〜憑神事変異伝〜
作:初ヶ瀬マキナ様
天高く聳える、山。時として恵みによって人の営みを支え、時として容赦なく人を害するそれらは、数多の神やそれに準ずる存在が暮らす世界であることが多い。 人々の夢想でしかない可能性もあるが、本当に神々が暮らしている、と言うことも往々にしてある。 現在……私、小車泰音が身を置くオリンポス山も、神が実際に居を置く場所である。数多の神話が描かれた山、と書くとロマンシシズムとでも表現できるような感情が心の中でポロロッカを起こす人が多いという。 正直、私はそんな人を羨ましく思える。いや、嘗ては人より薄いとは言え多少の憧れを持っていたのは事実だ。……けど、けどさぁ……。 「……毎度毎度手間かけさせないでくれません?そろそろ主神に対する畏敬の一切合切をÅも残さず取っ払いますよ?……ゼウス様」 「お、おおお前は!またヘラからの差し金か!小車泰音!」 えぇその通り、と返しつつ愛用のトンファーガン『アドン』『サムソン』の銃口をいつものように向ける私。本当に懲りない人だ、いや神だ。 それだけ暇を持て余しているのか、元々の浮気性の所為かは分からないけど多分後者。 自重しろエロ神。アンタのこれまでの所業の所為でギリシャ神話に抱いていた憧れ一切を時空の彼方に追いやったわよ畜生。私の思慕を返せコノヤロー。 「いい加減奥様一人を愛してくれませんかねぇ?貴女の浮気癖の所為で私まで性別を逆転されかかったんですよ?明らかに怒りの所為で堪忍袋オーバーブラストしかかっていて、 このまま奥様以外の全女性をガチムチな男性にしようとか真剣に検討しているんですから。ゼウス様はそれでも恐らく犯すんでしょうけど」 とはいえ、逃げたくなる気持ちも分からんでもない。奥さん元から独占欲と嫉妬心が強いし最近それに拍車がかかってメンヘラ気味だし。 けど流石にそれ分かっててそれで何で嫉妬煽る行為を幾度も何度も執拗に性懲りもなく行うのやら。 懲りろよ。懲りてくれ。寧ろそろそろいい加減懲りて下さいお願いします。私の背中から盛大に怒りとやるせなさのオーラが漂っているのが見えたのだろうか、ゼウスは表情をひきつらせつつ逃げの一手を打つ。 弁解が無駄だと分かる辺り判断は早い。これまでの経験からか。が、それでもベリィベリィスロォリィ。 「――大概にしろぉっ!」 霊力を込めた弾丸――いや、投網がギリシャ神話の主神に向けて飛ぶ。転移禁止の結界(奥さんの魔力付き)があるから空間転移することも出来ないゼウスは、哀れにも投網の餌食に。 ヒット確認後即奥さんへの連絡ボタンを押す私の目の前に開く……愛の巣(ごうもんべや)への扉。あぁ、相当キレてるなこれは。 「嫌じゃあああっ!可愛いことラブラブちゅっちゅするのは男の甲斐性じゃろうがふぶっ!」 それは男の甲斐性とは言わんわ!何をほざくこの色惚けが!あまりにも聞いていられなかったので主神を足蹴にしてたたき落としつつ……私はゼウスの相手をしていた方に、一枚のチケットと札を渡した。 目の前で行われた光景に呆然としていたけど……と言うかみんな可愛いなぁ。年齢止めてヤったのか?あの主神だとやりかねん……。 「……いきなり押し掛けて済みません。これ、主神の奥さんからの天罰という名の嫉妬乙から身を守るための札と、家財を守るためのチケットです。目立つ場所に飾っておいて下さい」 やはり呆然としている彼や彼女を背に、私はドアを開くと振り返り一礼して、依頼人の所に戻ることにした……。 ―――――― 『ご苦労様でした。暫し夫と愛し合いますので、必要経費を紙に記しておいて下さい。今回の給料は通帳に日本円で振り込んでおきました。 再発防止に努めますが、悲しいかな、また頼むことがあるかもしれないので、その時はよろしくお願いします。台所の神:ヘラ』 「……実際料理は美味しかったナー」 流石台所の神。嫉妬とヒスさえどうにか出来ればかなり良妻だろうに。まぁあの夫じゃ難しいか……。神によって予約されたホテルのフルコースより、奥さんの賄いの方がかなり美味しい。 食材の生かし方がパない。料理教室を開いたら神の懐も潤うんじゃなかろうか……そこまで考えて、でも開いたら主神の魔の手のとばっちりは確定するよなぁ……と首を振った。 まずあの男は犯す。絶倫にも程がある。まぁ我が国にもそうした絶倫を祀る神社はあるが……あと女体の神秘とかいって女陰を祀るところとかもあったわね……みーちゃんが神の使徒にされかかったっけ……。 「……ふー」 とはいえ、ギリシャでの仕事は終了したし、後でメテオラでも行こうかしら……そんな事を考えながら、私はホテルのドアを開く。 部屋のテーブルの上に、見覚えのないプレゼントボックスが一個、置かれていた。薄い銀色の箱に、これまた薄い銀色の蓋が被せられ、その二つを白地に赤く縁取られたリボンがずれ落ちないように縛っている。 恐らく誰しもが飛びつきたくなるだろう外観だ。リボンを解いて中に何があるか調べたくなるだろう。事実、私も普通ならそうする。事前にプレゼントの連絡を受けていたらね。 「……」 私はドアの鍵を閉め、テーブル以外の家具をなるべく遠くに置いた。或いは収納した。その後、メールの着歴を確認。電話……は奥さんからだけだから除く。 そして音が響かないように簡単に結界を張ると……箱にアドンを突きつけた。幽かに箱が震えた気がする。 「――ルームサービスは頼んでないんだけど?依頼主は労う暇なんかないからプレゼントは届くはずもないし、本部は労う暇あったら次の仕事渡してくるのよねぇ。 そして月三の遙々ギリシャに飛んでの浮気制裁にもボーナスは無し。そんな私を労ってくれるなら嬉しいけど、どっちかって言うと魔への誘いよね?もしかして私が美味しそうだとか思って来ちゃったのかな?かな? バッグの要領とか押し退けて来ちゃったとかしたら完膚無きまで吹っ飛ばすんでよろしこ〜。あぁあとそうじゃなくても不法侵入した時点で風穴は覚悟しといてね〜♪」 他者から見たら、箱に話しかける異様な女に見えただろう。だが……この世界ではその必要があるのだ。特に、見覚えのないプレゼントボックスには。 果たして私の予想通り、カタカタと音を立てて振るえ始めるそれ。私は銃口を離さず、気を溜め始める。そして……。 「申し開き、ある?なら情状酌量の余地はあるけど?」 そう私が呟くのと同時に、プレゼントボックスの蓋が弾かれるように開くと……。 「――うぅぅっ……ぐすっ……ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」 ……やっぱりな。トイミミックか。私はアドンを腰のホルダーに入れると、目の前でわんわん泣くトイミミックに目をやる。 帽子の如くプレゼントボックスの蓋を頭に被り、長髪を二束に纏めてツインテールを作っているのは、外見年齢推定3〜7歳の恐らく鉈少女にお持ち帰りされるレベルのょぅ?゛ょ。人間と違うポイントは、頬。 光が反射した艶のように見えるその部分は感情を表す光が放たれるようになっている。今の色は青紫。全力で怖かったらしい。目をくしくしと擦りつつわんわん泣いているし。 箱の底からも(元から底抜けの構造ではあるけど)可愛らしいぷにぷにの脚を出し、ハの字ぺたんこ座り。あざとい。この様すらあざとい。炉の人とか喰われるんじゃ無かろうか。喰われに飛び込みかねんぞ……? 「ふぇぇぇぇぇぇぇ……」 ありゃー、怖がらせ過ぎちゃったか。でも反省も後悔もしない。そもそも誘目性の高いプレゼントボックスに化けて近付いた人の霊力を吸って同族ないし玩具に変える種族だから、迂闊に許せんわけよ。 「ぇぇぇぇぇ……」 流石に泣き疲れて来たっぽい。私としてもこのまま泣かせすぎるのは一ミリあればいい方の良心に反する。と言うことで……便利よね、タッパー。 「……食べる?」 「……ふぇ?」 涙に潤む瞳で私を見つめるトイミミック。角度もあざといが無視して、私はヘラ宅の夕食で食べきれなかった分の食事(ナポリタンスパゲティ。日本で学んだらしい)を差し出したのだった。 「……私を'食べ'ないんだったら、今は何もしないよ」 ……私の一言に安心したのか、はらりはらりと涙を流しつつ、脱力したように彼女は頷いたのだった……。 ―――――― 「……おいしー♪」 「暇を持て余した神々の遊び……じゃなかった、料理だからねぇ」 家事遂行能力が凄いと、時間が余るわけで、その余った時間をいかに潰すかが神としての実力の見せ所らしい。洪水を起こしたり台風を起こしたりしたら流石に周りの神から制裁が入るらしいけどね。 ソースは雑誌『Mr. IRON』の編集長であるヘラクレス様。直々に鉄拳制裁したこともあるらしい……ってそれ相手うわらばしませんか?神だから平気なんだろうか。 家事を極めた神が自ら作り上げた至高のB級グルメを、口一杯に頬張り頬を綻ばせるトイミミックを見ていると、可愛さのイデアとは斯くの如しかと思ってしまう。成る程納得。 こりゃさらいたくなるわ。見ているこっち側が癒されるし。ティッシュを差し出すと、ケチャップで汚れた口をくしくしと拭いて、満面の笑みで 「ごちそうさまー♪」 と私に言った。 ……改めて見るとやっぱり可愛い。無茶苦茶可愛い。つぶらなくりくりした瞳にで見つめてくるところなんか思わず抱き締めたくなるくらいかぁぃぃやべー新ジャンル開拓かもしれない。 普段はまず何かしでかした相手をワンターン封印するからねぇ。……っと和んでいる場合じゃないか。 「……で、何で私の部屋にいたのん?」 どうやって、とは問わない。ミミックだし。もしかしたら誰か操るなり何なりしてホテルマンにサプライズ用プレゼントとして入れたのかもしれないし。私の声に……トイミミックも本題を思い出したらしい。 急に少し悲しそうな顔になって、腰回りから股間の辺りを隠す箱の中をまさぐっている。間違っても自慰ではない。繰り返す。間違っても自慰ではない。 「……これ」 そうして取り出した物は……。 「……任務依頼?」 しかも正式なものだ。何でそれをトイミミたんが持っていたのやら……と開いてみれば、'冠西支部の猛猪'と噂が高い上司の一人からの手紙が同封されていた。しかも、例によって読み辛いことこの上ない字体でだ。 『S級討魔師、小車泰音。早速だがお前に仕事だ。内容の説明の前に、現状について語っておく。最近爾本で、一般人が物理的に玩具にされる事態が続いている。 しかも、数日後には玩具にされた一般人を引き取った一家が行方不明になると言う事件も起こっている。初めの状況からしてトイミミックの仕業だと他の奴は判断しているが、俺と府警のツキタクはその仕業にしちゃおかしいと考えていてな。 そしたら俺の家にトイミミックが来て、あれは私たちじゃねぇって泣きついてきたのさ。そりゃそうだな。トイミミックの玩具は動かねぇし、他の奴を襲ったりもしねぇ。 トイミミックに似た何かによる仕業だ、そう俺らは踏んでいる。だがな、退魔協会上部という立場上、魔物のためにそう迂闊に動けんのだわ。つーことで、だ。この事件を極秘に調査し、解決してくれねぇか? 流石に表立ってトイミミックは助けてやれん。勿論、金一封と残業代、及び調査費食事代は出そう。いつぞやのような浪費するなよ。では、いい結果をを期待している冠西退魔協会、第十一部隊部長:猪里守人』 「……あの豚王のお二人か」 冠東支部でも有名な、冠西支部の超重量級二人だ。工事現場憑神の集団を、信頼と伝統の『ぶちかまし』で全てしとめた討魔師:猪里守人と、僅かな予兆も見逃さず、幾つも事件を解決してきた刑事:月代琢。 二人の合計体重:二百kgオーバー。でも動きは速いってどんだけー。彼らにとって豚は褒め言葉だという。 「知ってるか?豚は嗅覚が良いんだよ。ホシを嗅ぎ当てる力があるって事じゃねぇか。有益だぜ?」 いえ、主にすた丼大盛りを平然と平らげられるその腹から来ているかと思われますが。任務前の景気付けに二人して二郎の大盛りニンニク増しを頼む神経が理解できない。 よくそれであんなスタイリッシュアクション出来るよ。討伐対象の吸血鬼も気の毒に。 「もう二度と戦いたくない」 そりゃニンニク臭撒きながら手下を吹っ飛ばす百貫……いや、巨漢のおっさん二人となんか相手したくもないわねぇ。私だって願い下げよ。 ……まぁ思いはずれたけど、そんなお偉い二人だけあって、事件に対する嗅覚は確か。そして私に頼む理由も確か。だってSになったばっかだしそこまで金使わずに済むし地味系だし変人だし断る理由も別に持たないし。出よ我が涙。 とはいえ……最近、あの色神の対処ばっかりだし……たまにはこう言うのも良いかな。柄じゃないけど。携帯はガラのままだけど。 「……」 手紙を持つ私を、真剣な……でも今にも泣き出しそうな目で見つめるトイミミたん。やがて私は手紙を閉じ……トイミミたんの目を見つめつつ、答える。 「……お助け料一億万円……は冗談。貴女達からの任務……了承したわ」 塩沢さんカムバック、は兎も角として、こうして私はこの任務を受けることになった。……あの色惚けバカ神がまた騒ぎを起こさないことを祈りながら。ついでに……! 「ありがとうっ!!!≧o≦」 緊張のタガが外れたのか泣きながら私に抱きついてくるトイミミたん……ってか嬉しさの剰り食べようとしないで欲しいナー。リボンが絡み付いているわよ。 「やめい」 「へばっ!」 咄嗟に鉄拳制裁した。可愛くても所業に応じた体罰は止めない。それがマイジャスティス。 ―――――― 飛行機→新幹線で冠西へ。冠東協会……チケット代くらいケチらないで欲しいわよ。アンタらの失態でどんだけの損害出して、みー達がそのケツの始末にどんだけ骨を砕いたか分かってんのかしら。分かっていないに一票。あるいは分からない振りでもしているのかしら。 「ぁまぁまー♪」 トイミミたん――リスムたん(本名がリスムらしい。クリスマスから取ったそうな)は、箱の中でロリポップを片手にぺろぺろしている。荷物扱いで乗せたから車内体を全開させるわけにはいかんのだ。自由席の座席、しかもコンセントがある窓側の席だけは与えているのだから我慢して欲しい。 