〜憑神ケーキ屋事変〜
作:ヤドカリ様
| 「んー、今日までかー」 どこか感慨深そうに、西丸桂子は周囲を見回していった。 使いなれたたくさんの器具たちが、彼女を取り囲んでいる。 ボールやヘラといった器具から、オーブンや冷蔵庫といった大型の設備まで、彼女はそれらを丹念に掃除し磨き上げた。 なぜならそれらとはもう、お別れだったのだから。 「悔しくないってわけじゃないさ」 小さい頃、彼女には夢があった。 誰もが見たことのあるような、そんな夢だ。 ケーキ屋さんになりたいと、子供の時からずっとそう思っていた。 その夢は色褪せることなく、今この年になるまでずっと続いたのだ。 そのために勉強し、修行し、そして彼女は遂に念願の店を持った。 商店街の一角に、小さな可愛らしい店を。 長年鍛え上げたケーキ作りの腕前は抜群でそこそこの人気にはなっていたのだ。 値段もお手頃で、帰宅途中の学生やOLからの人気も高かった。 競合店ができるまでは。 ほとんど向かいに位置するところに、一件の店ができた。 最近はやりのスイーツショップだ。 きらびやかな外見、ポップで若者に人気のあるチェーン店。 始めの頃は、しっかりと客の取り分けができていたのに。 気づけば、常連たちを含めた殆どの客をそちらに取られていたのだ。 負けたくないとおもって、たくさんの商品を考えた。 宣伝だってした。 けれど、気がつけば、誰もいなくなっていた。 丹精こめて丁寧に創り上げた自分のケーキが、工場で作られるようなケーキに劣っているだなんて思わなかった。 実際に食べ比べてみて、そう確信だってした。 しかし、目の前にあるのが現実で、それは非情だったのだ。 いつの間にやら減っていった資産は、これ以上の店の経営を許さなかった。 彼女は無念の内に、店を閉じなければならなかったのだ。 磨き上げた彼女の店、愛した道具たちに囲まれて、彼女は悔しそうに歯を食いしばった。 この結果に、不満がないはずがないのだ。 「もっといっぱい、ケーキ作りたかったな。オイシイ、誰にも負けないケーキを」 その言葉に込められていた感情は強く、深いものだった。 だからだろう、おそらくその感情が呼び寄せてしまったのだ。 魔を。 「え、何?」 桂子が声を上げる。 始め地震が起きたのかと思った。 視界が、世界が大きく揺れたのだ。 しかし、そうでないことに気がついた。 歪んで世界が、いや彼女の世界であったケーキ屋がまるで迫るように彼女へとドンドン集められていくのだ。 空間そのものがねじ曲げられている、そういった方がおそらく正しい。 その中心に彼女はいて、逃げることもできないまま彼女は自らの愛した店に押しつぶされた。 おそらくはそれこそが、彼女に愛された店のお返しだったのだろう。 魔力に満たされたその空間の中で、彼女たちは溶け合った。 腕が体が形を失い、愛用していた器具や設備と混ざり合っていく。 「私は、ケーキ屋さん。皆に、美味しいケーキを食べて欲しくて」 ケーキを作る、ただそれだけのために使われてきた器具たちの意思が、どろりと溶け合った彼女に混ざり込んでいった。 ぐにょりぐにょリと不定形な塊になった彼女の体が、徐々に最構成されていく。 顔が現れる、胴体が現れる。 それらはどこまでも彼女の姿をとってはいたが、そこから生えた手は一対でなく。 必要な道具をすべて手に持っているかのような多腕。 腕の先には彼女が愛用していた器具が付いている。 続いて下半身。 人型でなく、大きな箱状になっているそれは数えきれないケーキを焼き上げたオーブンだ。 前とは違う、どこか淫靡な笑みを浮かべた彼女は。 「ワタシハ、ケーキ屋サン。皆ヲ、美味シイケーキニシタクテ」 生まれ変わった新たなケーキ屋の開店を告げた。 「こんにちわー」 閉店間際、人の少ない店の戸を叩いたのは、珍しく常連になってくれた女子高生たちだ。 「いらっしゃい」 ニコニコとしたいつもの笑顔で彼女たちを出迎えた桂子に、彼女たちは次々に頭を下げる。 「閉まっちゃうんだってね」 「すきだったのになー」 「また、どこかでケーキを作ってください」 いかにもお別れを言いに来たという雰囲気の彼女たちに、桂子改めケーキ屋憑き神は妖しく微笑みかけた。 「あら、勘違いしているみたいね?今日は新しい開店記念日よ」 そのセリフに彼女たちは顔を見合わせて、一様に喜んだような表情を見せた。 「本当ですか!!」 「もちろん。これまでよりも。もっと、モット美味シイケーキヲ作るヨ!!」 そういって一番近くに居た小柄な少女をヒョイッと捕まえると、上からのし棒でグイグイとその体を薄く伸ばしていく。 驚いた表情のまま薄く伸ばされた彼女を丸めてゴクリと飲み込むと同時、下半身のオーブンが赤くなって熱を持ち始めた。 そこにポトポトと落ちてきたのは、サイズが小さくなった先ほどの少女をかたどった生地だ。 いくつも綺麗に並んだそれをしっかり焼きあげるように、オーブンが唸りを上げる。 すぐに甘い香ばしい匂いが立ち込め、オーブンが止まる音がした。 「マズハコレデモ食ベテ」 そう言ってそこから取り出されたのは、少女の姿をしたクッキーだ。 食欲をそそる甘い匂いに誘われて、女生徒達は今の今まで友人だった少女を美味しい美味しいといって食べてしまう。 「ソレジャ次ハケーキダ」 憑き神はそう言って、右手ついているスポンジを焼くための型枠を取り出し、それで生徒を一人捕まえる。 台の上において上からぎゅっと抑えつければ、少女の体は見る間に小さく圧縮されていき、やがて型枠にきっちりハマるまでになってしまった。 驚いたように目をぱちくりとさせる少女をオーブンに放り込んで、新た少女へと手を伸ばした。 豊満な肉付きの少女を絞り器の袋で覆うように捉えたのだ。 袋の中で少女の体はとろけ、形を変え液体と固体の中間のような固さで落ち着いた。 丁度その時に焼きあがったスポンジを取り出し、それをナイフで上下に切り分ける。 二つにわかれたスポンジを両手に持って、はさみ込むように近くにいた少女を潰すと、少女はスライスされたいちごに姿を変えていた。 そこに絞り器からたっぷりのクリームをまぶしていく。 ヘラで丁寧に形をと問えながら全体にクリームをまぶせば、出来上がるのは真っ白い雪原のようなショートケーキだ。 搾り出すクリームで飾り付けを施し、そして最後に残った生徒を手招きした。 ふらふらと憑き神に近寄った少女は、絞り器からありったけのクリームをまぶされた。 クリームまみれになった少女の体は徐々に固まりながら縮んでいき。 そしてついに、ことりと音を立てて砂糖でできた人形飾りとなって地面に落ちたのだ。 それをつまみ上げてケーキの上にのせると。 「新ケーキ一号完成!!」 ついにケーキが完成した。 見た目も美しいそのケーキの出来に、憑き神は満足気にうなずいて。 カッターを取り出して売りやすいように等分に切り分けていく。 切り分けてショーケースに並べると、その一つを取り出して。 大きく口を開けてぺろりと食べてしまう。 「うーん、味の調和が美味しい。皆仲良かったんだねぇ」 その出来に満足して、彼女は顔をほころばせるのだった。 なくなるはずだったケーキ屋さん。 それがあってはならない形で蘇ったのを知るものは、まだだれもいないのだった。 |