彼女はついに見つける。
鉄板焼きの出店を、そしてそこで働く貴久子達3人の姿を。

「ついに見つけたアル貴久子!!あの時の屈辱を晴らしにきた!!」

店の前に仁王立ちした彼女は、大声を上げて貴久子を指さす。
ゆびさされた貴久子は、ん?と一瞬迷ったような表情を見せて。

「……ああ、チャオズーじゃないか」

思い出した、と言わんばかりに手を叩いて答えた。

「また新作餃子ができたのか?」

にこにこと笑いながら店から出てきた貴久子に、岡持ちをぶつけんばかりの勢いで見せつける。

「そうアル。これこそが、史上究極最強の餃子アル!!」

取り出したのは餃子一皿。
いかなる魔術をもってかその温かさはまるで今まさに焼きあがったかのごとくである。
昇り立つ匂いに、さすがの貴久子もつばを飲んだ。
箸を取り出し、一つを掴んで一口……

「うまい!!」

目を見開いて、溢れでるような一言。
それは間違いなく本音で。
貴久子は次々にそれを口に放り込んだ。

「ふ、ふふふふふふふぁーっははっはっはっはっはっはっは!!」

それを見たチャオズは高らかに笑い声を上げる。

「勝った、勝ったアル!!あの貴久子に……!!」

高らかに勝鬨をあげる彼女の横で餃子を平らげた貴久子は。

「すごい、こんな餃子初めて食べたよチャオズ!!」

と彼女の手をとって喜んだ。

「じゃあ、次は私たちの番だね」

勝ち誇った笑みを見せる彼女に、貴久子はそう言って微笑んだ。

「へ?」

と疑問を抱く間もない。
自らの出店に飛び込んだ貴久子は、いつの間にかその姿を大きく変えていた。
下半身は鉄板になっているし、上半身や手もいろいろとおかしい。
横に居た二人も鉄板の上に飛び乗って、その姿を大きく変えた。

「さあ、作るよ!!」

カンカンとヘラを叩き音を鳴らすと、踊るように料理が始まった。
近くにいた高校生と思わしき二人組を巻き込んで。
目を丸くする彼女の前で、今まで見たことがないほどに洗練された動きで料理が行われそして完成する。

「はい、できたよ」

差し出されたそれは、何ら変わらないお好み焼きと焼きそばに見えるのだが……
一口食べたチャオズは、飛び上がった。

「うーまーいーぞー!!」

そのまま空中で五六回回転して着地したほどにそれは美味しかったのだ。
何が究極の餃子だ、この料理を前にすれば足元にも届いていない、重い上がっていた自分が恥ずかしくなって、彼女は両手をついた。

「か。完敗アル……」

完膚無きまでに叩きのめされたと言っても過言ではないだろう。
そううなだれる彼女に、語りかける影があった。

「仕方ないよねー、やっぱり素材が違うんだもん」

見あげれば、宮司のような格好をした少女が彼女を見下ろしている。

「素材……?」

「そうだよー」

素材、それを大事にしない料理人などいない。
料理の根本を決める大切な部分なのだ。
究極の餃子は、手に入る限りの最高の材料を求めた。
しかし、それよりも上があるというのか。

「知っているアル!?」

少女に、彼女は飛びついた。

「もちろん」

「教えてほしい!!私は必ずそれを手に入れて、貴久子に勝ちたいアル!!」

少女は笑って頷いた。

「うん、私もおいしい餃子食べたい」

そして、手にした器具を彼女に向けて振るったのだ。

光も音もない、けれど変化は劇的だ。
まずは彼女の両手が変化を始める、左手は川を作るための伸ばし棒に、右手は素早く餃子を作るための型になった。
下半身は溶けるように形を変えると、四角い金属の箱のような形状になる。
手前は銀色の蓋のようになっていて、取っ手を引っ張って開けばその中は熱々の鉄板が棚のように並んでいた。
両耳が餃子に代わり、頭の上に動物の耳のようにちょこんと2つの餃子が乗っかった。
そう、彼女は餃子憑き神になってしまったのだ。

「さあ、餃子憑き神。最高の素材を使った究極の餃子を作って!!」

餃子憑き神は頷いた。
近くにいた母娘連れの母を伸ばし棒で押し倒し、そのまま薄く伸ばしていく。
綺麗な円状に薄くなり、餃子の皮となった母親を右手に噛ませると、そのまま近くで呆然としていた娘を皮をセットした右手でばくんと挟み込んだ。
大きさや質量なんて無視して右手は閉まる、そして次開いたとき、そこには何もなくなっていたのだ。
そうかと思うと、次第にいい匂いが漂い始める。
彼女の下半身から水蒸気がもやりとのぼり、そして扉が開いた。
そこにはところ狭しと並べられた餃子の姿がある。
どれもうまく焼けていて、それだけで食欲をそそられた。
皿に取り分けて、タレもつけて、差し出された餃子を、お社憑き神と鉄板焼き憑き神たちが囲んだ。

「サア、召シ上ガレある」

生唾を飲み込んで、一口。

「うーまーいーぞー!!」

その一口でそう叫んでお社憑き神は周囲に魔力をまき散らした。
縁日で遊んでいた周囲の者たちが提灯憑き神や太鼓、笛憑き神に姿を変える。

「あ、ついやっちゃった。美味しすぎて」

お社憑き神のその言葉に、鉄板焼き憑き神たちも頷く。

「うん、すごいおいしい。私たちもうかうかしていられないね」

そんな彼女たちを、餃子憑き神は指さした。

「勝負ハ、コレカラある!!」

かくして縁日に、なかなか見られない餃子出店が誕生したのだった。



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