腰に吊したトンファーへの追求を、討魔師免許でさらりと交わしつつ、さて。話に聞く今回の事件の現状はどうなっているやら。私、定期憑神化防止処理にお金がかかるからノーパソ持ってないからねぇ。 その代わり携帯ハードユーザーだけど。いい加減ノーパソ買え、と注文は来ているけど、私にその気は更々ない。 憑神化防止ソフトとかメインPCだけでも相当容量と金銭喰うのに、サブまで導入されたら給与的に上がったりなのよこっちは。吝嗇も大概にしてよこのやろー。 しゅるしゅると、リボンが私の腕に絡み付いてくる。まるで某愛の少女みたいな結び付き方になっている辺り、ふとこんな感じでリボンをアクセに加えてみるのも良いかな、とか考えてしまう……って。 「……」 ごっ 「はきゃん」 全く、油断も隙もない。流石にそして誰もいなくなったは避けたいらしいけど、だからって手を箱の中に引きずり込んでしゃぶるのも止めて欲しい。 彼女にとっては美味しくて全世界に三十億はいると思われる百合スキーにもシチュ的には美味しいかもしれないけれど、公の場で目立ちたくないという至ってノーマルな神経を持つ私としては、新幹線の中で変な声あげたくないんですけど。 鉄拳制裁した後、私はその手をハンカチで拭きつつ新たに絵本……ではなくカタログを取り出す。今期発売の子供向け玩具の案内だ。 多分これで暫くは大人しくなるだろう……大人向けの玩具地帯は黒塗りしているので小さなお子様にも勧められるバージョンとなっているから安心?だし。 ……さて、後どれだけで着くかしら……眠い。眠いけどリスムの隣では寝たくない。だって、私見て涎垂らしているも同然の状態なんだもの。寝たら絶対……犯られてトイミミ化する。みーにされた、あの百合百合プレイが再現される……。 呑み込む寸前でヘッドバッドで脱出した懐かしき思い出……。……携帯で退魔師用ニュース電子版を確認する。ギリシャじゃ映らなかったし。と言いますか俗世はデモってたし。 「……『中華急行が憑神騒ぎ。SSクラス国家討魔師宋文是(そうぶんぜ:48)が単身鎮圧』……おいおいマジかよ……『国家統制局が憑神事変隠し』って……」 何やってんだ隣国。寧ろよく潰せたな。流石SSクラス。 ―――――― そうして何とか無事に鏡都に到着し、うつらうつらしているリスムをバッグに入れて持ちながら、私は退魔協会冠西支部にたどり着いた。駅近くだから楽〜。 本当はここで何か一つ鏡都の何かを食べたいところだけど……無駄遣いは厳禁されている。 くそう。お偉い方はラーメン食っているくせに。そんなわけであっさり本部に到着した私は、そのまま連絡をくれた上司の元に向かう。会議室に通され、おねむのリスムを隣に置いて数分後。 「おおっ!よう来たな!仮眠室用意しといたで!」 流石仕事が出来る猪里さん。ウチのクソ上司数名にも腹の脂肪を溶かして飲ましたいわ。そしてやっぱりデカい。明らかに前にあったときよりデカくなってない?そして顔テカりすぎ。確実に昼は豚骨か。 「……有り難う御座います、猪里部長。ですがその前に……事件の現状及び事件発生場所のリスト、及び地図を頂けます?」 異様にデカい腹から目を逸らしつつ、私は猪里部長の顔を見上げる。部長は脂ぎった顔を拭きつつ、巨大な封筒を渡す。 「ほらよ、ツキタクが徹夜して作ったマップだ。あいつは今非番だから寝てるはずだ。感謝は後でな」 本当に仕事が出来る上司だ事。羨ましすぎる。内ゲバやっている場合じゃないでしょうがあの古狸と脳筋熊。 「……分かりました。猪里部長、仮眠の間、この子を預かって貰うことは」 「無理だな。人員とスペースがねぇ」 ですよねー。まぁそれは仕方ないとして。 「まぁトイミミックになったら俺のぶちかましで元に戻すから心配すんな」 いえ、心配しているのはそこじゃないんですが。襲われるのと体力が減るのなんですが。世の中は上手く行かない。そんなもんですよねーやっぱし。 「……はい。じゃ、早速使わせていただきます」 ともあれ、これで資料や地図は手に入った。後は寝た後で見当を付けるだけだ……。私は、封筒とプレゼントボックスを抱えて小会議室を出た。 「お、そう言えば」 ドアを開いたところで、猪里部長が何かを思いだしたように告げる。……私の経験則上、この呼びかけはろくなもんじゃねぇ。今度は何をしでかしたんだ。 鬱陶しげな私の表情に同情するかのように、部長は首を横に振って言った。 「……冠東支部のお前の上司が、どっちの会派に属するかで人事をきめてるっポイんだが……心当たりあるか?」 「……心当たりしかないです」私怨だけで言えば私がギリシャに飛ばされたり、カンボジアに飛ばされたり、ガンジスの流れに誘われたり、後は島根送りにされたり……。 他にもグレイなメンツが右に左に……。いつぞやのペンブラかって話だ。全く 「……一平卒の分際でナンですが、いい加減あの二人更迭した方が良いんじゃないですか?蚕蛾事変その他諸々の実質原因ですよね?」 「……それにゃ同感だ。だが如何せん取り巻きの崇拝具合が強すぎんだ。現状手が出せねぇ……つか手を出したらこっちがあぶねぇ……」 あぁ、神は死んだ。私達二人は、儘ならぬ現実に溜め息を交換したのだった……。 ――――― あてがわれた仮眠室で泰音が二時間ほどの休眠をとっているとき……その横に鎮座するプレゼントボックス……リスムは、儘ならぬ現状に悶々としていた。 それは種族としての本能が、彼女自身の感情と混ざった状態だと言っても良い。 「……やすね……さぁん……」 プレゼントボックスに背を向けたまま横に寝転がる泰音の背中を眺めつつ、リスムはふと気を抜けばリボンを泰音の体に伸ばしたくなるのを何とか耐えていた。 元々トイミミックは、自分ではない誰かを気に入ることが多い種族である。それは彼女達の種族特性と言っても良い。 霊力の高い、あるいは良質な霊力を持つものに、トイミミックは本能的に惹かれる。それと同時に、自らに優しくしてくれたり、彼女達を気に入ってくれた存在に対しても、大量の恋慕を抱く。 本能レベルの食欲と、理性レベルの思慕。それを表現する手段が一緒である以上、彼女の感情もまた融合するのも必然であった。 食べたいほど好き。一緒になって一緒にしたい。彼女達の愛情表現……それはそのまま彼女の本能も含めて一切を満たすのだ。 「ん……ぁぁ……♪」 本能が理性を越えたのか、しゅるりしゅるりと彼女の赤いリボンがゆっくり泰音の体にまとわりつき始める。 縛るでもなく、ただ包み込むような動きに、泰音は寝ながらややむず痒い表情を浮かべた。そのまま頬を赤らめ息を荒くしつつ、リスムは泰音と同じ方向に寝ころびつつ、リボンを使って体をリスム側に向け始める。 普段は前髪で隠れている瞳は、しっかりと閉じられている。最小限度の肌の手入れでそれなりに調って見える肌は、恐らく真剣にお洒落と向き合えば相当の色艶を発揮するのではないか ……其処まで思ったかは知らないが、この瞬間、リスムは確実に、泰音を心の底から好きになっていた。もう止まらない、もう戻れない。 種族特有の暴走する恋愛感情は、これまた種族特有の食欲とがっちり手を結び、行動指針を確定させた。 しゅるしゅると、二人の距離が近付く。リスムの視界には、もう、泰音しか映らない。もう、彼女しか見えない。完全にオンリーワンな世界である。そして……鼻が触れるか触れないかのところで……! 「……イタダキマスっ♪(大好きっ♪)」 ――ぢゅううっ!本能と融合した理性がゴーサインを出した!あふれ出す恋慕のままに、リスムは泰音の唇を奪い、リボンの拘束を強めた! 睡眠中の無防備な唇は、リスムの唇の圧力によっていとも簡単にこじ開けられる!其処に躊躇なくリスムは自身の舌を突き入れ、泰音の口内を蹂躙し始めた! 「……んんっ……んぢゅん……ぢゅ……ぢゅにゅ……にぢゅ……んぱぁ……っ♪」 せがむように、がっつくように、歯や歯茎や歯の隙間から口内粘膜まで、リスムは自身の舌を滑らせて舐めとっていく。泰音の全てを求めているかのように、荒々しさと優しさを兼ね備えた舌が泰音の温もりの中で踊る。そのまま彼女は ――泰音の舌に自身のそれを絡ませた。力なく倒れた泰音のそれを抱き起こすかのように絡ませ、彼女は自らの方へ引き寄せていく。 未だ眠り続ける泰音に、キス、キス、キス。唇と唇が触れ合う度に、リスムは言葉には言い表せないような充足感を得て、瞳を潤ませ体を震わせている。 人の唇は、魔力や霊力の得やすいポイントである。一番得やすいのは足の裏を合わせる事だと言われるが、それはもう一つの充足に繋がらないため魔物達は基本的には選ばない。 今リスムは、S級討魔師である小車泰音の霊力をその身に受け入れるという本能的な充足を得、大好きな小車泰音と唇を交わすという理性的な充足も得ていた。 まるで清流が体に染み渡るような、まるで体の奥底で燃やされた薪の熱が体に行き渡るような、一回りも二周りも大きくなるような錯覚すら覚えるその快感に、リスムはいよいよ舌の動きを激しくし、リボンをさらに巻き付けた。 なすがままにされたまま、依然として眠り続ける泰音は、当然気付くはずもない。もっと、もっと欲しい。もっと一つになって、一つに一緒になって愛したい、そう愛情が暴走している一人のトイミミック―― 一匹の愛の獣が目の前にいることを。 「はぁ……っ♪はぁ……っ♪ぁはぁ……♪」 既に彼女の腰の箱は準備が完了し、魔力による光を放ち始めている。リボンはいよいよシュルシュルと泰音の全身に絡み付き、眠った姿勢のまま、宙に浮かした。それに気付くことなく眠り続ける泰音の足が――! 「――んやぅんっ♪」 ――ついにトイミミックの腰の箱の中に突き入れられ始めた。外観上の体積など当てにならないかのように、ずる、ずぷと彼女より巨大な泰音の体が沈んでいく。 自分の中に巨大にして甘美な霊力の塊を持ち、食べてしまいたいほど大好きな泰音を自分の中に収める、本能と理性の両方への充足感に、リスムの体は打ち震えた。 同時に沸き上がる、もっともっととせがむ衝動。それに逆らえるリスムではなかった。 「んぁああっ♪やすねさぁん♪やすねさぁあああんっ♪」 興奮しきったリスムは、叫びながら泰音の体をプレゼントボックスの中に沈めていく。外から見える彼女の体は、もう首から上のみであった。それすら――。 「――んんんぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ♪♪♪」 ……つぷん、と音を立て、彼女の中に全て収まってしまった。泰音を体に収めたことで、安堵と快楽の余韻に浸る溜息を吐くリスム。頬は紅潮しきり、息は荒い。恐らく股間はしとどに濡れていることだろう。 「……はぁ……はぁ……♪」 お腹の中……と言うよりは、体全体に暖かい波動を感じ、頬を綻ばせて今も続く彼女の味を、リスムは味わいながら……プレゼントボックスの外枠を撫でるのだった。 「あはぁ……やすねさん……♪これで……いっしょだよぉ……♪♪」 幸せそうに話すリスム。恐らく同じトイミミックにして互いに愛で合うつもりなのかもしれない。そんな理想の日々を夢見つつ、ほくほく顔で箱に戻ろうと――? 「――やろうと思うたで、嬢ちゃん」 がしり、と顔を背中側から手で掴まれたリスム。次の瞬間、彼女の体に走るのは、尋常でない痛み。 「――!!!!!!」 声にならない叫びをあげる彼女に、しかし手の持ち主は容赦はしない。親指と人差し指に力を込め、くりくりと頭の辺りを刺激している。 「俺は言うたよなぁ。任務は受託するから人間を襲うな、と。確かに言うたで。で、嬢ちゃんは肯いたわなぁ。ほら、聞いてみぃ?」 男のもう片方の手にはレコーダーがあり、再生ボタンを押すと確かに同様の会話が為されていた ――が、リスムにそれを聞く余裕はない。何せ力を込められた指は相当量の痛みを彼女の頭に伝えてくるのだ。 「そりゃ惚れやすいたぁ耳にしてっから、そのうちしでかすとは思っちゃいたぜ。だがまさか天下の署内でやらかすたぁ思っちゃいなかったがな……。え?そんなに耐えられんのか? あ?そんなに人間を餌にしたいんか?誤解を解きたい当人が誤解を与えてどないすんねんな?あぁ?」 ギリギリと、万力の如く力を込める男に、リスムは泣き声一つ挙げられず只怯えるのみであった。先程まで得た満足感は、既に虚空の彼方。 「なぁ、嬢ちゃん。ウチらは今回わざわざ慈善でやってんのよ。本来だったら嬢ちゃんともども全員封印せなあかんのや。それを見逃してやろう思うとるんに……」 愚痴りつつ、リスムの頭のリボンを掴む男。ひぅっ!と身を竦ませるリスムに構わず、男はするり、するりとリボンを外していく。 まるで金的を握られたかのように脱力し、ガクガクと震えるリスムを余所に、男は一気にリボンを解き――彼女の腰のプレゼントボックスの中に手を突っ込んだ! 「ふゃああああああっ……あぁぁ……」 目に見えて脱力しきる彼女を余所に、男はガサゴソと中を漁り、引きずり出す。そこに一片の躊躇も見られない。 危ない感じにびくんびくん震えるリスムに気遣うことなく、男は中で掴んだそれを、眼前にまで持ち上げた……。 「……というか、コイツはどうしてS級まで行ったんだ……こんな無防備晒しといてよぉ……」 ……果たして、プレゼントボックスの中から引きずり出されたのは、外見年齢もトイミミック平均くらいにまで下がり、頭には銀縁に藍色のリボンをした、銀色のプレゼントボックスに腰を囲まれた……トイミミックと化した小車泰音だった。 「……Zzz…」 しかもまだ寝ている。仮眠の筈なのに完全に熟睡モードである。当然何があったのかなど知る由もない。その様子に男は呆れつつ、むんず、と頭を掴んで持ち上げると、リボンの先端を掴み、少しばかり後退した。 壁にはいつの間にかマットが過剰に敷かれている。彼はリボンを握ったまま、泰音の体を放り投げ――! 「――起きんかァホンダラァァァァぁぁぁぁぁっっっっっ!」 「――げふぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ――伝統と信頼の、ぶちかまし。