〜いつかのバレンタイン〜
作:kazuma darkness様
| 「憑神事変・異聞 【いつかのバレンタイン】 「猫乃、こんなんでええかな?」 鏡都府夜宵市、鈴華神社。 「あ、もうすこしゆっくり溶かしてください。」 その台所は、いつに無く賑やかだった。 「む、難しいもんやな・・・」 間近に迫るバレンタイン。少女たちの決戦に向けた、涙ぐましい準備。 「姉さまは食べるほうが好きですもんね。」 「こない気ぃ使うとは思えへんかったわ・・・こんなもんでええじゃろ?」 「あ、はい。じゃあそれを、その型に流し込んでください。」 「ん、まかしとき。」 溶かしたチョコを型に流し込む少女、美影。それをはらはらしながら見つめる妹、猫乃。鈴華神社の巫女姉妹として、地元では有名な二人。 「あらら、楽しそうやねぇ。」 そこへ、二人の母がやってくる。鈴華沙雪。とある界隈では知らぬもののいない、おっとりとした美人巫女。 「あ、お母はん!チョコ作ってるんよ。」 「お母様、台所借りてますね。」 少女たちはどこか恥ずかしそうな笑顔を母に向ける。 「うふふ、そうね・・・。そんな時期ですもんね・・・」 母はどこか遠い目で、二人の作業を見つめる。 「で、お相手は誰やの?まさか・・・な」 「それ以上は言わんといてや、お母はん・・・」 「・・・毒でも入れとこ。ふふふ・・・」 げしっ。不穏なことを言い出した猫乃に、母の愛情たっぷりのチョップが叩き込まれる。 「あう〜。じょ、冗談ですよ〜・・・ちっ」 小さく舌打ちする猫乃。 「あとは少し置いて、荒熱を取ってから冷蔵庫・・・やな。」 「はい。私のほうもオーブンに入れて・・・と。」 そうこうしているうちに、少女たちの作業はひと段落する。 「うちにもこんな時期があったわぁ・・・」 思わず零した母の一言に、娘たちが食いつく。 「お母はんのそんな話、聞いたことあらへんで?!」 「お相手は、お父様です?それともっ?!」 聞きたいオーラ全開で迫る二人の娘に、苦笑いを浮かべる。 「まぁまぁ二人とも、片付けてからにしなさいな。」 二人の娘が片付けている間に姿を消そうとした母。 「逃がさへんで!」 「行かせません!」 それを許さない娘二人。 「あらら・・・なんてスピードで片付けたのかしらん・・・」 過去に例を見ない速さで片付けて、母を呼び止めたのだ。 「さ、話してもらうで!」 「聞かせてくれるまでは離しません!」 その鬼気迫るような娘の姿に、諦めたようにため息一つ。 「・・・ふぅ。仕方あらしまへんなぁ・・・。」 観念したように居間に戻る。出されたお茶を一口啜り、重い口を開く。 「どこから話せばいいのかしらねぇ・・・」 ◇◆◇◆ それは、鈴華沙雪18歳の時。 憑き神の存在は確認されてはいたが、今ほど大事にはなっていなかった時代。 彼女がまだ、駆け出しだった頃・・・ 「だらっしゃああああ!!」 拳の一撃が、勾玉を粉砕する。 「しゃ!これで終わりや!」 透き通るような青空に、少女の声が響く。 「・・・あ、鈴華です〜。例の件、終わったで。じゃ、またよろしゅうな。」 携帯でどこかに報告する。 「ふぅ〜。討滅師いうんも疲れるもんやなぁ・・・」 少女の名は、鈴華沙雪。花も恥らう女子高生。 彼女は今、憑き神と呼ばれる『魔』と戦う日々を送っていた。 普段は学校に通いながら実家の神社で巫女として生活し、 依頼があれば憑き神を倒しに行く。 そんな毎日だった。 「ま、たまにしか出よらんし、何とかなるじゃろ。」 そんな一言と、拳ひとつで戦い続けていた。 「転校生じゃと?」 翌日、学校内はその話で持ちきりだった。 「男なん?女なん?」 「女らしいで。結構良い女やって隣のさっちん言うてた!」 「一応〆るん?」 そう言って少女たちは沙雪のほうを見る。 「何でうちを見るん?んなことせぇへんで?」 それに睨み返す沙雪。 慌てたように少女たちは取り繕うが、彼女はもうそれを聞いていなかった。 (ったく。いつの間にそんなイメージになったんやろ・・・) 「・・・ホームルーム始めるでー!」 いつの間にか教室に来ていた担任教師の声で我に返る。 「と、その前に転校生や!入りやー。」 教室に入ってくる、黒髪の少女。 学校指定のものとは違う制服、長い髪をリボンで縛ったポニーテール。 人目を引く、美少女だった。 「國井鏡花です。よろしくお願いします。」 物腰の柔らかそうな立ち振る舞い。だが沙雪には、別のことが気になっていた。 (なんや・・・?