〜憑神事変〜
作:十二屋月蝕様
ナコト映写室
| 地表から十数メートル下、数フロア分下った地下街の一角を、女が一人足早に進んでいた。 顔に微かな疲労を滲ませ、ハンドバッグを揺らしながら、歩いている。 時折手首に目を落とし、時計を確認する彼女の顔には、幾ばくかの険しさが滲んでいた。 走れば終電には間に合うかもしれないが、ヒールの踵が折れるかもしれない。 ヒールを脱いで走ればいいのだが、裸足で走るのは気が引ける。 悩みながら速足で進む彼女の脚が、やがて遅くなった。 遠くからシャッターに反射して、地下鉄の発車ベルと微かな振動音が響いてきたからだ。もう間に合わない。 「あーあ、どうしよう…」 地上に抜けて、タクシーを拾えば帰れるだろうが、適当なビジネスホテルにでも止まった方がいいほどの金額になるだろう。 それよりどこかで時間をつぶして、始発で帰ってから着替えた方がよさそうだ。 「さーて、どこで時間つぶそうかな…」 地下街のどこかにある24時間営業のネットカフェを脳裏にリストアップしながら、彼女はゆっくりと足を進めた。 日付も変わったこの時間、左右に並ぶシャッターに彼女の靴音だけが響いていく。 地下街を進み、角を曲がるにつれ、床面がリノリウム張りから石畳風、タイル張りから木材風へと変わっていく。照明や通路の雰囲気が変わっていくが、商店の戸口を塞ぐシャッターは変わらない。 地上へ続く階段を求めて進むうち、不意に彼女の脚が止まった。 通路の先に、天井の照明とは異なる明かりが灯っていたからだ。 節電のためか、他の通路より薄暗いそこを、彼女はゆっくり歩んでいき、シャッターの上がったそこで足を止めた。 そこは映画館だった。 ごくごく小さな、やや古ぼけたミニシアター。 映画のポスターが数枚と、入口に併設された小さな窓口が一つ。 顔を上げて、掲げられた看板を見ると、そこには『・・・映写室』とあった。 前半が読めないのは、照明の暗さと汚れが相まっているせいだ。 女は、窓口にゆっくり歩み寄ると、料金表に目を向けた。 入場料はごくごく一般的で、最近では珍しく一度入れば何時間いてもいい形式らしい。 ここで時間を過ごせば、タクシーで帰ったり、ネットカフェに泊まるより安くつきそうだ。 「あの…大人一枚…」 財布を取り出しながら、窓口に向かって言うと、窓口の奥からいやに白い手が差し出された。 その、枯れ枝におしろいを塗りたくったような痩せた掌に、彼女は料金を乗せた。 腕が引っ込み、直後入場券の半券が差し出される。 どうやらこの窓口はもぎりも兼ねているらしい。 半券を受け取ると、彼女は入り口から中に入った。 トイレと無人の売店が並ぶ、半ば通路のようなエントランスを抜け、カーテンのかかった戸口から劇場に入る。 座席の配置されたスロープの脇を通り、スクリーンの側に出る。 ちょうど映画と映画の間らしく、劇場にはぼんやりとした照明が灯り、スクリーンは暗い。 座席の方に目を向ければ、誰も座っていない八席の列が八段、スロープに設置されていた。 彼女は席の合間の通路を登ると、五段目の真ん中あたりの席に腰を下ろした。 スーツに皺がつかぬよう、軽く位置を整えると、スクリーンに目を向けた。 ミニシアターだけあって、よく通う映画館より小さなスクリーンだ。 一通り彼女が用意を整えたところで、劇場の照明が弱まり、劇場が暗くなっていった。 背後の映写室でごそごそと動く気配がし、直後スクリーンに光が宿った。 光はすぐに暗転し、映画の始まりを告げる。 「…」 彼女は腰を浮かして座る位置をなおすと、スクリーンに目を向けた。 さあ、映画が始まる。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ ゲートをくぐりロビーに出ると、一面の青空と低い街並みが二人を迎えた。 「はあ、やっと着いたなあ」 預けていた荷物と錫杖を受け取った少女が、ガラスの向こうの景色を見ながら、改めて呟いた。 「しっかし田舎やなあ、鏡都と違って高いビルが全然あらへんわ」 「まあ、福陸は玖州第一の都市とはいえ、鏡都には劣るだろう。比較するのが可愛そうなぐらいだ」 遅れてスーツケースを受け取った、犬のような耳を生やした男が、少女に並びながらそう応える。 