百Kgオーバーのその体から繰り出される体当たりをマトモに喰らった泰音は、猛烈な勢いでマットにぶち当たった。頭のリボンは、衝撃によって既に解かれている。 四枚重ねられた、厚さ40cmの衝撃吸収マット。それの最後の一枚が厚さ五mmになる衝撃を受け……覚醒後気絶一歩手前まで行った泰音。マットの中で燃え尽きた矢吹ジョーの如くぐったりとしている。体はすっかり、元通りの泰音ちゃんだ。それを見届けた男――猪里守人は、リボンを解かれぐったりしているリスムに向けて、感情を交えず告げ、部屋を出たのだった。 「……次やったら、依頼は無しや。お前達の種族も一気に封印したるさかい。覚悟しとき……」 その言葉に、痛みと脱力感に涙目になるリスムは……怯えながら頷いたのだった……。 ―――――― 「……」 「……(おろおろ)」 無言。 「……」 「……(びくびく)」 只ひたすらに無言。余りにも不毛な、しかし圧倒的な圧力を伴った、無言。その圧力により鳥は怯え飛び立ち、犬は後ずさり吼え、睨みつけるとキャインと逃げる。 ふん、敗北主義者め。体にズキズキと走る痛みに耐えつつ、私は取り敢えず地図を手に被害現場へと歩く。 車は使わない。魔の痕跡を調べるには歩くのが一番だ。因みに私は大阪府住民平均よりも遥かに歩くのが速く、歩くだけでどんどん周りの人を追い抜いていく。 「……(チラ)」 「……!!(びくんっ!)」 私が一瞥する度に、リスムはその体を萎縮させる。当然である。襲うなと何度も体で言っているのに襲うなんて……ねぇ。 「……(ちらっ)」 「……!!(びびくっ!)」 「……(ちらり)」 「……!!(びびびくっ!!)」 ……ヤバイ、なんか楽しくなってきた。嗜虐的な感情がむくむくと湧いてくる……もっと苛めたいとか頭に過ぎる。 「っと自重しろ私」 流石に仕事中よ。ビビらせ過ぎちゃ不味いわ。今回の事件はこの子達が居なきゃまず解決不可能な代物の筈だし。と言うわけで。 「……ねえ」 「は、はいっ!!」 私の言葉にびくんっ!と反応するリスムの腕をさり気なく引き――私は路地裏で彼女の唇を奪った。 「!!!!!!」 驚きながらも満更でもないのか、唇を押し付け返してくるリスム。私はそれに応えるように一回力強く押し付けると、そのままあっさりと離した。 驚きと物足りなさとない交ぜになったかわいらしい顔を見つめ、愛でたい欲求に駆られながらそれを抑制して私はゆっくりと告げた。 「……っとまぁ、キスぐらいなら構わないわよ。リスムたんからしたら足りないかもだけど、仕事中なんだからそれで我慢して欲しいカナー」 実際、本能レベルでの好意で呑み込んでいることくらいは理解している。そこまで気に入って貰えるのは嬉しいと同時に、やっぱり私は変人に好かれる運命かとW.O.F.の精霊においちょっとこれどうよーとギャルゴ宜しい運命に苦笑いの一つでも浮かべたくなる。 ふよふよと宙に浮きながらのぺたんこ座りという尋常でなくAZATOI格好で私を上目遣いで見つめるリスム。瞳はやっぱり潤んでいる。またいじりたいけどずっと自重しようかうふふ。 「私は貴女達の誤解を解くために力を尽くすから、貴女も私の力になって欲しいの。せめて、この一件が終わるまではわ私を呑み込まないで欲しいんだけど……いいかな?」 笑顔。終始笑顔で私は彼女に対して説得を試みているわけだけど、笑顔を深める度にこの子が怖がっているのはどうしてカナー……あ、ヤバイ"説得"の方やっていたわ。失敗失敗。 起きているときにリボンを絡めてきそうになったからつい反応しちゃったのね。てへぺろ。……まー相手から私の目が見えないような髪型だしねぇ。不安がらせるのもしょうがないか。と言うことで……だきゅっ。 「――!!!」 背中に二回ぐらいリボンが巻き付くのを気にせず、私は彼女の体に抱きつき、頬を擦り寄せる。さっきまで腹に突きつけていたサムソンを腰に装着して。 再び目を見開いただろうリスムの耳に、私はゆっくりと言い聞かせる。 「……大丈夫。貴女が無闇に襲わない限り、私は貴女を傷つけないわ。その辺りは信頼して欲しいカナー」 逆に言えば手ぇ出したら手ぇ出すぞコノヤロー、と言う話であるけどそれはさておき。彼女はその言葉で多少心が解れたらしい。本当に小さな声で、 「……うん」 と呟いた。 ――胸キュンマックス。これ仕事じゃなかったらまず間違いなくリスムちゃんを一日愛で回しコース確定なんですが。立場上自重するけど。 「……ありがとうね。じゃ、また探そっか」 さて、強引に仲直りしたところで、再び調査を始めることにしよう。憑神が厄介なのは、時間が経つとパンデミック起こしかねんところなのよねぇ……。 ―――――― 「……結局、今のところ進展は無し、か……抹茶ウマー」 「パフェおいしー♪」 まぁ情報が入る方がおかしいんだけど。憑神化したら身近な人から忘れていくので面倒なのよね。一応現場を回ってはみたけど、現場状況的に憑神化した玩具が家族を襲ったって事以外は不明。 玩具の形式も形状も特徴も不明。不明不明意味不明。解らないから対策が打てない。気配はそこかしこにあるだけにナー……腹立たしい。 非常に腹立たしい。最近のゼウスの所業並に腹立たしい。腹立たしいので駅前の喫茶店にて白玉宇治金時パフェとイチゴパフェを注文し食す事にした。 あぁ、目の前でトイミミたんが口にクリームを付けながら満面の笑みで頬をピコピコ点滅させながらおいしー♪と呟く様だけで生き返る。HP1から半分くらいまで行く。 ……っと仕事に関係のない思考で脱線しつつ、ここからどう攻めるカナー。パフェ食べ終わっちゃったし、何か飲もうかしら、レイコーとか……ん? 「……うん、うん……」 ……何だろ、何してるんだろう、この子。何かリボン立っちゃってるし。 「……あの〜」 「……あ、大丈夫です……」 店員がその様子を見て、心配そうに私に近付いてきたわけだけど。大丈夫です何かしでかしたら打ちますので。退魔免許Sクラスがこんなところで役立つとは。 「……うん……わかった……ありがとう……」 にしても大宇宙のブラザーと交信とは不思議属性追加……萌え的に大丈夫なのかしら。属性のゴッタ煮はキャラが死ぬわよ。 余所事を考えている間に会話が終わったらしく、再びパフェを癒される顔で食べ始めるリスムをよそに、私はとっとと代金だけ払ってしまうことにしたのだった……。 ―――――― 「ふぁ……く……」 眠い。本当に眠い。異常なまでに眠い。ずっと寝ていたいレベルで眠い。食後は大概そんな感じなわけで。 「……ん〜……」 そんな私の手を引くようにリボンを結びつけて、どんどんとリスムちゃんは前に前に進んでいく。時折迷う様子を見せるも、頭のリボンがピコピコと動いてダウジングの如く動くと、そちらの方に向かわされる。 「……」 で、特にそれに対して私はリアクションしない。眠いし。何よりこの種族の特徴を聞いたから、多少は安心して任せている。彼女達のリボンが、まさか仲間達と交信する為のツールだったとは知らなんだ。 で、さっきの交信もそれだ、と。交信した内容は……ここらのトイミミックを一ヶ所に集めたからちょっと来て欲しい、という他のトイミミックからの連絡だという。 「……ちなみに、Where 2 go??」 「うぇあ?」 あぁ不味い不味いいつものリズムで話しちゃった。私の悪癖よねてへぺろ☆ 「……何処に向かってるの?」 私の質問に、ぴこぴことリボンを動かしながらリスムは快活に応えた。 「こうじょうあと〜。ほとんどみんなあつまったよ〜」 ……工場跡、この辺りにあったっけ。と言いますか、ほとんどみんなって、何人くらいよ。 「……何人くらいいるの?」 「30〜」 ぴこぴこ×30。倉庫跡の床に広がる30個の未開封プレゼントボックスを想像して、何というかやや寂しい気持ちになった。でも考えてみればそんな場所で来るかどうか解らない人間を誘うことなんか無いだろう。 そう思い直して想像再開。わきゃわきゃ×30。 「……イイ……」 やべーマジプリティ。鼻血と言う名の愛の血漿が溢れそうだわ……。……っと、そんな思考をしている場合じゃなかった。まず襲われかねないことから警戒だけしとかないと……くぁ、ねむい。しかし眠い。 本当に眠い。別に盛られたわけじゃない。単にこの時間が眠いだけ……。 うつらうつらしながら走るという高度な技法を駆使しつつ、私は辺りの景色を背景レベルで認識しながら、リスムちゃんにつれられてひた走るのだった……? 「……気になったんだけどさ?」 「ん?」 歩みを止めず、ふよふよと案内するリスムに、私はふと浮かんだ疑問を尋ねることにした。 「……その頭での通信って、繋がるのは貴女達だけなのん?」 「そうだよー」 「……通信にプロテクトでもかけてるの?」 それに対する返答は、明確にハテナマークが浮かんだようなそれだった。 「……ぷろてくと?」 何それ、と言わんばかりの声に、私はやや魂が抜けるような思いがした。ちょ、おま。種族特性だけなのかよ。……こいつぁ下手したら不味いわ……。 「……既に私のことは言ったのよね?」 「やすねさんはおそわないでっていったよ〜」 当然身体情報込みだろう。つまり……ある意味ではありがたく、ある意味ではヤバい。最悪の状況を考えるなら、私の情報とか署内の様子がが割と知られたとかしたら、いつぞやの冠東のあれを笑えなくなるわ……。 「……分かった。有り難うね……ついでに、今倉庫に何人居るか、もう一回調べて欲しいんだけど」 「あいあいさー♪……30人だよ〜」 と言うことは、ウチら二人を入れて32人、と。今のところそれに変化は無し、か……。……警戒しつつも進むしかないね、今は。 ―――そんなこんなで廃倉庫到着――― 「キャーーッ♪♪>∀<」 「わっはーー♪♪≧∀≦」 「っていきなり飛びくなリボン巻くな押し込むなぁぁぁぁぁっ!」 振りか!振りだと思われたのか伝家の上島イズムによって!正直そっちは油断してたわ……えぇいままよ! 私は飛びついてきた娘達によってトイミミックにされないよう位置を変えつつ、一人一人ほんのり霊力を与えていく。まぁ飴玉くらい小さな量だけどね。 それだけでほんのり幸せな表情を浮かべるトイミミ達。くぅっ!仕事中じゃなきゃ彼女達と戯れにゃんにゃんうふふあはぁはぺろぺろはぐはぐぎゅうはみはみうふふはぁはぁはあはぁしちゃうんだけどナー。 どうせ仕事終わってもまたギリシャに飛ばされるんだろうナーいっそこのまま一人くらい拉致って愛でたい愛でたい愛で倒したいよぉうふふふふふふふふ……ふぅ。 「……やすねおねぇちゃん?」 ぐはぁぁぁぁっ!年下の娘の舌っ足らずな声が紡ぐ最強の音波兵器『O-Ne-E-Chang』!少女汁を湛えたまん丸瞳を上目に私を、そう私を見つめて告げるその最強呪文 ――まさに私のハートがMoe-Moe-Kyun!!そしてスリスリと私の腕や脚に頬寄せる様子なんか完全に愛玩動物よね!悲しきは現在仕事中だってこと! 終わったら絶対愛でる愛でる愛でて愛でて拉致る拉致って愛でて愛でて愛で倒して……って危ない危ない。 何犯罪行為想起しているのよ私は。これも全部トイミミが可愛いから!異論しか認めない。頬を喜びにピコピコさせながらわきゃわきゃと私に群がるトイミミ達。 その傍らでリスムは周りの娘達の一部に指示を出している。本題に移るために音頭をとってもらうように頼んだのだ。 「みんなー、ちょっときいてー」 ぱたぱたと手を振りつつ、周りの三十名の目を集めるリスム。はた、と私に及ぶ手とリボンが止まり、リスムの方向に視線が向く。その、『ほえ』とした表情も中々そそる物があるけどそれはさておき。 私は倉庫の一角にある捨てられたカートンの上に腰掛けつつ、彼女達と目線の位置を合わせて、早速用件を切り出すことにした。 「……はろーえぶりわん」 「「はろー♪♪」」 最近の餓鬼もこのくらい純真だったらいいのに、いいのに。半端にスレるとやっぱり駄目だよナー。この任務中、果たして正気が保てるんだろうか。鼻血を堪えつつ、続ける。 「ん……。……多分貴女達も分かってるとは思うけど、最近、貴女達以外で人を人形や玩具に変えたりしてるのがいるみたいなんだけど……心当たりないカナー」 こうした質問を投げかけると、十人十色の仕草のトイミミたんが見られるので非常にハァハァ。首を傾げたりこしょこしょひしょひしょ二人で話したり、時にちょっと大人びた様子を見せたり。 まぁ共通項はみんなピコピコと頬の明かりを黄色点滅させてる所と取り敢えず可愛い所なんだけどね。 「ん〜……」 特にめぼしい情報はなし、か。そう見つかるものではないと思ってはいるけど……。ま、今は仕方ない。 「……私としては、このまま被害が出続けると貴女達の身が危なくなるから、解決したいの……協力、してくれるカナー?」 「「いいともー♪♪」」 ノリ軽っ!と言うかお子様はそんな昼番組見ちゃメッ!!そのまま延々人間の醜悪な部分が様々な意味で結晶した昼メロになだれ込んじゃうからっ!!!でも感謝。 普通私のような彼女達を滅ぼしかねん人間の言うことには抵抗するものだからねぇ。はぁ……素直な心って大事よね。天真爛漫天衣無縫純粋純白はわわーはわわー。 笑顔で手を振る彼女達に笑みがこぼれるのを抑えられない私は、そのまま、その協力の内容を言うことにしたのだった。 ……しっかし、本当に誰一人として同じラッピングが居ないのね。 誰か一人くらい被りそうなものなんだけど。 ―――――― 「……くふぁ」 そして再び現場巡り。事件発生場所巡り。残滓が残っていればいいと思って出ていたけど、案外ないもので……というか、うわっ、この辺りの気配、少なすぎ? 「だれもいないねー」 ついでに人もゼロかい。昼過ぎなんだし一人か二人くらい出歩いていても良い筈なんだけどねぃ。不安なのかは分からないけれど、しゅるしゅると私の腕にリスムのリボンが巻き付いていく。 まぁ……異様に少ないしねぇ。 ……人。鏡都古都の街だから本来なら外人さんの一人でも見えていいんだけど……ついに飽きられたカナー……なんて、そんな筈はない。