今うちのこと、見ぃひんかったか・・・?) ほんの一瞬、目が合ったような気がした。 結局、一日中そのことが気になってしまい、授業など耳には入ってこなかった。 ◇◆◇ 出会いから一週間。二人の距離は遠いままだった。 お互いがその存在を意識しながら、その距離が詰まることは無い。 そんな状況が変化したのは、とある事件がきっかけだった。 「はぁ?助けなんていらんで?あ、もしもーし!」 協会からの依頼で訪れた廃屋。 そこに憑き神が出るらしいというので、沙雪が駆り出されていた。 「・・・ったく。こんくらい、ひとりで出来るちゅーに。」 協会の指示を無視して、一人廃屋に入っていく。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ 「くっ?!なんやねん、この数は!きりがあらへん!」 殴っても壊しても、次々と湧き出してくる子憑き神。 物に憑いた魔力の弱い子憑き神とはいえ、数が尋常ではなかった。 「このままやと、数で押し切られてまう!なんとかせな・・・」 少しだけ弱気になったその時。 「冠西の討滅師は諦めが早いのね。」 聞き覚えのある声が響く。 「な、なんであんたがここに!」 「うるさいわね。まずは終わらせてからよ。」 突如現れた転校生、鏡花。その両手に携えた木刀で、次々と子憑き神を叩きのめしていく。 「言われんでもわかっとるわ!」 背中を鏡花に託し、憑き神本体に向かって走り出す沙雪。 「ならさっさと済ませてちょうだい?」 鏡花は平然と襲い来る子憑き神を蹴散らしていく。 「往生せいや!!」 クローゼットの憑き神、その本体である勾玉をぶん殴る。 勾玉は砕け散り、子憑き神もろとも消え去ってしまった。 「さあ、話してもらおうやないか!あんた、なんでこっちにきたん?」 近くの公園のベンチ。座って紅茶をすする鏡花を、睨みつける沙雪。 「家庭の事情ってやつよ。ま、そのうちまた引っ越すかもしれないし。」 「えらい慣れてたけど、いつからあんなことしてん?」 問いただす少女の目は真剣だ。 「中学の頃かしら。あなたは・・・最近始めたばかりみたいね?」 「なんでわかるん?」 「動きがまるで素人だもの。力に頼ってるだけじゃダメなのよ?」 「ぐっ?うっさいな・・・」 図星を突かれ、言葉に詰まる沙雪。 「じゃ、そろそろ失礼するわ。ごきげんよう?」 「く、いちいち癇に障るやっちゃなぁ・・・」 その時から、二人は一緒に行動するようになっていった。 会話は少ない。お互いがライバル心を抱きながら、不思議と居心地が良かった。 飾る必要がなく、言いたいことを言える・・・そんな関係。 その関係に亀裂を入れる出来事。それはある人物との出会いに始まった。 ◇◆◇ 「あんたがヘマせぇへんかったら、もっと楽に終わったんや!」 「何を言ってるの?まったくこれだから・・・」 一仕事終えた帰り道、二人は駅前の商店街を歩いていた。 「だいたいやな・・・」 その背後からかけられる声。 「あ、鈴華さん。そちらは・・・國井さんだっけ?今日も一緒にいるんだ?仲良いんだね。」 「へ・・・生徒会長?な、いや、そ、そういうわけじゃ・・・」 その相手が生徒会長だと分かると、途端にしどろもどろになる沙雪。 「ま、喧嘩するほど仲が良いって言うし。じゃ、また。」 そう言ってそのまま立ち去っていく。 「あ、うん、また・・・」 その後ろ姿を呆然と見送る沙雪。その顔には、夕焼けのものとは違う紅みが差していた。 「・・・」 鏡花もまた、陶然とその少年の後ろ姿を眺めていた。 「・・・鏡花?」 「沙雪!い、今の誰?」 「ウチの学校の生徒会長やけど・・・って、まさか?!」 「生徒会長・・・。決めた!告白する!チョコ渡す!」 「ええええ?!なんやて!?それはいかん?!」 唐突な鏡花の宣言に、慌てふためく沙雪。 「私が誰に告白しようと勝手・・・ああ、沙雪、あなたも・・・?」 「うっ?!ん、んなことは・・・」 「だったらいいよねぇ?」 「い、いかん!うちも、負けんで!バレンタインに勝負や!」 二人の少女の、真っ赤に燃える冷戦が始まる。 ◇◆◇ あの日から二週間。学校と仕事に加え、チョコ作りというハードな日常。 慣れない作業に精神をすり減らしながら、少女たちはその日を迎える。 「で、こんな日に依頼とか大概にしてくれへんかなぁ・・・」 「仕方ないでしょ!さっさと終わらせるわよ!」 勝負の朝、突如現れた憑き神。その対応に駆り出されてしまう。 「せやけど、えらい街中やな。避難とか大丈夫やろか?」 