「だが、美味い物は結構あるらしいからな」 「楽しみやね」 「仕事が終わってからだな」 錫杖を携える少女、鈴華美影と犬耳の青年、大神直人はそう言葉を交わすと、それぞれの荷物を手に歩きだした。 「大神さん」 ふと思い出したように、美影が傍らを歩む青年に声を掛けた。 「なんだ鈴華」 「なんというか、飛行機に乗っていた人数に比べて人が少ない気がするんやけど」 大神が見回すと、美影の言葉通り、エントランスはややまばらすぎた。 出迎えの人により過密ならばまだしも、鏡都からの便に乗っていた人数より少ないのだ。 「食事か、売店にでも寄ってるのだろう」 「そうかなあ?」 大神の推測に、彼女は疑問符を浮かべた。 「それより急ぐぞ。出迎えに来てもらってるんだからな」 「あ、待ってな」 二人はエントランスを通り抜けると、ガラス張りの自動ドアを抜けて外に出た。 左手に数台のタクシーが客を待っており、その向こうにはまばらに車の停まった駐車場があった。 「えーと…」 「あ、こっちでーす!」 迎えを探して見回す二人に、声がかけられた。 そちらを向くと二十代半ばほどの女が、乗用車の窓から軽く手を上げているのが見えた。 彼女は駐車場から二人の側へ車を寄せると、ドアを開いて降りた。 「福陸県警の末広琴奈です」 二人の前に現れたのは、スカートスーツを纏ったすらりとした女性だった。 懐から取り出された身分証には、目の前にいる女性と同じ糸目の顔が微笑んでいた。 「鏡都府警の方と、退魔士の方ですね?」 「ああ、そうだ。京都府警の大神直人だ」 「鈴華神社の鈴華美影です。よろしくお願いします」 大神が身分証を出し、美影がぺこりと頭を下げる。 「いえ、こちらこそご足労いただき、誠に感謝いたします。まあ、立ち話もアレですし、まずは宿に案内いたします」 末広は懐に身分証を納めると、車のトランクを開いた。 二人は、自分の着換えなどを入れたカバンを乗せると、乗用車の後部座席に腰を下ろした。 「シートベルトは掛けましたね?では、出発しまーす」 運転席から末広がそういうと、車両はゆっくりと動き出し、加速していった。 空港の駐車場を抜け、大木な道路に出る。 周りにはビルが林立してはいるものの、いずれもそこまで高くはなかった。 鏡都の中央部に比べて、やや車両の少ない通りと相まって、美影には少々閑散としているように見えた。 (なんちゅうか…こんなもんかなあ…) 「少しさびしい、って思いましたね?」 ハンドルを握る末広の一言に、美影は思わずどきりとした。 「あ、いえ、別にそんな…」 「いえいえ、あたしも以前鏡都に旅行に行って、帰ってきてから少しさびしいと感じましたから」 ルームミラー越しに美影の表情を確認しつつ、彼女は糸目をさらに細めて笑った。 「福陸市では、飛行場が街中に存在するため、条例で建築物の高さに制限がかけられてるんですよ。ですから、どうしても摩天楼の林立する他の大都市にはかないません」 ハンドルを切り、別の通りに入りながら彼女は説明すると、轟音が響いてきた。 車の窓から上を見れば、美影の目に低空を飛ぶ飛行機の底面が入った。これから福陸空港に着陸する飛行機だろう。 こんなに低空を飛んでいれば、建物の高さに制限がかけられるのも納得だ。 「しかし…建物の高さはともかく、あまり人通りが見られないのは何でだ?」 大神が末広にそう問いかけた。 美影も、その言葉に何となく感じていた寂しさの一因をようやく理解した。 「ええ、人通りの点についてですが…ああ、もうすぐですので、また後で」 末広は返答を中断し、ハンドルを切って車両をビルの一角、ビジネスホテルの建物にあいた、地下駐車場への入り口に滑り込ませた。 宛がわれたホテルの一室に荷物を置くと、美影と大神は末広の運転する車で、福陸警察署へ向かった。 とはいっても、移動に要したのはほんの数分で、実のところ徒歩でもよかったのではないかと言う気が二人の内にあった。 「さあ、着きましたよ!」 守衛に身分証を見せて敷地内に入り、駐車場の一角に停車する。 そして美影は錫杖を携え、大神は手ぶらで車を降り、署に入った。 末広の案内によって通されたのは、会議室めいた部屋だった。 