そうでなければ何でこんなにもテレビには宣伝が多いんだ。 いらねぇいらねぇよいらねぇっつってんだろしまいにゃすっ飛ばすぞこのサカナ野郎。そうして耳を塞いでんのに声は聞こえるんだ。なんて、妙に誰もいない街角を散策していた時……。 私達は、目の前に見覚えのある人物を見つけた。 「あ、泰音はん。お久しぶりやなぁ。元気しとる?」 「……眠い。眠すぎて欠伸が尽きないよ金糸雀さん」 水晶玉も置かず、ただ『占料、一回\500』とだけ書かれた立て札を立てた台に世界が嫉妬する胸を乗せ、キセルを吹かしている妙齢の妖狐の占い師、カナリア。最初彼女と話したのは神宿の地下。同じように占いをしていた彼女に、何故か目が惹かれて私が話しかけたのだ。因みにその原因は、何となくみーに似ていたから。 似ている……けど、似ているだけだ。彼女がみーと何か関係がある訳ではない。少なくとも親戚に狐がいる家系ではないはずだし。で、そのときに占ってもらったわけだけど……その後の仕事の苦難がドンピシャ。 念のためと言うことで豚王二人に助っ人を依頼して正解だった……。そのときの相手が大木憑神だったわけで。既に憑神になりつつあった同業者も救いつつ、最後には『ぶちかまし』で終わったのよねぇ……多分私一人ならば今は地球を救いつつ人類を滅ぼしてたでしょうね……。 以来、この占い師が現れたら見料を払って注意事項を耳にするようにしている。そしてそれがほぼ毎回的中している。 ……無論、彼女が現れるって事はこの後酷い事態になりうるって事だから、会えてラッキー、とは完全にはいかない。 「ふふっ、相変わらずやなぁ。茶でも頂いたら体の疲れともどもマシになるんちゃいます?」 「……残念なことにほぼ全部実地済みなのよね……」 茶、コーヒー、レッドブル、眠眠打破……あらゆる対眠気飲料を試したけど、どれも効果がなかったわ……。眠眠打破を飲んだ一時間後に立ちながらうつらうつらしているんだもん……。 効果無いって段階じゃないわ……睡魔がそれらに対する耐性を所持しているって疑いたくなるもの……。 「あらそないなん……」 残念そうにへにょりと耳を倒すカナリア。その頭に手を伸ばし何故かなでなでするリスム。……耳を触っているだけか。と、話の本題はそこではなく。私は早々に五百円玉をテーブルに置き、話を聞く事にした。 「……ここに貴女が店を出しているって事は……この辺りでまた何か厄介事が起こりかねない、って事なんでしょ?……」 願わくばそれがこれと同件であって欲しい。つーかこれ以上類似事項があってたまるか。狐狸の類じゃあるまいし分身は専門外なんだよコノヤロー。カナリアが若干ビクビクしているのは、多分リスムが耳の先端をはみはみしているからだろう。くわえたくなるのは分かるが自重して。 私だってリスムたんの耳たぶやほっぺたはみはみしたいよハァハァおっとまた欲望の発露が。 「んっ……まぁ、そやね……ぁ……」 引き剥がす。ちょっと不満げな顔をしているリスムを口付けで黙らして、私は続きを促すことにした。 「……おほん。まぁ、せや。起こり得るで。今、泰音はんが追っとる山での」 うし、第一懸念解消。 「で、それを避けるには……トイミミと仲良くすることや。それさえ出来ればまず大きな山は越えるわ。後は優秀な泰音はんのお偉い方が事態回復に尽力するんちゃいますやろか」 ……大きな山、つまり取り敢えずは主犯かい。多分私の推測にもならない推測通りなら……うん。 「……有り難う御座います」 「ええんよ、ウチはこれが商売やしな」 煙管を吸い、口から丸い煙を吐き出しつつ、カナリアはひらひらと手を振る。リスムは……そんなにキスは強烈だったんだろうか。可愛らしい顔でぽけぇとしている。頬を舐めたい。 「またご贔屓になー♪」 一礼して道路を歩く私に、カナリアは手をひらひらと振った。……贔屓にしたいけど、贔屓にするほど危機が起こって欲しくないんですが。まぁそう希うのは勝手にしても、其れが叶わぬのは人間万事塞翁が丙午……じゃなかった。その書籍は全く関係ない。むしろ人間万事塞翁が馬自体関係ない。 「一寸先は闇、ね……儘ならぬ物だわさ」 そう嘯きつつ、私は次の現場へと行こうとして……突如頭に走る衝撃にへにょりと地に倒れ込んだ!いや、発信源は頭じゃない!原因は……耳たぶだ! 「ん〜♪♪やすねさんのやわらかくておいしいのー♪♪」 「いひぅ、ふ、ふぁぁ……や、ら、らめ、らめぇっ!」 小児並の力で私の耳朶をはみはみと甘噛みするリスム。その程良い力が私の体から膂力を奪い、地面にへたり込ませていく!いつもより何故か明らかに敏感になっている私の体。 それは神経が通っていないはずの耳朶からフランス風味のペパーミント・キッスをしたとき並の身を震わす快感を私の中に届けていく……! 「ん……んぁ……♪」 ちゅぱちゅぱと、まるでロリポップを味わうかのように丹念に、リスムは私の耳朶を舐め擽っていく……。丁度人間の関節の都合上、手が届かない位置に体を移しながら、抑えきれなくなったリビドーを明け放つかのように舌を動かし、歯形を柔らかく付けていく……! 時折耳の穴に届くリスムの甘く切ない吐息、そよ風に乗って伝わる甘く切ないflavorが私の心を千々にかき乱し、仕事だからと言うことで一線を越えないでいた私の心を押さえつけているたがのボルトを、さながら乳首を摘み捻るような艶めかしい手付きで、何処までも無邪気に、くくり、くくりと弛めていく……。 「……ぷは……♪あはぁ……やすねさぁん……やすねさぁぁん……♪」 先程までの耳朶はみはみですっかり精神の準備は完成したと思われるリスムは、ふよふよと私の前に来ると、そのまま八の字座りでへたり込む私の上に乗ると……まるでスカートをたくし上げるように、腰回りを囲う箱をつ……と持ち上げた。 「……やすねさんがいけないんだよ……♪わたしはこんなに……やすねさんのことをおもっているのに……♪」 私にかかる生暖かい吐息は荒く、完全に発情しているようだった。恐らくこのまま性的な意味で私を襲う気だろう。 「りすむ……やすねさんとなら……いいよ……♪」 何処か恥じらいを見せつつ、私に跨り、さらに迫ってくるリスム。既に理性を半分失っているその可愛らしい瞳を、私は何も言わず見つめていた。 「……」 そのまま……。 ごづっ 「……はきゃっ!」 「……青姦は仕事の後に……マットを敷こう、な?」 ……頭の後ろに手を回して、頭突き。流石にそれくらいの反撃余力はあるのだ。見事に額に一撃を受けたリスムは仰け反りつつ……きょとんとした表情を浮かべている。 「……はれ?りすむ……?」 直前に何やっていたか、自分で理解できていない、というか本人、無自覚で耳はみはみしていたのか。あのどこで覚えたのか小一時間から小二時間くらい問いつめたい私への誘い言葉も含めて色々と尋ねたい所だが今は良いか。 しっかし、淫乱はピンクだけで十分だろうに。そう、舌の上貼り付く綿菓子のピンク。空を焦がす、夏でっす〜。 トイミミの本性は淫乱なのかしら……そんな妄想を浮かべていると、辺りの空気が変わる。若干の緊迫が解れ、緩む感じ。誰かが結界を……って、それが出来るのは周りには彼女だけか。 「……」 人払いの結界を張った張本人が、やや悪戯な、しかし多少は誠意の感じられる笑みを浮かべている。……理解した。確かに彼女の占いの後少しムッシュムラムラムッチッチするのは確か。 トイミミたんとぺろぺろちゅっちゅくちゅくちゅきゃっきゃうふふあはぁははぁはぁはみはみしたいくらいに。つまり、完全にカナリアに当てられた、と。 「……なぁんでもないよ」 わけがわからないよ、という表情を浮かべる彼女の手を引き、私は現場に向かうことにした。出来事は別に気にしなければ忘れるし、にゃー。 ―――――― 泰音がはみはみされて襲われる寸前まで行った頃……。 「ん〜なんにもないね〜」 「そうだね〜」 とあるトイミミック二人は泰音の指示通り、ふよふよと二人組で指示区域を回っている。 『……この区域を回って、おかしいところがあったらレーダーで教えて欲しいカナー。……あ、もちろん暇なら遊んでいいよん♪……無理させちゃいけないしねぇ……』 狭くなく、かといってそこまで広いわけでもない空間とはいえ、ふよふよとただ見て回るだけでは退屈。なので遊んでも良い、という風にしたのだが……。 「こうえんもないね〜」 「ね〜」 あてがわれた地区が悪かった。公共事業削減や無駄の排斥、財政健全化の煽りを受けて公園がごっそりと減らされた地域だったのだ。泰音に渡された地図はやや古く、その辺りが記されていなかった。 ぴこぴことリボンを揺らすが、特に怪しい気配という物は存在しておらず、実際特に目新しい物も見つかっていない。遊ぶ場所もない。しかし車はいない。さっきから全く通らない。ならば彼女達がやることは一つ。 「……あそぼっか♪」 「ぼっか♪」 そう、一人のトイミミックは、自らの玩具箱の中に入っている独楽を取り出そうと視点を下に移し、ガサゴソと漁り始めた。間違っても自慰ではない。自慰ではない。そんなトイミミックを見つめつつ ――もう一人は、ニヤリと笑みを浮かべつつ、ふよりふよりと近付いていく……。 ―――――― 「わぁ……♪」 「きれー……♪」 一方、運良く商店街の玩具屋や子供用ブティックの店を囲う地域に当たったトイミミック二人は、店内に飾られた煌びやかな衣装や、L.E.D.、色とりどりの玩具に目を奪われていた。 言わば超!エキサイティン!!な状態である。あれ欲しいなこれ欲しいなと、さながらクリスマス前のわくわく感を思わせるような口振りで様々な品物をウィンドウショッピングしている。 強欲の象徴であるマモンがこの場にいるならば、はたはた頬を札束で仰ぎながら大笑いで見下ろしているに違いない。 今見下ろしているのはやや迷惑そうな表情を浮かべる店主と、あらあらと微笑ましい視線を投げかける主婦だけだが。そんな、見る人が見れば微笑ましい光景。しかしそれは、突然崩されることになる。 がたん……がた 「……あれ?」 荷物が崩れるような音、その方向に目を向けたトイミミックの一人は……そのままもう一人のトイミミックと一緒に地面に倒れ込んだ。その彼女達の背中を ――巨大な蛇のぬいぐるみはシュッ、と音を立てて通り過ぎ、客として来ていた主婦の体を、頭から一気に飲み込んだ! 「ば、化け物だぁぁぁぁぁっ!」 店に溢れる悲鳴の中、トイミミック二人は店から手を繋いで慌てて逃げる。しかしその背後からは、数を増やしたぬいぐるみや玩具などが、周りの人間を取り込みつつ、彼女達を狙って駆けるのだった……。 ―――――― 「やすねさんっ!きんきゅうじたい!」 言われるが早いか、私はすぐさま携帯を取り出し、電話を掛ける。相手は……猪里守人。 「……誰が?」 「れってぃちゃんとばれんてぃちゃん!」 チョコ屋の陰謀二人組だから……鏡都駅近くの商店街か。だったら騒ぎ鎮圧は直ぐだろう。 「……もしもし、いつもニコニコ這い寄る混沌」 「ジョークは良えから用件を言わんか!」 ちぇ。ちょっとした御茶目っ気のつもりにゃったのに。ま、仕方ない。 「……駅前商店街に憑神発生の模様。至急応援頼む」 「了解や。今何処におるん?」 私はリスムの前で人差し指を唇に付けると、そのまま感情を交えず告げた。 「……双条城城門前。因みに合流は不可です」 「はぁ?何抜かしとん!任務放棄するんか!?」 怒り声を上げる猪里課長。正直無理もないが、この現状は流石に見逃しちゃいかんでしょう。 「えすおーえすっ!わいてぃちゃんにらっくちゃん!」 チョコ屋とジャージャー麺屋の陰謀二人って事は、唐召醍寺……こっちが近いか。 「……唐召醍寺でも発生した模様。そちらを鎮静しに行きます。では」 「あ、ち、ちょおま、待てy」 叫ぶ豚の戯言を電源ボタンで切りつつ、私はリスムにキリッとドヤ顔気味で告げる。 「……あと、変わったところはないかしら?」 「ん〜……あれ?」 まだあったのか。一体何なんだ今日は。あ、カナリアと会った以上必然なのか畜生め。しかしそんなに同時に起こってくれるなよ。体と睡眠時間が足りないわ。 「……どうしたのカナー。少しでも変なことがあったら言ってネ」 至って平静にリスムに尋ねたところ、彼女は不思議そうに首を傾げていた。どうも上手く理解が出来ないようだ。 「えっと……その……らーどちゃんのこえが……ちいさいの」 「声が、ちいさい?」 電波が弱いとか、そんな感じだろうか。どうもこの生物の生態は分からん。 「……普段はそんな事無いの?」 頷くリスム。とすると何かあった、つまりビンゴの確率が高いって事か。成る程。 「……問おう。そいつは誰といた?」 私の質問に、未だハテナマークを浮かべながら、彼女はやや不思議そうに、ぽつりと呟いた。 「……ふぃんちゃん」 「……」 私は彼女に耳打ちして、伝言して貰うことにした。同時に私も、警察に連絡。ツキタクさんじゃないよ勿論。寝てると思うし。 「……もしもし、警察ですか?あのですね……」 ……一応リスムを抱えつつ唐召醍寺に向かって走っている最中ではある。無駄な経費は使えないから致し方ないのだ。 ―――――― ぽてん、と地面に落ちた人形。トイミミックを模したようなそれは何処か笑顔なのに悲しげな雰囲気を纏っていた。その傍らで満足げな表情を浮かべる存在がいた。 自らを満たす霊力の波動に目を細め、舌でぺろりと唇を舐めると、それは頭に付いたリボンで連絡を確認する。 リスムからの新たな指示、それを耳にしたその存在は、しかし危機感という物は感じていなかった。ここから、指令通りに動きながら、対策はいくらでも出来るのだから……。 人形を拾い上げ、自身の箱の中にしまいながら、言われたとおり、移動を始めたのだった……。 ―――――― 「……ったく、どんだけ食い散らかしたのよさね」 「おもちゃはおもちゃばこにっ!」 珍しくリスムが憤慨している。頬を膨らませてプンプン怒っている姿は多分その手の人にはかなり胸が萌え萌えキュン物だろう。キュン死するんじゃ無かろうか。 まぁ気持ちは分からんでもない。