「気にしても仕方ないわ!早く片付けるほうが先決!」 二人の会話は微妙にすれ違う。その違和感に気付くことのないまま。 「チョコレート憑き神・・・?なんてタイムリーな。」 「物・・・やないな。人が憑かれてるんか?」 商店街の中、暴れまわる憑き神。 「ミンナチョコレートニナッチャエー!」 溶けたチョコを辺りに塗りたくり、周辺はさながらお菓子の街になっている。 「アマクテオイシイチョコレート♪トカシテヒヤシテデキアガリ〜♪」 幸いにも、まだ犠牲者は少ないようだ。 「行くで!おりゃあああああ!!」 「はあああぁぁぁ!!」 いつもどおり、沙雪が突っ込み鏡花がフォローする。 「オラオラオラオラオラァ!!」 子憑き神に乱れ飛ぶ、拳の嵐。 「ハッ!トッ!テイッ!」 正確に勾玉を砕いていく、木刀の乱舞。 二人は瞬く間に子憑き神を蹴散らし、親玉と相対する。 「さあ、観念してもらうで!」 「おとなしくなさい?」 チョコレート憑き神を相手に凄む二人。 「ナンデ?ミンナチョコレートスキナノニ!ナンデジャマスルノ?!」 怯えたように暴れまわる憑き神。 「ああ、もう!抵抗すんなや!」 「・・・うざいんだから!」 懐に飛び込んでいく沙雪。憑き神の攻撃を先手を打って防ぐ鏡花。 「これで!仕舞いや!!」 沙雪の拳が、勾玉を捉える。 隠そうとするが、それよりも早く拳の連撃が叩き込まれていく。 「イヤアアアアアァァァァァァアアアア!?」 勾玉が砕かれ、異形化していた身体が、異界化していた街角が元に戻っていく。 その跡に残されたのは、沙雪と同じ制服を着た少女。 「美樹!」 聞き覚えのある声が響く。 「え?」「は?」 振り向くと、そこにいたのは・・・生徒会長だった。 「んん?あれ?まぁくん?」 生徒会長に抱き起こされ気が付いた、美樹と言うらしい少女。 「大丈夫?怪我は無い?」 「ほえ?大丈夫だよ?何かあったの?」 そのまま抱き寄せる生徒会長。 「よかった・・・」 「ちょ、ちょっと、まぁくん?痛いよ?・・・恥ずかしいよ?」 辺りから巻き起こる万雷の拍手。 そんななか、全く喜べない少女が二人。 「ね・・・あれ、何?」 「何やろか・・・。うちら、バカみたい・・・」 「ん、これ。」 「なんや?うちにくれるん?」 商店街から離れた公園のジャングルジム。沙雪と鏡花はその上で、背中合わせに座って空を見ていた。 「持ってても仕方ないじゃない。貴方の貰ってあげるから、こっちに寄越しなさい。」 「・・・せやな。ほい。」 少女たちはおもむろに包みを開け、中の黒い塊にかぶりつく。 「不味いわね。砂糖と塩、間違えたんじゃない?」 「あんたこそ・・・しょっぱいで?」 二人の頬に、夕焼けに紅く輝く光の筋が・・・見えたような気がした。 ◇◆◇◆ 「・・・で、見事に轟沈したんぇ。」 鈴華家の居間。時間にして30分程度。母の思い出話が終わる。 「あちゃ〜、目も当てられへんね・・・」 「失恋だったんですね・・・。」 娘たちは、神妙な面持ちで話を聞いていた。 「今じゃええ思い出ですけどなぁ。」 母は遠い目をして、昔を思い出していた。 「・・・鏡花はんって、雫のお母はんの?」 「十六夜神社の・・・?」 夏に出逢った少女とその母。 激しい戦いの末、助け出した母娘。 「・・・二人は会ったことあるんでしたね。そう。昔同級生で、戦友でもあったの。」 「せやったんか・・・。あのときの手紙はなんやったん?」 夏の出会いのきっかけ。 託された手紙の内容は何だったのか。 「ああ、あれは・・・暑中見舞いをかねた近況報告よ?あと、同窓会のお誘い。」 「へ?そんなん郵送すればよかったんとちゃう??」 「せっかくだし、届けてもらおうと思ったの。何か問題あったかしら?」 「そのおかげで姉さまと旅行できたし、月華ちゃんとも仲良くなれたし。」 「・・・せやな。問題あらへんね。いっぱい知り合い出来たし。」 そんな彼女たちに何が起きているかも知る由も無く。 美影と猫乃の夏の想い出は、心の中で輝いていた。 「これは姉さまに。あとは学校の友達にあげるんです・・・。」 「ん。ありがとな、猫乃。うちはこれを・・・」 出来上がったチョコを綺麗にラッピングしていく姉妹。 「直斗さん?」 「へ?い、いや、そんなことは・・・」 「いいなぁ・・・渡せなかったらくださいね?」 さらりとひどいことを言う猫乃。 「・・・お母はんでも振られたんやし、当たって砕けろや。」 母の話が、少女の恋心に勇気を与えていた。 その結末は、また別の話・・・。 |