〜憑神喫茶店事変〜
作:ヤドカリ様
| 昼時を少し過ぎた頃。 そろそろ昼食の重みもなくなって小腹が好いてきたような時間帯のこと。 この頃になって恋しくなるのはガッツリとした定食よりも軽く食べれる軽食の類いだ。 となると喫茶店やファーストフード店にでも入って休憩しようか、という気分になってくる。 かき入れ時となったそういう店からは食手をそそる芳醇なコーヒーの香りが漂い始めてきていた。 「ちょっと、喫茶店にでも入ろうかしら?」 丁度その時間帯に商店街を訪れていた姉妹も、そんな空気には逆らえない そんな匂いに誘われるように、姉の舞香がそうつぶやいた。 妹の美香は、あまりコーヒーが好きではないので、少しばかり嫌そうな表情を見せる。 「苦いのは嫌だよ」 「ミルクをたっぷり入れれば大丈夫よ」 おっとりとしているようではあるが、それでいて舞香の趣味嗜好は大人びている。 いまだにブラックを飲むことができないから、美香からすればよりそう見えるのだ。 結局二人は、コーヒーの香りにつられてケーキ屋のとなりにある喫茶店へ入った。 いかにも、といった雰囲気のある佇まい。 木目調で揃えられた店内には、芳醇なコーヒーの香りが充満していた。 ざっとあたりを見回してみても、他に客の姿はない。 「イラッシャイ」 出迎えてくれた店主に軽く頭を下げて、二人はカウンターへと座った。 置かれていたメニューに目を通すと。 美香が不満そうに耳打ちしてくる。 「うー、お腹空いてたのに……」 確かに、軽食的な食べ物はおいてあるものの、空腹を満たすという観点で見るといささか物足りないラインナップだ。 「ケーキセットがあるよ。ほらほら、あまーいクリームのケーキだって」 姉の示した妥協案に頷いて。 「そうだね……二つ付いてるみたいだしこれにしようかな」 「うん、ひとつはお姉ちゃんに頂戴ね」 「また太るよー?」 笑いあいながら注文を決め、店主にそれを伝えた。 「オイシイコーヒー、淹レルヨ」 店主はそう頷いて、カウンターの向こうからひょいと手を伸ばし美香の体をつかむ。 小柄な美香を抱き上げた店主、いやコーヒーミル憑き神は大きく口を開けた。 大きくと言っても人間の口の可動域なんてたかが知れている。 にも関わらず不思議なことに、美香の体は頭から吸い込まれるように憑き神の中へと飲み込まれていった。 ごくんと音を立てて嚥下すると同時に、コトンと何かが落ちる音が店主の胸から響いた。 「コーヒーハ挽キタテニ限ル」 いって、自らの胸を開いてみせる。 中は空洞になっていて、そこにはいわゆるコーヒーミルとその上に置かれた何かがあった。 茶色い色をしたその塊、どこか香ばしい薫りを漂わせているそれは、美香の形をしたコーヒー豆だった。 「あら、美香ちゃんコーヒーになるのね?」 どこか嬉しそうにそういう舞香の目の前で憑き神の左腕、ミルのハンドルがゆっくりと回り始める。 擂り粉木状の機構が連動して回り始め、それに釣られる形で美香豆がカタカタと揺れる。 そして、機構の作動点まで移動した豆はガリガリと音を立てて足から粉砕されていった。 美香の姿はいとも容易く砕かれ、あっという間に香ばしい匂いを放つかけらになってしまう。 まだ大きいその欠片は更に機構の中で砕かれ、磨り潰され、遂にはパウダーと言っていいまでになってしまった。 粉になった美香はそののままサイフォンまで落とされ、そこでゆっくりとコーヒーに抽出されていく。 漂い始めたコーヒーの香りに、舞香は鼻を鳴らして頷いた。 「うんうん、やっぱりコーヒーの匂いは挽きたてが一番。美香ちゃんったら、こんなにコーヒーの似合う女になっていたのね」 ちょっと妬けちゃうなー、と言いながらも彼女はその芳醇な香りを胸いっぱいに楽しんだ。 やがて、目の前に一つのカップが置かれる。 その中に入っているのはつややかに黒光りするコーヒーだ。 立ち上る香りは、今まで飲んだことのあるどんなコーヒーよりも濃い。 「わぁ……」 その香りに驚き、そして一口飲んでの味の濃厚さにまた驚く。 「さっすが美香ちゃん。自慢の妹だわ」 うっとりした表情でそう言って、舞香は美香コーヒーをゴクゴクと飲み干してしまった。 すっかり空っぽになったカップをソーサーの上において。 ふぅ、とため息をひとつ。 「美味しかったです。こんなに美味しいコーヒーは初めてでした」 店主ににっこり笑顔でそう言って、ほのかに温められた腹に手を当ててさする。 「ダメダヨ、オネエチャン……コーヒーニハミルクダッテ言ッタジャナイ」 その声は、自分の腹から聞こえてきていた。 「美香?どうしたの?」 驚いたように返す舞香に、美香の声は答えた。 「私ガコーヒーナラ、オネエチャンハミルクダヨ」 答えになっていないような答え。 そして次の瞬間、何も無いのに舞香の胸が張った。 もともと巨乳といっていい程度には豊満な舞香の胸が突然掴まれたようになったのだ。 乳首が立ち上がり、そして体の中に異変を感じる。 「ふわぁ、なに……どうなっちゃったの」 自らの疑問に対する答えは、すぐに実体を持って明らかになった。 パンパンに張った胸の頂点から、零れ落ちるように雫がひとつ滲んだのだ。 ジュンと服の頂きを濡らしたその雫は、瞬く間に溢れ出した。 それどころか勢いを増し、服の下から放物線を描いて飛ぶまでになったのだ。 頂きから出る放物線の色は白、甘い香りを立ち上がらせるその液体に、彼女は見覚えがあった。 「ぼ、母乳?」 母乳、つまりは美香の言うところのミルクだ。 その迸るミルクの奔流をみて、店主が思い出したようにミルク瓶を出した。 「ソウソウ、ミルク切レテイタノ」 「オネエチャンハ、全身全部美味シイミルクニナルノ」 ミルクの流れは止まらない。 どう考えてもおかしい量のミルクを吹き出しながら、舞香は自らがどこか希薄になっていくのを感じていた。 そう、彼女はまさに自らのすべてを母乳に変えていたのだ。 「ミルクミルク♪」 そして、暫く経つ頃には、いっぱいになったミルク缶がぽつんとカウンターに置かれていた。 その前に立っていた舞香の姿はない。 店主は溜まったミルクを一口掬って飲んで。 「ウンオイシイ。良イミルクガ手ニ入ッタワ」 と満足気に頷くのだった。 その後焼きたてケーキを持ってきたケーキ屋憑き神が空振りに終わり、腹いせに商店街中の客をケーキにしてしまったりしたが、それはまた別のお話。 |