何しろ……私の目の前にいる敵と言いますか、封印対象と言いますか、浄化対象と言いますか、取り敢えずその辺りに入る存在は……皆揃って玩具を模した姿をしてるからでっす。 ぬいぐるみ憑神に、ブロック憑神、レゴ憑神に積み木憑神にキューブ憑神……よくもまぁこうも節操なく……。 「……リスム、この時間だけ逃げられる?」 「……むずかしいよー」 dsynー。ならば質問二つ目。 「……しばらくの間、揺れが激しくても我慢できる?」 「じぇっとこーすたー?」 「そんな感じ。出来るならリボンをしっかり巻き付けて」 「うん♪」 しゅるしゅると、まるで赤子や葛籠を背負うように巻き付けていくリスム。ちょっと……いや、かなりくすぐったいけど我慢我慢。その間にも憑神達は私を包囲している。 数を増やしているのがはっきり言って鬱陶しい。増やされた人が完全に染まって無いことを祈ろう……っと!完全に巻き付いたのを確認すると、私は腰からアドンとサムソンを抜き、握る。 そのままゆらり、と重心をずらす動きをしつつ……まずはレゴから。 「……Beat them all.」 ステップを踏み、間合いを積めると、大量のレゴに分解される前に、右手のサムソンの一撃を核に叩き込む。遠心力と霊力の籠もった一撃に、だるま落としのように憑神の霊力は浄化され吹き飛んでいった。 そのまま間髪入れず宙に跳ぶ。ブロック憑神が天井に壁を作り妨害しようとするのを何とか避けた。動けなくなるのが辛い。ついでに地面が若干砂なのは閉じ込められたときには有り難いが、跳ぶときには辛い。 力加減が色々きついのさ。宙に浮いた私を弱らせるために急速に迫るブロック達。それを宙で蹴りつつさらにハイアーザンザッサーンしていく私。 そろそろ急降下するのは秋の空みたいで良いよね、良くはないか。うむぬ。 「……もう何があっても、挫けない……っと」 死亡フラグをおっ立てつつ、私は落下の勢いそのままに、ブロックと――その後ろに控える巨大縫いぐるみに向けて、私は両腕を広げた。 「……半径、573cmは、この手の届く距離……今から……振り回しますので……」 離れないでおとなしくしやがりなさいましっ!あ、口調狂った。台風ごっこ。昔なんか考えてたナー。要はダブルラリアットなんだけど。 そんな重力加速度を織り交ぜたダブルラリアットで、アドンとサムソンを敵にぶち当てまくる。ブロックが凹み、縫いぐるみが吹っ飛び、沈み込んでいたコアが浮かび上がり、そしてそれもまた消滅する。 ――しゅたっ 「……まだまだいくにゃー」 にゃふっと微笑みつつ着地して、今度は別の憑神へ。変幻自在の積み木憑神。こいつ一つ一つが子憑神なのが厄介なのよねぇ。まぁ倒すんだけどさ。 少しティロ何たらを意識した構えをしつつ、そのままスウェーデンの法の主の如く軽やかにステップ。某神曲の名前の人のようにスタイリッシュに……出来ているかは兎も角、ロングバレルの私のトンファーから霊弾が飛び出してはブロックを一つ一つ貫いていく。 「ぬっすーんーだーあっかーいいとのさっきーをっ、おしーえーてっ♪」 歌声は気にしてはいけない。ちょんぎっちゃうぞ。弾幕を潜り抜けたブロックを蹴り上げつつ前進。前傾姿勢のままアドンとサムソンを地面刷りさせていく。 向かう先は、小柄な人形憑神。何となく頭の左右横に結ばれた二つの巨大なリボンが可愛らしく、上だけ見ると飴玉のようなシルエットに見える。見たところ確実にこいつだけ別格だ。 間違いなく別格。だって魔力密度が違うし……。 「……ほら。やっぱし」 解説するふりしてぶっ放した弾丸すら避けるし。もう一つの狸縫いぐるみ憑神は当たって霊力がすっかり抜けてるのに。つか避けながらこっちに向かってるわね……高速で。 「……っと」 ガキン、と音がしてアドンにその体がぶつかる。身を反らすと私が居た軌道上に、何やら大蛇のような影が……ってまさか。 「……うわぁ」 人形の中に入ってたのかこの巨大人面蛇……。しかもさっきの人形の顔をでかくしたようなのが頭部に付いているし……。 やっぱりティロっちゃまずかったのかしら。避けた蛇は一気に地面に潜ろうとしている。そうは問屋を……の前に入られた。全く!霊力処理くらいしなさいってばよさね。どんだけ金ないのよ! ひとまず人形のコアに一発ぶっ放してから、そのまま宙にジャンプ。月面宙返りのように、地面の方を向きつつ二丁拳銃……ならぬ二丁トンファー。 宙に浮かぶ開閉式ブロックを蹴飛ばしてさらに上空へ。流石にあの体積だから完全に隠れられるわけじゃなくて、地面に盛り上がりは見えている。それに……魔力が強いと言っても、その発信器ほどじゃないわけで。 「延髄……突き割る!」 速さのみを求めた、銃の……トンファーの一撃。それは土の膨らみにある、魔力の集合点をしっかりと貫いた。……いや、ちょっと外したっぽい。膨らみの移動はまだ続いているし……っと。 隙あらば来るブロックからの襲撃。踏みつぶしてまた空に。そらって変換すると蒼空とか大空とか出てくるんだねぇ驚き三割二十分五百厘だよ。 嘘、リアルは一割にも満たないけど。しっかし……女性のエスコートは強引なのがいいとかギタフリ演奏しながらフィンガーテクとかほざいてハァハァしているブロンドの女が以前言っていたけど、そんなの個人差よねぇ。 私的には優しく手を握って欲しいカナー。少なくとも憑神ちゃん達は強引の方向性を限りなく間違えているから論外。 ……と言うわけで殴殺ね♪ビートに合わせてBe☆Happyしてもらいましょうか! 「……I'm fed up with dance sound……♪」 まず手始めにケンタウロスのようになり、足場のサインカーブした木が無くなったリトルポニー憑神の額を打ち据え、そのまま幼稚園児に殴られ慣れているようなウサギの縫いぐるみ憑神をサンドバッグにする。 返すトンファーで私に張り付いて呑み込もうと狙う人間大のゴムボール憑神を容赦なく打ち返し、他の憑神達に当てる。おお、ストライク。 『フヨフヨ〜♪』 上から来る、風船と人が融合したような風船憑神に容赦なく銃弾を放ち、そのまま勾玉に有りっ丈トンファーを叩きつける。 「……心と、心、重ねて……♪」 後頭部でトンファーを交差させて霊弾を放ち、宙に浮く巨大プラモ憑神を貫く。ん〜、あれはゼロ戦かな?穴が黒い穴が黒い。ラリル抜きのラ行だわ。で、来るレゴ落下傘部隊はなぎはらえー……っと。 「……Let's do it now……♪」 そう簡単に地下から狙わすものですかっ、と跳び上がった私を追うように、地下から先程の人面蛇憑神が私を狙って一気に地面に大口広げて突進をかけた。速度的にはまず相手の方が早い。 流石はほぼ全身筋肉…君のとなりに来ないで欲しい。ベンプレMAX50kgとかですから。けど……いくら速かろうと、喰われなければどうという事はない。喰われなければどうという事はない。これ大事。 「……カールとエイミーが恋をしたー……♪」 私は月面宙返りの格好で、再びトンファーを構える。狙うは……額の核。 「……ハブとマングースの……」 予想通り私を丸かじりしようと牙を見せる人面蛇に、マミられるつもりはないと、トンファーに氣を溜めた。そして……! 「――Oh!Fantastic!!」 ――殴り倒す!身体をしならせ、そのまま顔を横打。ちょうどビンタを食らったような状態になった奴の額を、容赦なく私は打ち据えた……踵で。そのまま踏みつけつつ、溜まった氣を直に叩き込むと……。 囁き、祈り、殴打、念じろ。……へびは、はいになりました、なんつって。 「……ふぅ」 しっかし、割と被害者混ざってるわね。憑神の霊力を追い出して、そのまま倒れている人の多いこと多いこと。そしてそれはまだ増えそうだ。エンドレスエンドレス、大元、フィンをフィンさせないとねぇ。 「……まぁ、そもそもここもまだ終わっちゃいないか……」 面倒だ、明らかに面倒にも程がある。私の目の前、そこにはお尻の辺りから大量にセルの尻尾くらい太い管が生え、そこから飛び出る糸に繋がった子憑神が数多い……足がローラーになった、首から上が人間の身体であるアヒルの憑神だ。これも玩具だろう。アヒルの玩具憑神……。 「あぁもぅ、多対一は苦手だってのに……」 儘ならぬ相性を嘆きつつも、特に苦戦の予感もなく、私は再び空へ跳び上がった……。 ―――――― 「……ンハァ……」 ようやく、ようやく色がそっくりな素体を生成できた。ここまで来るのに随分魔力が溜まったものだ。妖艶、悪魔的、悪意。そうしたマイナス面が透けて見える、しかし傍目には純粋な笑みを浮かべ、今し方『変えた』素体を、それは見る。 以前抱いていた記憶は何処へやら、魂までは染まりきってないものの既に意識も身体も憑神のそれへと変化した元人間を、それは何処か艶めかしい手付きで撫でる。 伝わる魔力の波動が気持ちいいのか、くぐもった喘ぎ声をあげる。背中のラインをなぞりながら押し、唇を押し付ける。そのまま再び魔力を流し込んでいくと……憑神のリボンが、ぴく、ぴくと動き始めた。 「ンァ、ァ……ァア……♪」 自分が未知なる存在と繋がる感覚に、新たに生まれた憑神は強い快楽にだらしなく口が開かれ、涎が口の端から垂れ落ちる。それを横目で眺めつつ……それもまた、頭のリボンをざわざわと蠢かせ始めた。準備は整った、後は落とすだけ……。 ―――――― 「……ふぅ……」 キモチE。ひっさびさに能動的に殲滅したぜ。やったら呑み込もうとしていた辺り、そこまで頭はなかったかな?まぁ卵を追加して産まれるのは勘弁だったけど。次々敵が増えるのは本当に勘弁……。栄養ドリンク『Silent Goddess』を取り出し、ゴクリと飲み干す。 これでまず体力霊力は回復した。さて、次はどうするかな……っと、忘れちゃならないリスム。私は箱をトントンと叩き、終わったことを知らせる……んだけど。 「……はぁゆぅ〜〜……」 ……しまった。やりすぎたか。空中錐揉みしすぎた。完全に目を回してら……。 で、回復して、巻き付けたリボンを解いてもらってから……私は改めてリスムに、現在のトイミミたん達の居場所を調べて貰うことにした。こんな時に便利なトイミミレーダー 「……あれぇ!?」 ってあれ? 「……どうしたの?そんな最大音量な絶叫しちゃって……」 ……すっげーやな予感。これは、大体自分が間抜けなアホやらかしたときの感じが……。その不安通り……リスムは慌てきった声で応えてくれやがりました。 「なんかいっぱい!いっぱいみんながいるよっ!」 「……ぁー……」 ドライアイスでもばらまかれた……じゃなくて!あぁもぅ憑神の特性考えたら普通こうなるの分かんじゃん私のアホー! そりゃ同じ包装紙で同じリボンを同じ巻き方で付けるなんて芸当出来ないから逃がしつつ時間稼ぎが出来るから警察署で待ちかまえるなんて悠長なこと考えてりゃ力増す方考えて且つ物量戦で来るわよねぇ処理能力の問題以上に憑界つくろうとするじゃない。 あぁもぅしかも巷の憑神出現の処理で割とみんな出回ってるしっ!しかも通信回路使ったら完全に盗聴され対策を立てられるし……多分現在位置もばれてるわね。私が連れてるのはリスム一人だし……。 「……どうすれば……本当に、本当にどうすれば……」 そもそもここまで憑神増えたら視覚判別も霊感判別も容易じゃないわけで。そうこうしている間にも完全に物量とすり替わりで落とす気でいる……っつか近付いてるし。 つか落ち着け……落ち着け……KOOLになるのよ泰音。ここで慌ててたってしょうがないじゃない。やっぱり片っ端から叩き潰していくのが最善かしらってまだ落ち着いていないわ。 援軍無しで鉄騎兵を抑えるようなものよ。逆に本拠地が抑えられかねないわ……。なら拠点を守る?そうしたら間違いなく力を増やし憑神化させるわけで……憑界作られたら私も太刀打ち不可よ……? ドリンク飲めなくなるから。攻めに行くか……それとも守るべきか……。正直どちらがリターンが大きい?あるいはロスが小さい?寺の中で迷う私に菩薩や如来のお恵みは来貢しない。するはずもない。 あぁ本格的に二進も三進もどうにもブルドッグ!(ポーゥ!) 「……」 そんな私をリスムたんは心配そうな眼差しで見つめている。話しかけようにも何を話せばいいか解らないのと言わんばかりの瞳に、ぴっこぴっこ動くリボン、そして揺らぐ純粋な霊力……ん? 「……ねぇ、リスム。その通信って、相手に分からないようにすることも出来る?」 一縷の希望を乗せて聞いたその質問に、リスムは、やや首を傾げつつ頷いた。 「あと、そのリボンって……切ると痛い?」 ふるふると、首を横に振るリスム。疑問そうにしていたのは、その質問の意味が分からないからか。 ……見えた。これでどうにかなる。 「……」 私は事前に猪里さんに連絡をした。勿論メールで。声でやったらマイクが三つ壊れる大音量で叫ばれること間違いないからだ。ついで、起こして申し訳ないと心の中で謝りつつ月代刑事にもメール。 休暇らしいけど、あの人に来てもらわないと完全な警備は難しいからだ……っとあっさり返事が来たな。 『問題はないよ』 流石出来る男(太いけど)。で、そこまでした後で……私は、リスムと向き合い、にこやかな笑顔を向けながら――両手を、彼女の肩に置いた。 「……お願い、聞いてもらえるカナー?」 ―――――― あの討魔師はどうやら憑神征伐に向かった軍勢と合流するらしい。ぽつん、と脳内に一つ灯った光が、市街地に向かっていく様が見えた。今が行動するときだ。それは、自らが作り出した憑神達に命じた。 その討魔師達を協会から引き離すように、と。そして自らと同じような姿の憑神には、協会へと向かうように伝えた。協会に、というのは泰音の指示だ。 あの時、泰音が指示したのは、『隣の区画へと、前の組に追いつかないように二人組で移動しつつ、協会内に入るように』というものだった。これならば手を掛けた偽物一人を除けば誰もが避難できる。 しかし、そこで偽物は周りの人間を同族に染め上げ、自らのペアとして生成した。 だが、それだけでは見破られるのではないか?それにあの泰音という退魔師はただ者ではないと、偽物はこの目で理解していた。