憑き神発生の報は、すぐに美影の耳に届いた。
場所はパソコン量販店、奇遇にもその場所は目と鼻の先で。
電話先で止める大神の声を振りきって、彼女は目的地へとかけ出した。
憑き神の発生した店からは、人の姿が消えていた。
電気が消え、並ぶパソコンのモニターが怪しい輝きを放っている。
「この場所なら、憑き神はパソコンで決まりやろなぁ」
そんなことを言いながら気を抜くことなく周囲を見回し、ゆっくりと歩みを進めていった。
パソコンの前を通るたび、それに備え付けられたカメラがモニターに彼女の姿を写している。
彼女は、それにあまり気を止めてはいなかったが。
それはまるで彼女を監視するようにゆっくりと動いていたのだった。
やがて彼女は、店の中央部にたどり着く。
まるで蜘蛛の巣の様に地面を、天井を幾多のコードが這っていた。
パソコンが上げる独特の唸りが、まるで獣の咆哮のように響いている。
「あれ、やな」
彼女はその中央に、一台のパソコンを見た。
それは一見、タワー型のパソコンのように見えるのだが。
「この気配、間違いない。アレが憑き神や」
退魔師の目は確かに、その正体を見抜いていた。
それはどうやらこちらには気がついていないようで、モニターを反対の方に向けている。
「ぱっと、終わらせてしまおか」
獣のように姿勢を低くすると、手にした杖を構える。
深く息を吐いて、狙いを定め。
そして次の瞬間、閃光のように飛び出した。
反撃の隙も与えないはずの一撃はしかし、憑き神の周囲から伸びてきたコードによって阻まれてしまう。
「んなっ、面倒な」
舌打ちをして飛び下がると、速度を上げて周囲を飛び回り始めた。
壁を、床を、天井を、ありとあらゆるものを足場にしての立体機動。
術をふんだんに使ったその高速移動に、地面を這い回るコードたちは追いつけない。
そうやったままやがて、どうしても防御し切ることのできない空間を作り上げると、弾丸のようにそこへ向かって飛んだ。
鈍重な憑き神の動きでは避けるどころか防ぐことすらままならないだろう一撃。
憑神のコアがあると思われる本体部分へまっすぐと杖を伸ばす。
「勝った!!」
勝利を確信した次の瞬間。
時間が引き伸ばされたような意識の中で、彼女は見た。
モニターの上部に取り付けられたカメラ型の頭部が彼女をしっかりと捕らえたのを。
(まず……)
引き伸ばされた思考の中で行うことができたのは、そんな考えだけだった。
次の瞬間、パシャとう音と共にカメラのフラッシュが焚かれ暗闇を明るく照らし出す。
目もくらむような閃光が晴れると、そこにはもう美影の姿はなかった。
「ん……」
彼女が目を覚ましたのは、なんとも言えない不快感からだ。
記憶の混乱がある頭を振りながら、体を動かそうとするも、動かない。
驚いて周囲を見回せば、彼女の体は緑色の線が作り上げるワイヤーフレームに囚われてしまっていたのだ。
その瞬間、美影は記憶を取り戻した。
「そうや、さっきこいつに写真取られて……」
そこからはなんとなく想像がついた、大方この憑き神に囚われてしまったのだろう。
それは、非常にまずいことだった。
憑き神の中は、いわばその憑き神の支配する世界だ、抗おうとして抗えるものではない。
「くぅ、離せぇ……」
どうにか抜けだそうと、力を込めてはみるものの。
か細いワイヤーフレームはビクリともしないのだった。
それから幾つかの手段を試しては見たのだが、やはり無駄なようだった。
「ドジったなぁ」
と、溜め息をつく彼女の目の前に小さなデータウィンドウが開かれる。
そこには彼女の姿が描かれていて、そこから伸びた線に様々な数値が記入してあった。
「なんやこれ?」
その疑問の答えは、すぐに来た。
そこに記入されていた数値が、すごい勢いで変化し始めたのだ。
それにともなって、彼女の体が形を変えていった。
手足がグーンと縮み、合わせるように身長が縮んでいく。
しばらくすれば、彼女はなんとも可愛らしい2等身になってしまっていた。
「ホンマになんやのー?動きにくいし、霊力まで低ぅなってるし……」
座り込んでぶつくさとつぶやく彼女に一切の遠慮をすることなく、数値の書き換えは進んでいく。
彼女には、先ほどの変化以外にはあまり変化を感じないのだが。
それでもその内書き換えは終了して、ウィンドウは閉じた。
「?」
疑問符を浮かべていると、どこからともなく矢印が飛んできた。
それは彼女に触れる寸前で手の形に変わる。
そして、彼女の頭を容赦なく撫で回した。
「ふわっ」
突然のことに慌てる美影、しかし彼女は、自らの意思に反しておもいっきり微笑んでいた。
やろうと思ってもなかなかできないような満面の笑みだ。
(なんやねん!!別に嬉しくないのに)
そう思っている彼女の前に、文字が現れる。
『テスト成功。デスクトップマスコット美影、起動、常駐』
「なんやの、デスクトップマスコットとか言われてもわからんわ」
『?????言語に調整の必要あり。ベーシックへ』
彼女の質問に応えることなく、再び美影ウィンドウが開いた。
そして、その中にある言語欄を日本語(標準)へと書き換えてしまう。
『書き換え完了』
自分を無視した行動に苛立ちを覚えつつ、彼女は再び尋ねた。
「だから、何かと聞いているのです。デスクトップアイコンと言われても、私には分かりません」
自らのはなった言葉に、自分自身驚いてしまう。
(な、なにこれ気持ち悪ぅ!!ウチじゃないみたいやん)
自分が作り替えられていく恐怖に、彼女は身を震わせた。
しかし、憑き神はそんなことを気にかけることなく次々と工程を進めていく。
『言語認識確認、調整成功。応答、返事用のルーチンを組み込みます』
「答えてください。いったい私に何をしようとしているのですか?」
文字は応えない、そしてその代わりに再び美影ウィンドウが開いてしまった。
「もうやめてください。私はこれ以上変わりたくありません」
(やめてぇ、もうこれ以上私を弄らんといてぇ)
応えはなく、開かれたウィンドウの数字がドンドン書き換えられていく。
今度はどこが変えられてしまったのか、応えはないと思いながらも彼女はそれを聞こうとして。
(あれ、声が出ない?)