故に、偽物は手駒を増やした。 自らの魔力と、対応できなくなるほどの大軍勢で攻め入れば、どの位の実力であっても、なすがままになるであろう、と。最早泰音の命令など聞く必要もない。 そのまま攻め入ることが出来るだろう――偽物は、そう踏んだのである。そして他のトイミミを数名呑み込みつつ、彼女達が協会前に着いたとき……そこに一人のトイミミックを発見した。 門の前、ガードマン二人に見守られながら、ふよふよと浮かび上がる彼女の特徴は、銀縁に藍色のリボンで包まれた、銀色の箱。 遠くから見ているので顔はよく分からないが、どうやら瞳は髪の毛に隠れてしまっているようだ。 『みなさん、やすねさんからのでんごんです』 ここで、見計らったかのようなタイミングでリスムからの伝言が入る。偽物と憑神達はそれを無視しつつ、協会へと進む。 『りぼんのさきをそらにむけてください』 最早誰も言葉など聞いていなかった。一気にガードマンの方に迫っていく、大量の憑神達。それを協会前にいたトイミミックは眺めつつ ――カラシニコフを思わせるエアガン(withデコレーション)を中から取り出した。そして弾を込めずに撃鉄を、引いた――! 「……なぎはらえー♪」 ―――――― どぱらたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた……。 「……かい、かん……♪」 [以下、思考を漢字変換しております] あー、やくしまるえつこの気持ちがわかるわーってこれは人違いか。とか余計なことを考えながら、私は手にした連射式エアガンで霊弾を打ち、憑神達を貫いていった。力押しには力押しを、それが小車泰音のマイジャスティス。 私が気付いたのは、トイミミックの霊的ポテンシャルの強さだった。 常に浮いていたりいろんな人間を一時的にとは言え完全に変質させずに玩具に変えたり、元に戻れる程度に同族に変えたりするその霊力量と霊力調節能力は、わりと精霊に近い。 だったらトイミミになれば私も同等の霊力が使用できるかもしれない。そう考えて、私はリスムに頼んだのだ。 『ちょっとの間だけ"おともだち"にして』って。 実は私は遠距離射撃が苦手だったりする。兎に角至近距離で一人の敵に攻めて攻めて攻めまくる方が性に合っている、それも事実なんだけど……それにも増して、霊弾の連射能力と精度が、多分B上位からA下位レベルなんじゃないかなぁ。 少なくともみーには負けているし。その所為でロングレンジ或いは多人数が襲撃した案件にはまず自分は呼ばれない。不利になるからね。ま、呼ばれないのは変人だからっていうのもあるみたいだけど。 トイミミになって何が攻撃で使えるか考えて、二通りの攻撃手段を命令に従順か否かで考えていたとはいえ、ここまでシカト百割だとさすがに引くわー。 あ、因みに、命令に従ってくれたら区別のためにリボンをウォーターガンという名のレーザーで刈り取るつもりだった。流石に憑神も、リボンの性質までは真似できなかったらしい。 あれは私達にとっての髪と同じで、成長したら切るものなのよ。で、切られた憑神は痛がる。それで区別できたらしいけど……慢心って怖いわね。誰も私名義の命令を聞かないなんて。 と言うことで……命令違反は消毒だ♪ 「ですとろーい、しましょ♪」 トイミミにあるまじき発言をしながら、私はエアマシンガンを握り、集まった憑神達を一網打尽にし、残すは数体となった。その一体は、何が起こったのか分からないといった風情で私を眺めていた。 ……しっかし、本当にトイミミそっくりなのねぇ……瓜二つ。某国の模倣品を上回るハイクオリティハイスペックで……。 ―――――― 理解できなかった。あれだけ集め、作り出した子憑神が、自分が何匹も喰らっていたトイミミック一人に全て浄化されてしまったのだ。おそらくさらに増やしても似たような結果だっただろう。 何せ……人を五人以上喰らった憑神以外、皆浄化されてしまったのだから。その自分以外の憑神のうち二人は、目の前のトイミミックを捕らえようとリボンを伸ばし、巻き付けようとした。 さらに一人はエアガン憑神にした人間を取り出し、弾丸憑神を放とうとした。だが、そのトイミミックはエアマシンガンを手放し、トイミミックらしからぬ機敏なバックステップでリボンをかわすと、そのまま箱の中からデコレーションされたトンファーを取り出し、フェイダウェイ・ジャンプシュートのような姿勢で先端をリボンの二人に向けると――トンファーの先端からビームを放ったのだ!それに核を貫かれた二人は、そのまま人に戻されてしまう。弾丸憑神を放った憑神は、そのまま再びもう一弾を放とうとする。 だが、一発目は叩き落とされ、二発目はトンファーによって憑神の核めがけ返されてしまう。そのまま三発目を撃とうとしたとき――弾丸、エアガン、そして憑神自身の全ての核を、トンファーからの光が貫いた。残るは、この事変の張本人一人が、知らず、後ずさりを始めていた。 その彼女の前で……トイミミックは警備員によってリボンを外される。すると、身体が虹色の光で被われ、輪郭だけしか確認できなくなった。その輪郭が、徐々に別の形を象りはじめ……!? ―――――― 「……トイミミかと思った?残念!泰音ちゃんでした〜……っと」 元ネタでは何が残念か分からないコピペを流用しつつ、私はアドンとサムソンをクルクルと回しつつ近付いた。その度に今回の首謀者……玩具箱憑神はガクガクと震えながら後退りしていく。 先程までの威勢は何処へやら。ただ怯えるばかりである。 「さぁて……粗相しそう?自分に祈る?画面端で毒蛙にチキンを喰らって逃げ出すにも逃げ出せず命乞いする準備はOK?」 追い込む時の定例句を嘯きつつ、私はいつ加速するか相手には分からないような状態で、ゆっくりとも速いとも言えないペースで近付いていく。玩具箱憑神は逃げ出せない。そりゃそうだろう。 私は後ろを向いたら撃つもん。当たり前だよネー。その間にも私と玩具箱憑神の距離は縮まっていく。 精神境界はエンジェルハイロウとアビスくらい離れているけど。むしろこの事件の首謀者であるこいつとは永遠に分かりあえる気がしない。 何も知らない人からは同情を得るだろう笑みに冷たい視線を(相手からは見えないだろうけど)投げかけつつ、私はくるくるとトンファーを回す、回す、回す。さぁて、断罪の時間だ……っと!? 「……お?」 って、何か関係ないところに一般人?でそこに玩具箱憑神が一気に特攻かけてきた!?ちっ!まさか怯えきって動けねぇとか勝手に油断してたよ何してんの私! 起死回生の手段として、玩具箱憑神は一気にリボンを展開し、ぽややんとしている通行人を巻き込もうとしている!くっ、トイミミ状態ならリボンを一網打尽に出来るのにっ! 「早く、早く逃げてっ!」 そう叫ぶと同時に、私はアドンとサムソンを構え――。 「あぁ成る程ね」 声が早いか、身を引きつつリボンを握ると、いつ手に持ったのか分からないライターで着火した。まさかの炎の一撃に叫ぶ玩具箱憑神。私は唖然としつつも、機転の利く通行人の姿を見て……納得した。 と言うか何故気付かなかった私。確かにポロシャツにジーンズというオフスタイルだけど。 猪里課長とは対照的に、どこか恵比寿というか布袋というか、その辺りの朗らかな雰囲気を纏う、百貫以上ある男性警察官――月代琢。通称ツキタク。 彼がこの通行人だった。炎を消そうと奮闘する玩具箱憑神に、彼は警察常備品の封印の札を貼り付ける。途端、憑神は力が抜けたようにへたりこんでしまった。 張り付けられた側の霊力で封じるのだから、上位の魔物には覿面の札だ。霊力を吸い、力を付けたこいつには、さぞ効果が高いだろうさ。 「……オフなのに呼び出して済みません、月代警部」 へたりこんだこいつにアドンを向けつつ、私は彼に頭を下げる。 「いいよいいよ。憑界発生させかねなかったんでしょ?しかも鼠算式に被害増やしていたんだし」 にはは、と笑いながら腹を揺する月代警部。……また前より肥えたか?ヘイーラレしても私は関知しないからな……まぁあの二人は長生きする確率の方が高いか。 肥満の方が寿命は長いらしいし。よいしょっ、と一声、玩具箱憑神を封印・浄化式コンパクト手提げ牢(本名称不明)に放り込み、蓋をするツキタクさん。何で封印か分からないけどこれで事件は終幕か。 さて、私は憑神によって変えられたトイミミたん救出に 「取り敢えず、解決の第一段階は終わったね」 「――何ですと?」 え、これが本チャンじゃなかったの?と驚く私に、何を言わんやと首を傾げるツキタクさん。え?私何か見落とした? 「これから憑神の残党を一狩り行こうか♪」 ……あぁ、理解。そうだ、別に憑界じゃないからコアブレイクしても元に戻る訳じゃないんだ。というか封印牢に入れたのってまさか……。 「勿論。今回の事件の報告書作りの資料の為でもあるけど、何憑神を産み出したかくらい、聞いておいて損はないでしょ?ある程度時間が経ったら浄化されるから、普通に答えてくれる筈だよ」 成る程、いろんな意味で情報源か。理解。 ―――――― ……で、私達は猪里課長とリスム達に合流したんだけど……何でリスムは心此処に在らずな目をしているんだ……。 「……?」 何かぶつぶつ呟いてる?ちょっと耳を近付けてみる。 「……おおぶたさんが……どらごんぼーる……」 ――診断結果:カルチャーショック。あぁ、初めてこの二人の戦闘DVD見たときのこと思い出したわ……確かに私も夢に見るレベルでショック受けてた。 そりゃ悟空とかベジータとかが舞空術とかやるならまだ頷けるわよ。それをいい年こいたおっさんが、しかも体重遙か上のおっさんがやるのは普通想像の斜め右上に捻りでしょ……。 何ともコメントしづらい風景を目の当たりにして、常識が疑われてる状況に……あぁ、これで純粋な精神が……ってそこまで純粋でもないか。好意と食欲とが入り交じっているみたいだし。今は取り敢えず……。 「デブではないっ!俺は猛猪!一度動けば、骨砕粉塵!喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっつ!」 ……あの暴走ファットメンから遠ざかりますか。精神にも悪いし。 ……と、このように上司が日頃の鬱憤を晴らすが如く大暴走してくれたお陰で、事件で発生した粗方の憑神は制圧できたのだった……。 ―――――― 「……ふー……」 あっさり終わって良かったと思う。最後の一人の憑神魔力を吹っ飛ばした私は、そのまま警察署の一角で眠りにつくことにした。取り敢えず眠い。寝かせろ。 設えられた布団に身を横たえつつ、事件の見落としがないのか頭で考え直しつつ、既におねむのリスムとシンメトリーなポーズを取りながら、夢の中へ……夢の中へ……行ってみたいと思いま……鮮華……。 『――HEY!YO!MOTHER FXXXER SPEED CORE DANDY!HEY!YO!MOTHER FXXXER SPEED CORE DANDY!HEY!YO!MOTHER FXXXER SPEED CORE DANDY!HEY!――』 「「きゃあああああああっ!」」 誰だ携帯入れた奴!寝るから緊急事態以外入れんなって言ったじゃないの!命令違反か緊急事態かによって処罰は変わるわよ!衝撃的BGMを耳にしてびっくり跳ね起きたリスムをよそに、私は布団の横に設置した我が愛用のcellphoneを乱暴に取り、胡座をかきつつ苛立ちを隠さず出る。 「――もしもし、泰音です。何がありました――」 私の声をかき消すように、或いは私の鼓膜を貫くように、猪里課長の怒声が響く。 「――今すぐ満晴神社に支援に来いっ!大物が掛かったぞ!」 ……耳が痛い……。そんな大声で叫ばんでも……。 「……」 で、理解した。つまり神社の方に予想もしなかった二次憑神が発生したと、それで鎮圧に乗り出せと……あぁ……あぁ理解したわよ……。 「……リスム」 「……やすねさん……?」 私はまだ心臓バクバク言っているだろうリスムに背中を見せる。そのままトンファーを手に取り……。 「……ちょっと腹立ったんで、憑神しばきに行く……協力して」 ―――――― ……で、ドリンク二本飲み干してから神社内に来てみたはいいが……気配はあるけれど姿は見えず……そもそも大物って何よ。 「わー♪」 御幣や破魔矢にキャッキャはしゃぐリスム。確かにその姿は癒しよ。癒しだがマイレイジボルテージは天元突破もいいところなので癒し効果を味わう余裕もないわ……。 つか人がわざわざ予約して寝ているときに起こすなっつー話だわよ。容赦しないわ、憑神。 「……あれ?」 辺りを見渡して気配の確認をしている私の後ろで、リスムが突然私の手を引く。何なんだ、と振り返った先……。 「……」 クイッ、クイッ。器用に丸太状になった手の先を縦に曲げ、こちらを誘い込んでいる――縫いぐるみ憑神がいた。いるのは住宅街の角。どうやらこっちに本物が居るらしい。 「……かわいくない……」 リスムは縫いぐるみの顔に不満らしい。私もそれは認める。悪意を以て造形されたとしか思えないぞ、どこぞのラブマシーン乗っ取りネズミの如く。 「……」 まぁ罠なのは分かり切っている。誘い込む時点でそれは理解できるし、逆に此処でもう誘い込まれている可能性もある。私は携帯を開く……メールが一件届いた状態での――圏外。既に罠かい。霊的防御処理されているから現場でも使えるとはいえ、そんな余裕があるかと言われれば無い。と言うわけでちぇきら。 『差出人:いのりん件名:添付:本文: 21236121056.0545520522.8.13』 「……」 後者は兎も角、前者は理解した。つか後者は抽象的過ぎやしないか?まぁいい。と言うことで……。 「……リスム、もう一度ワンスモアであの素晴らしき友情をもう一度できないかしら?」 ―――――― それは、どこの町にもかつてありふれた、玩具屋の一つだった。 目で楽しむもの、手で触れて楽しむもの、音を楽しむものと様々な種類の玩具を取り揃えた、子供達にとっての夢溢れる空間であった。 ところが、よくある話であるが、少子化と不景気の波により、玩具の消費量は激減。仕入れに対する利益が見込めなくなり、負債は膨らみ、ついに店を閉めるしかなくなってしまった。 子供にも大人にも、玩具を通じて夢を与えていきたい。そう店主は願ったのだろう。そしてその思いは、彼と思いを同じくする店自身にも伝わった。 ただし……間違った方向で。 子供も大人も、夢一杯溢れる玩具にしたい、と。そうして開かれた玩具屋は、少しずつその品揃えを増やしていった。原料は、長年この店を愛していた常連の客や、一見さん。 性別も、年齢も、立場も問わず、人々を『夢の住人』へと変えていった。 そしてある日『それ』は、理想の存在を見つけてしまう。偶然店の前を通りかかった、プレゼントボックスと人を混ぜたような存在、トイミミックを。 『それ』が人間だった頃、トイミミックが何度も店に来ていたという事実を思い出すことなく……。夢の世界への案内人として、『それ』はトイミミックに似た存在を作り出した。 彼や彼女達の働きによって夢の世界は広がっていき、いずれは鏡都を夢の世界へと変えることを『それ』は夢見ていた。 邪魔をしてくれた刑事と討魔師を捕らえた今、その夢の実現は近い――! 「「ゆめは――おふとんのなかでっ!」」 ―――――― 「れっつぱーりー♪」 「ぱーりー♪」 [以下暫く、思考部分を泰音変換スルノデスしおすし] と言うわけで、私達は誘ってきた人形を指ごと打ち抜いてから、圧縮式ウォーターガンを使って看板めがけて発射していた。当然霊力は篭もっているので、憑神に対しての効果は抜群だ。 「ひゃっはー♪おぶつはせんじょうだー♪」 「ひゃっはー♪」 ……何か私が一番リスムたんを汚している気がしてならない。でもドラゴンボール知っているからこれも知っているかな?まぁ気にしていてもしょうがない。私の予想ではそろそろ……来た。 「――やすねちゃんっ!てきしゅー!」 「あつりょくあげてー!」 声に合わせて、圧力を上げる為のスライド部分をきゅこきゅこと動かす私達。一回、二回と動かす度に、段々と霊的パワーが銃に溜まっていくのが分かる。核に直に霊力を当てられるという状況に我慢ならなくなった憑神が、店の中からどう見ても後進的な骨組みだけのロボットや、御大ヴォイスの響く鉄のロボットなど男の浪漫と呼ばれる類の玩具を警備兵として出してくる――がっ! 「はーとふるざふぁいやーっ♪」 「ふぁいやー♪」 防御不可能なタイミングで再び放水開始!火なのに水とはこれ如何に。まぁそれは兎も角、水で警備が吹っ飛ばされた〜なら、再びお掃除開始っ! 「おそうじおそうじ〜♪」 「おそうじしましょ〜♪」 楽しく二人で看板に水掛け。当然超圧力だから隅々までこびり付いた汚れをこそぎ落とす……見えたっ!私はリボンでリスムに合図し、リスムもそれに笑顔で応える!照準を一緒に合わせて――せぇぇぇぇのっ! 「「ふぁいやぁぁぁぁぁ♪」」 ――霊力のとっぷり入った、ホースの先端を潰すよりも勢いのいい霊力のシャワーは、一気に玩具屋の看板の文字の一つ、『の』の字の中間を貫き、その中に含まれていた曲玉の魔力を一気に抜き去った!辺りを覆う空気が、一気に変化する。多分隔離された空間が、元に戻ったんだと思う……さて。 「……このままじゃ、だめ?」 リスムの気持ちも分かる。正直私もこのままで居たい……でもね。 「……おわらさなきゃ、ね?」 私の言葉に、リスムはちょっと残念そうに……私の頭のリボンを解いた。しゅるりと解けたリボンは、そのまま私の体の中に溶け込み……元通り、人間の小車泰音復活なのだ。 「……ありがとう……離れないで」 言うが早いか、今度はリスムのリボンがしゅるしゅると私の体に巻き付いていく。背中合わせの状態でナップサックのようにリスムを背負っている状態だ。 「うんっ♪」 顔は見えないけど、頬はピコピコと光っている。決意の色、シルバーに光るのは中々見えないらしい。光は見えた、けど顔は見えない。何てシュレディンガー。しかもチラ見したら武器持ちだし。……まぁ、いいわ。 「……背中、任せた」 「はいっ♪♪」 元気のいい声を耳にしつつ……私は玩具屋憑神の入り口ドアをトンファーキックで蹴り開けた。ドアから出ようとしていた数匹の憑神をドアごと吹っ飛ばしつつ、私は再びティロの構えを取る。客は居ない。居てもどうせ憑神かなりかけかだ。羞恥心を感じる必要なんてないのさあっはっは。 「おやおや、乱暴なお客さま゛っ」 全部は言わさん。容赦なく核を狙って無造作にトンファーから霊弾を打ち放つ。貫かれた店長らしき憑神は、そのまま無駄にデコレートされた棚にへたり込んで気を失った。後で回収するか。 「ぼーるをあいてのごーるにしゅー♪」 私の背中からはリスムちゃんが超!エキサイティン!!な何かで攻撃を続けている。流石玩具の精霊。対象年齢的にも確かにそのくらいだわ。それで吹き飛んでいく玩具達……しっかり核を狙う辺りシューターとしてもレベル高いんじゃ? 「アーイ!ィイーヤッ!ィイーヤッィイーヤッィイーヤッィイーヤッ!」 逗子の名を持つアルバムから一曲歌いつつ、私はリスムに当たらないようにトンファーをブンブンサテライッじゃないぶんぶんしゃかじゃなくてブンブン振り回していく。本拠地に飛び込む、それはつまり物量不利を覚悟で飛び込むことだ。 とはいっても露骨にヤバいのが居る訳じゃないのが幸い。本当に夢の世界を作ろうとしていたのがよく分かる。正直壊すのも気が引けるくらいに……でもね。 「……醒めない夢は、醒ます」 それは当たり前。夢は現実にするものじゃない。夢は実現させるものだ。あくまで現実の中に夢はあるわけで、夢をそのまま現実にしようなんざナランチャンチャラおかしいわけよ。と言うか他者の夢に関与するなら兎も角巻き込まないで欲しいんだけど。これもニュアンス違うからね。と、精神的に愚痴っている間に……うん、粗方片づいた……。我が愛しの豚上司は居ない……。 「……さぁ、奥に行こうか」 ハイスコアを叩き出しただろうリスムを連れつつ、私は奥の事務所の扉をノックしつつ――回避。 ――すぐさま、ドアを叩き割って、猪と人を混ぜたような人間大の縫いぐるみが売場へと入り込んできた。 「……ぶたさん!?」 まぁそうだろうねぇ。驚くだろうねぇ。さっきまで活躍していた人間が、縫いぐるみになって出て来たら。私だって驚いているわよ……あのメールがなかったら反応できなかっただろうし。 猪里課長……多分あの人が遅れを取るとしたら本当に予想外の事態が発生したとかそんなんでしょう。例えば『核が二つ以上ある』とか。で、体力ロスで囚われる、と。しかし、縫いぐるみになっても相変わらずのぶちかましだねぇ。 「……リスム、危険だから目瞑って耳塞いで隠れといて。ジェットコースター二度目が確定したから……」 言い終えるが早いか、リスムはきゅっ、と硬くプレゼントボックスを閉じた。これで良し……とっ。 「……やっぱし速いわねっ」 BPM432くらいあるんじゃないかしら。私がジャンプして時間誤差が殆ど無いタイミングで壁に突っ込むとか。でも霊弾は撃たない。私を壊す気しかないんなら……ちょっと解放しようかしら。再び私に向けて一気に体当たりをしようと駆ける猪ぐるみ。以前みーが解決した遊園地憑神のアレに近い感じかしら。ガードマンタイプにカスタマイズされているのか、機動力が異様に高い。 でも人体でも可能かなぁと思えてしまうのは、あの緑の恐竜を子供の頃から見ていたからか。宇宙に行ったりスキージャンプしたり、偉大すぎる。私は天井を短く蹴り、絡み付こうとするリボンを霊弾で軽く焼くと、そのまま何気なく猪の進行方向上に右足の裏を出した。次の瞬間、右足に猛烈な衝撃が加わる。予想通り、ぶちかまし軌道線上……!太股に力を込めながら、これを一気に足で吹き飛……ばすっ! 「……ぐほっ!」 く……やっぱり質量差はあるかっ!押し負けて壁に叩きつけられた私に、猪は一気にぶちかましを仕掛けにかかる。質量×体の密度×スピード=破壊力と考えれば……当たれば終わる……。鳴き声もあげず、私めがけて駆け出した猪ぐるみは――しかし、私の目の前であらぬ方向に飛び――壁に突き刺さった。正確に言えば、私が吹っ飛ばしたわけだけど……。 「……正直、重い……」 腕が痛いなんてレベルじゃない。両トンファー使ってやっと吹っ飛びってどんだけー。しかもM字開脚的状態から打ったからさして威力はないわけで……っつつ……。 ……まぁ、いい。そっちが私を壊す気なら……私も壊す。壊して魔力を吹っ飛ばす。私の思いに応じて、トンファーの色が鉄色に変色し、取っ手の部分がぐにゃりと手首に巻き付く。 そのまま先端が膨らみながら延びていく。膨らんだ部分は丸く大きな玉を形成し、延びた部分はチャリチャリと音を立て始める。音を立てながら、小さな穴が開き、新たな輪郭を取り始める……。そして手首を覆う鉄色のそれが両手を引き寄せ、固定して――。 「……ひっさびさに、"壊し"ますか」 ――そうして出来たのは、一振り……いや、一個の、無骨で、乱暴で、恐らく一般女性には絶対的に似つかわしくない代物である、枷付き鉄球。名前は……めんどいから付けていない。私は背中のリスムに当たらないように回しつつ……早速壁を砕いて脱出し、私に向かって来る猪に向け――! 「――だらっしゃあああああああああああああああっ!」 ……一撃。遠心力×相対速度×質量×内部霊力=……破壊力。衝撃吸収板など用意されていない店の壁を貫き、さらに奥の部屋の壁も貫き、一気に突き抜け――他の憑神達も霊力的に巻き込みつつ、結界の余波で交通量の圧倒的少量な道路へと吹き飛ばした。 「……そいやぁっ!」 その勢いを殺すことなく、私は鉄球の勢いをそのまま飛翔する勢いに変え、今し方壊した穴から屋根の上へと躍り出る。 リスム、こっから先はコーヒーカップよ。着地してすぐさま、私は穴の後ろに下がり、力任せに鉄球を後ろに振る。玩具の突撃兵を模した憑神がその一撃で一気に吹き飛び、丁度空を浮かぶ風船憑神に激突した。そのまま地面……と言うか屋根に鉄球を叩きつけ、動きを止める私。 その視線の先に……どう考えてもマフィアっぽい格好の豚人ぐるみあんが、どう見てもライフルらしきものを装備して私に向けていた。乾いた音を立て、ライフルは弾丸を打ち出す。 当たれば一般人は間違いなく縫いぐるみかぐるみあんかその他玩具へと姿を変えるであろうその弾丸を、私は鉄球に身を隠してやり過ごす。その背中でもぞもぞとリスムが動き始めている。 「あおぞらだー♪」 あぁそうだね青空だね。素敵で晴れやかで憑神が居なければきゃっきゃうふふらんららんと遊んでいたい青空だね。純粋すぎて羨ましい。いつから私はこんなに汚れたんだか。 あれか、鉄球カッコいいとか思い始めてからか、可愛い物は愛でるものと公言し始めてからか、それとも霊力というものに偶然にも恵まれてしまったからか。閑話休題。この武器はいつも以上に遠距離の相手と分が悪い。いつぞやの蒼に染まるダイヤグラム10:0の組み合わせになってしまう。 「……リスム」 「?」 そこで私は、リスムに提案することにした。埒をあける手段として、トイミミックを利用することにしたのだ。 「……また、背後を宜しくお願いできるかしら?」 「あいあいさー♪」 よし、これで第一関門突破。続いて……っ! 「やすねちゃんっ!うえぇっ!」 言うが早いか上空にドッジボールを投げるリスムちゃん。報告は有り難うだけどそれは――!? 『――わっははー≧∀≦』 あぁ……弾に当たってドッジボールにバボちゃんみたいな手が生えて……あぁもう! 「……どっせぇぇぇぇぇぇいっ!」 私は一気に両腕を振り上げ、鉄球を空へと踊らせ、自由落下する前のドッジボール憑神を吹っ飛ばすと、そのまま鎖の穴で銃弾を防ぐ。リスムがその妙技に拍手を送っているけど、返答の余裕はあんまり無かったりする。店に空いた穴の中からゾロリゾロリ、テディベア憑神やらホームランバット憑神やら、トミカ憑神やら……女物が殆どねぇ。 まぁリカちゃん憑神とか化粧品憑神とか出てこられても壊すけど。壊すけど。 「……」 そんな玩具達を、リスムはどこか悲しそうな目で見ている。玩具を愛する彼女達だからこそだろうか。愛し愛されるための玩具が、今こうして人を襲おうとしている(……そこに相手への愛情があるか否かによっては、トイミミも何も変わらない可能性はあるにしても)。それを悲しく思わない筈はない。 ひょっとしたら……彼女が玩具憑神に平然と手を挙げられたのは、そうした思いがあるからかもしれない。玩具に対する愛情の深さ、その純粋さ、真っ直ぐさ。そうしたものが憑神に見られるかと言われればまず十割方NOである。故に許せないのだろう。「……まぁ、推測だけどね」これらの思考はあくまで全て推測だ。 けど……ちらりと横目で見たリスムの表情は……泣き出しそうなほど潤んだ瞳に、噛みしめた唇。そして赤くピコピコ光る頬。うん、限りなく悲しみと怒り。間違いないわ。 「……切り離し出来……」 私が言い出すよりも早く、リスムは私からリボンを外し、そのまま頭のリボンをゆらゆらと揺らした。妨害電波が消えている今、何か訊ねているのか……っと! 「今度はナイフかっ!」 鉄球の横から顔を出しつつ、私はナイフのタイミングを見計らう。と、今度は胸から拳銃!狙うは軌道上から私の胸か……額!ガキン、と音がして、私の両腕を繋ぐ枷が震える。予想通りの軌道に来たことを確認すると、私は勢いよく鉄球を振り上げ……そのまま振り下ろす。当然横に回避する豚ぐるみあんは……でもリスムによる黒玉を前に防御の構えだ。 何しろ黄玉をばらまきつつ高速の黒玉を放つのだ。回避先は屋根の上にいる限り無いだろう。かと言って、上に逃れれば私は遠慮なく足を振り下ろすし。逃げ場はほぼ無い。故に防御って選択肢を取った。流石、判断は間違っていない。けどね……! 「……シェェェェェアアアアアアイサァァァァァァァァァイッ!」 私は謎の掛け声と共に、空中で横に鉄球をブン回す。流石にこれは受けられまい!予想通り空高くジャンプを試みる豚ぐるみあん……だが、それこそが狙い通り。 「――!?」 