声を上げることができないことに気がついた。
無口になる設定?
しかしそれはどうやら違ったようで。
『ただいま』
その文字列に美影は三指を突いてお辞儀していた。
「お帰りなさいませご主人様」
それは、彼女が意図した言葉であろうはずがない。
しかしその動きも、その言葉も間違い無く彼女が発したものだ。
(そんな、体の自由も奪われてる?)
彼女の体はもはや自分で自在に動くことすらかなわない、プログラムの一部になってしまったのだ。
(もう、どうすることもできひん……)
抵抗の手段どころではない、奪われてしまったのは自分自身だ。
彼女はただ、自在に動くことのない体の中で自らの行いを見ているしかなかった。
どれほどの時間が立っていただろうか、時間の流れが同じなのかすらわからないこの空間にあって彼女はそれを確認することはできない。
ただ、彼女にとってはとても長い時間であったように思っている。
プログラムの一環として、彼女はこの世界を動きまわることができた。
いろいろなアイコンに触れて、そしてそのアイコンやプログラム達が自分と同じように取り込まれた人間であることも知った。
けれどその誰もが、出たいなどとは思っていなかったのだ。
誰もが自分の今の仕事、プログラムを実行することに夢中になっていた。
始めは違和感を覚えたのだが、次第にそれすらも感じなくなっていく。
美影は身も心も可愛らしい弄られデスクトップマスコットとなってしまったのだ。
『ただいま』
「おかえりなさいませご主人様」
(おかえりっ♪今日は遅かったやんか)
体に釣られるように、彼女の精神も笑顔を作る。
体は精神を侵食し、そして彼女という個体を別のものへと変えてしまっていた。
「ご飯になさいます?それともお風呂がよろしいですか?映画の準備もありますよ」
(今日は何して遊んでくれるんかな、楽しみ♪)
プログラムに従っての自動的な応答。
けれど彼女はそれに、まるで本当にそういう会話をしているかのような実感を伴っていた。
ここでの生活は、他のプログラム憑き神によって行われる。
例えば『お腹すいた』と返事があれば料理プログラム憑き神が起動。
この中に蓄えられている未だ何にもなっていないデータつまりは捕らえられたままの人間を加工し料理に仕立て上げるのだ。
たまには気まぐれで美影が料理されることもある。
そうすると口のアイコンが現れて料理をぺろりと食べてしまうのだ。
彼女だけはすぐに再構築されるが、他のデータはそのままどこかへといってしまう。
彼女はそれを、遊びだと思っていた。
主が、遊んでくれているのだと。
そしてそれは、嬉しいことなのだと。
小さな両手をいっぱいに振って、うれしさをアピールする美影を矢印から変化した手のひらアイコンがひょいと掴み上げる。
そして、彼女が今まで訪れたことのないフォルダまで連れていってしまった。
(なんやろ、始めてきたわ)
疑問を浮かべる彼女の前で、プログラムが起動する。
周辺機器化プログラム、そう書かれていた。
そのプログラムが彼女を覆うと同時、2等身になっていた彼女の体がもとの大きさに戻る。
「うわ、っととっ。驚くわぁ」
それは姿だけでなく、言葉や、しゃべる自由さえも元に戻っていた。
「それで、これからどうするん?ご主人様?」
けれど美影はにこにこと上を向いて尋ねる。
変えられた精神は、プログラムではないのだ。
応えはなく、ただプログラムがスタートした。
彼女の体よりも大きな手のひらが飛んできて、彼女をこねこねと練り回す。
そして、その形を丸く変えていくのだ。
半球状になった美影の体を光が駆けまわり、様々な加工を加えていく。
やがて出来上がるのは、マウスになった美影だ。
変化が終わっても、プログラムは終わらない。
実体化開始という文字が光り、彼女はすこしずつその体をその空間から消していった。
(ん、なんやろ)
気がつけば彼女は、その体に今まで感じなかったものを感じていた。
それは空気の流れであり、匂いであり、音だ。
それはつまり、彼女が外に出ていることを示していた。
(外?)
ぼんやりと体を動かそうとして、動かない。
(ああ、そうか)
美影は思い出した、自分が何者なのかを。
(うち、今パソコンのマウスなんやった)
彼女は、パソコン憑き神につながる周辺機器の一つマウスになっていたのだ。
自らの主人とのつながりを感じることができて、彼女は幸せだった。
マジックハンドのような手が彼女の体を掴んで自在に操る瞬間なんて、あまりの嬉しさに気絶しそうになったほどだ。
そんな彼女が持ち前の霊力を取り戻して復活したのは、もう少し後のことになる。