突如地上から迫る黒玉に反応できず、豚ぐるみあんは顔に見事に食らってしまった。そのまま自由落下を始める豚ぐるみあんに――! 「……タァァァァァァァァァァアイィィィィィィィィィィサァァァァィィィィィィィ!」 再び謎の掛け声と共に、私は鉄球を振り下ろし――店の屋根ごと地面に叩きつけた!再び開く大きな穴。そこに落ちる寸前で……何とか私は踏みとどまった。ずりずりごろごろと重たい鉄球を屋根の上に転がしながら、私は電波受信中のリスムの元に歩く。目を瞑りながら頷き、 「うんうん」 「わかった」 と呟く彼女の様子を眺めつつ、私は現在の霊力の補充のためにドリンクを出そうとして……この腕じゃ出せないことを思い出しがっくりきた。 「うん、うん、わかった、ありがとう……!」 悄げている間に、ようやく会話が終了したらしい。屋根の上で伸びをしつつ、私はその内容について訊ねると……待ってましたとばかりに今し方聞いたばかりだろう話を語り始めた。 「……いま、みそかちゃんからきいたはなしなんだけど……」 妙に慌ただしかった娘か。名前からして慌ただしそうだが、まぁそれは兎も角として何だろう。 「……ここのおねぇさん、くまさんがすきで、おみせのなかにかざってあったって……」 「……テディベアか」 うん、と頷きつつ続きを語るリスム。その瞳はどこまでも澄んでいて……それ以上に、憂いに満ちていた。 「みそかちゃんはね……そのおねぇさんとしたしかったの。なんかいもおみせにいって、いっしょにあそんでたんだって……。でも……ちょっとまえにいったら……おみせがなくなっちゃったって……」 ……恐らく、憑神化したことで一時的に認知できなくなったんだろう。けど、店は彼女を見ていた。恐らく。その時に玩具箱憑神を思い付いたに違いない。記憶ではなく思いに支配されているからこそ出来てしまった芸当だ。 「……その、おねぇさん……なんだよね……?」 そして、トイミミックも馬鹿じゃない。彼女達はこの事件を引き起こした犯人を、もう理解している……私は素直に頷いた。黙って俯いたまま、リスムは何かを考えているようだった。私がこれから何をするのか理解しているし、それを止められるなんて思ってもいないだろう。でも同時に、玩具を愛している店主の気持ちも良く分かっているのだ。 「……」 屋根や店舗を破壊しといて今更の虫が良すぎる話かもしれない。でも、やらねばならぬのは道理よね。ね。 「……リスムちゃん」 思い立ったが吉日。私は再び、武器に霊力を通した。無骨な鉄球が鎖から切り離されると、徐々にその輪郭と色を失いながら、私の両足を覆っていく。切り取られた鎖は、私の手に一気に巻き付き、そのまま手も覆っていく。 鉄球の一部は再び霊力に変換され、私の中に戻っていく。独特の充足感に目を細めつつ、私は足周りと脚、膝、そして心臓の辺りにプロテクターが浮き出るのを感じていた。一方、手を覆うそれは肘の辺りまで伸び、頑丈なガントレットを形成する。しばしの時も経たないうちに、鉄球は私の全身装備――『イノセント』に変化した。名前の元ネタはスピードコアポップのタイトルだったりするがそれはさておき。手の感触を確かめつつ、残党があまり見られないことを確認して……私は、"あること"をリスムに頼んだ。リスムはそれに頷き……リボンを動かした。 ―――――― 壊れた、と言うか私が壊した店内の奥、外観は普通の事務所だが肉体との一体化の所為かどこか雰囲気が生々しい従業員用の部屋に、私は襲ってくる憑神を拳で浄化しつつ、入っていった。 「ここだったんだー」 「うん……」 魔力を抜いて復活させたトイミミックを含めた全員を連れて。みそかちゃんは変わり果てた建物の様子にちょっと悲しそうではあった。半分近く自分の所為だけど、半分は憑神の影響が見られたからか。 「おもちゃをきれーにしよー♪」 「さんせー♪」 もう数名は破壊が尽くされた建物に落ちた玩具の修繕なり掃除なりを始めている。憑神は祓ったから、問題ない。連れてきたその娘らの好きに行動させながら、私は気を引き締め、事務所へと足を踏み入れた。すると……。 「――これは、大したクマーコレクションだわさ……」 縫いぐるみと課長が送るのも無理はない。確かに縫いぐるみだ。けど、その縫いぐるみがウン十万もウン百万もする代物だと聞いたら驚くだろうか。テディベア愛好家垂涎の代物……それを目の前にし、驚きの声をあげない私ではなかった。 まぁこの知識は主に同時期に一緒にペアを組むことが多かった草食系警部の受け売りに過ぎないけど。と言いますか、全てに勾玉が付いている辺り実状は推して知るべしだけど。 『……素敵だと思いませんか?』 「……ええ、とても可愛らしくて素敵ですね……旺元具美(おうもとともみ)さん」 素敵すぎて私の汚れたマインドじゃ頭痛に胸焼け、吐き気まで催しそうよ、そう付け加えて私は目の前の人間大の大きさを誇るテディベア――玩具屋憑神の本体である旺元具美に話しかける。あら、と返すその体は、既に多数の傷を受けボロボロだ。あれだけ派手に壊して暴れた以上、フィードバックは免れまい。 私の言葉に、素直な――しかしボタンを二つくらい掛け違えた空虚な笑みを浮かべると、具美さんは昔の思い出を語るように、訥々と語り始めた。 『ふふ……分かってくれて嬉しいです。ここに揃えられたテディ達は、私が玩具屋になりたいと思わせてくれた、言わば産みの親みたいなものですから……♪』 そのまま具美さんは来歴を語っていく。親と行った玩具屋の思い出、其処でのテディとの出会い、誕生日毎にテディをねだったこと、買えないときは玩具屋でテディを見るのが楽しかったこと、いつの間にか玩具屋にいることが楽しかったことなど……。 だが、玩具屋にいるときのわくわく感や、夢見る気持ちを色々な人に伝えてあげたかったという目標……この辺りから憑神の意識が混ざり始める。 『玩具屋に居る人々は、みんな活き活きして、夢を見ているような純粋な瞳をしていました。そんな人達なら、みんなに夢を与えられる玩具になれる……そう思ったのです……♪』 「だから、人々をさらって玩具に変えた……と?」 私の問いに、ええ、と笑顔で返す具美さん。……こりゃ駄目だ……もう染まりきっている……。だが、諦めたらそこで試合終了だ。私は後ろを向いて 「……どうして」 向いたときには既に、トイミミック達はテディベアの方にぽむぽむと音を立てて近付いていく。人を陽気にさせるその音も、この状況下ではただ寂しさややるせなさが強い。 言葉を発したのは、長い間この店を懇意にしていたトイミミック、みそかちゃんだった。信じられない、そんな思いが一杯詰まった瞳を向けながら、彼女は激情に任せ叫ぶ。 「なんでっ!なんでかわっちゃったのっ!ともみさんいったじゃんっ!みんなにおもちゃでゆめをあたえたいっていったじゃんっ!ゆめをあたえるみんなをおもちゃにかえるんじゃなくて、おもちゃでみんなにゆめをあたえるって……っ!」 「みそかちゃんのいうとおりだよっ!なんでみんなをかえちゃったのっ!みんなをかえてなにやりたかったのっ!なんで……なんでなんでなんでなんでぇっ!」 みそかちゃんに同調するように、リスムも叫ぶ。この店を特に懇意にしていたのはみそかちゃんだが、多分彼女の話をトイミミック一同耳にしているはずだ。 それに、彼女達にとっての玩具変化は求愛だが、憑神にとっての玩具変化は……食事兼住民増やしだ。其処に他人のためという思いもなければ、幸せという概念もない。 それがリスムにも許せないのだろうし、信じられないのだろう。 「……ねぇ……っ……っぐっ……もとに……ひぐっ……もどって……ぐすっ……もどってよぉっ……もとみ……えぐっ……さぁ……ん……!」 次々と声をあげる、トイミミック達の中、みそかはテディベアに掴みかかり、まるで駄々をこねる子供のように揺さぶった。彼女の激情は、それはそれは余りにも純粋で、余りにも物悲しい。何故なら……。 「……ひぐっ……?」 掴みかかりながら泣き出したみそかの体を、巨大テディははし、と両腕で掴み、目の前にまで持ち上げる。端から見ればまるで夢の国で子供に対してサービスで高い高いをしている着ぐるみのようにも見える。 「みそかちゃんっ!」 これが只の着ぐるみなら、そのまま二三回持ち上げて下ろすだろう。けれど……そうは問屋が卸さない。顔の真正面にみそかの顔を持ってきた具美さんは……そのままくぱぁ、と口を開いた。 『あら、可愛らしいお客さん♪貴女も玩具にしてあげますね♪』 「――ひっ!ひぃぃぃぃぃっ!」 自らの顔も肩も全て呑み込んでしまうような、巨大テディベアの顔に恐怖した、それもある。だが何よりみそかが恐怖したのは、目の前にいる"物体"だ。映画などに見られる、全生物の異星人との入れ替わり。 見知った人が見知った人でなくなった、そんな根源的な恐怖だ。目の前にいるのは、具美さんだったのかもしれない。だが……それは嘗ての話だ。今は、最早旺元具美という存在"だった"憑神でしかない。 「――い、いや、いやいやいやいやだ……いやだぁ……!」 玩具になることよりも、目の前の具美だった者に喰われること、それが何より彼女にとって恐怖だった。 涙を流し、首をぶんぶん横に振りながら、何とか脱出しようとするが、しかし力が足らず、抜け出すことが出来ない。 「みそかちゃあんっ!――きゃあっ!」 腕を口の方へ近付けるのを防ごうと、リボンを一斉に巨大テディベアの腕に巻き付けようとするリスム達。 だがその背後から、テディベア憑神達がベアハッグで彼女達の動きを封じ、そのまま中に呑み込もうとしていた。 『あらあら……お友達も一緒でしたら、寂しくないでしょう?』 嘗ての常連客に慈母の笑みを見せる具美だが、その笑みはみそかには、恐怖しか与えない。いや、いやだ、そう口にしながらも、視界に迫るのは、剰りにも暗い闇である。 それはこの先の自らの運命を暗示しているかのようで……!彼女はついに、耐えきれずに叫んだ。 「――たすけてぇぇぇぇっ!だれかぁぁぁ……!」 「……御免ね、動かなくて」 ――言うが早いか、私は熊の顎にアッパーを決めていた。一瞬で懐に踏み込み、腕を退けてのアッパーに、具美……いや、玩具屋憑神は宙に浮きながら、みそかを離す。 そのまま浮かんだ奴の腹に、私は渾身の右ストレートを打ち込んだ。痛みがあるのかは分からないが、少なくとも霊力の相当籠もった拳だ。憑神にはさぞ辛かろう。 『っ、何を――!』 皆まで言わさん。私は左腕でテディの首根っこを掴み壁に押しつけ、右手をブローの形に構えた。所謂ネネのパンチングスタイル。 トイミミック達を喰らおうとしていたテディ達が挙って私の方に飛びかかってくるのが背後に見えた。まぁ当然必然当たり前でしょうね。 「……皆まで言わす?」 ゴスッ、と壁にめり込む一撃を与えてから、私は左足で纏めて宙に浮かぶテディに回し蹴りを喰らわせて飛ばすと、そのまま脚払いで同じようにテディ達を叩きつけた。 そのまま再び左手で大テディの首根っこを掴み、ネネスタイル。その間五秒。多分沙雪さんなら二秒も掛からないだろう。 「……もう、いい?」 私は、呆然としながら泣きじゃくるみそかに、残酷な質問をした。みそかは……いや、リスムも、他の娘も……全員が目を瞑り、頷いた。私はそれを見届けると――そのまま軽くテディを上に放り投げ――。 「――『崩転』」 ――霊力を込めた掌で、核を勢いよく押した。私の掌から迸る霊力が、テディベアの臍にある核に含まれていた魔力を根刮ぎ追い出す。 魔力が叩き出された場所に、霊力とも神力とも呼べる物が充填していき……人間大のテディベアは、瓦解した。 「……」 霊力の結晶が、空に昇っていくのが分かる。恐らく具美さんは、神に変じたのだろう。玩具を愛する神の一柱へと……。 「……ふぅ……ぁ……ねむ……」 そして、鉄球と『イノセント』、相当力を使う状態二つをずっと維持していた私は……そのままぱたり、と今は何もない、玩具と瓦礫の散らばる店に倒れ込み……寝てしまうのだった……。 ―――――― こうして、『玩具店事変』は終わりを告げた。報告書ではトイミミックに対する誤解の解除及び事件の功績がしっかり記される事となり、当初の彼女達の目的は達成された。 私が吹っ飛ばした豚王二人はすっかり回復している……。流石衝撃吸収に定評のあるぐるみあんスーツ。普通だったら骨折は免れないんだけど。 事変の被害者は……残念ながら全員が元通り、と言うわけではない。この辺りは憑神の性質上、どうしようもないとはいえ、いささか後味は悪い。 玩具店があった場所は、魔力を祓った後で別の建物が建てられるらしい。時代は変わっていくのだ。そして……今回の事件の報酬を貰った後、私は――再びギリシャにいた。 「……だからいい加減懲りてくださいと何度言ったら解るんですか」 また抜け出して衆道やりおって……性別種族関係なしかい。 「かくほー♪」 「げっとー♪」 まぁ、言える環境にはないけどね。 こないだの事件で活躍したトイミミックは、別に報酬を求めなかった。 だがどうしても与えなければ示しが付かないお偉方の謎論理により……リスムとみそかの二名が、私と共に旅行することが決定された。 其処までは良かった。だが私のメールに仕事という不穏な二文字が入った辺りから事情が変化した。 「よりによって旅行先に逃げ込むとはねぇ」 オリンポス山から離れ、長靴の国イタリアへ。よくイエスとその聖者達に見つからなかったものだ。そこでイケメンボーイを捜しているらしいから捕らえろ、と指令が来て、海を跨いで追いかけた。 でその間に、役に立ちたいとか一緒にいたいとかその辺りの事を言われ説き伏せられ、ギリシャに着いてからヘラさんに霊力を捕獲までの間増強させられ、大捕り物へ。正直、ラッピングの手間が省けたので、結果オーライかもしれない……。 ヘラの居る場所に完全に沈んだゼウスに首を横に振りながら、私はこれから二人で何処に行こうか……そう、財布泥棒の腕をねじ曲げながら考えるのだった。 ……折角の休暇だし、"おともだち"になってキャッキャするのもいいかな、そんな事も選択肢の一つに入れながら。 fin. |