内向きに開けられた扉には、『福陸地下街連続失踪事件捜査室』の張り紙がされており、室内にも写真や地図、書類などが貼られていた。 「末広です。鏡都府警からの助っ人をお連れしました」 入室と同時に末広が声を上げると、部屋中央のテーブルを囲んでいた面々が、顔を上げた。 「おお、やっと来たか」 テーブルを囲む署員の一人、口ひげを蓄えた中年の男が、入り口近くに立つ美影たちの下へと歩み寄る。 「どうも、福陸県警の中田川です」 「鏡都府警の大神です」 「鈴華神社の鈴華美影です」 中田川と握手を交わしながら、二人は簡単に自己紹介をした。 「さて、お二人には今回、事件解決のための助っ人としてお越しいただいたわけですが…『福陸地下街連続失踪事件』について、どの程度ご存じで?」 「新聞などで報道されている程度、と言ったところです」 事件の報告書や、捜査資料をまだ見ていないからだ。 「では、簡単に説明いたしましょう」 大神の言葉に、中田川は二人を壁の一角、福陸市の地図の貼られた場所へ導くと、地図を示しながら説明を始めた。 「ことの起こりは三ヶ月前、6人の男女がひと時に失踪した事件でした。6人には特に接点はなく、年齢もバラバラでした。その後も、数日置きに一人から数人程度で失踪事件が相次ぎました」 壁沿いに置かれた会議机の上のファイルを手に取ると、中田川はそれを大神に差し出した。 ファイルには行方不明者と思しき人物の顔写真と略歴、そして最後に目撃された場所が記された紙が、幾枚も挟まれていた。 「唯一共通点と思しきところは、行方不明者たちが皆、深夜に福陸の地下街を歩いているところでしょうか」 大神の脇からファイルを覗く美影にも、それはすぐにわかった。 目撃情報の欄に『福陸第二ビル地下』、『地下鉄大名西駅』などといった文字が、深夜の時刻とともに並んでいたからだ。 「そこで地下街を中心に捜査を行ったところ、憑神と思しき魔力が検知されました」 地図に目を向けると、行方不明者たちが最後に目撃された場所が画鋲で示され、魔力の検知された場所がペンで記されていた。 「魔力の検知により、我々は退魔士を含めた捜査班を再結成し、憑神の捜査を行いました。しかし結果は芳しくなく、それどころか行方不明者の発生も止まりませんでした。そしてついに先週、捜査班に所属していた退魔士の串田が痕跡も残さず消えてしまったのです」 ファイルの最後のページ、美影と大神に向けてほほ笑む少女の写真には、串田美樹という名が添えてあった。 福陸に存在する串田神社の退魔巫女で、美影には劣るものの将来を期待された実力者だったようだ。 「美樹ちゃん、か…」 彼女の帰りを待つ家族の心情を察し、美影はわずかに表情を曇らせた。 「それで今回の凄腕の退魔士として、鈴華さんと大神警部補をお呼びした、という訳です」 一通り説明を終えると、中田川は二人に向き直った。 「福陸という鏡都から少々離れた土地ではありますが、どうか福陸市民のためにもご協力をお願いします」 中田川の差し出した手を、大神はがっしりと握った。 「了解しました。協力して、この事件を解決しましょう」 「おお、ありがとうございます。退魔士の鈴華さんも、どうかよろしく」 「よろしくお願いします」 遅れて美影も、中田川と握手を交わした。 「それではさっそく、現場の確認を行いたいと思います」 握手を終えたところで、大神がそう口を開いた。 「ええ勿論。案内は、うちの末広警部補に任せますので」 彼の示した先で、末広がぺこりと頭を下げた。 「末広、案内と説明を頼んだぞ」 「はいはい、了解です」 中田川の命令にそう応じると、彼女は美影と大神に向き直った。 「では、現場を案内しますのでどうぞ」 末広の言葉に、二人は歩き出した。 「いやぁ、着いたばっかりだというのに、いきなり外回りに連れ出してすみません」 捜査室から少し離れたところで、末広が二人にそう話しかけた。 「いえ、ウチらとしても早くに解決できた方が良いですから」 気にするな、と言う意味も込めて美影が応じた。 正直、中田川の言動は半ば二人を追い出そうとするかのようだったが、ここでトラブルを起こしても事件の捜査が滞るだけだ。 「それに中田川警部も、顔見知りの退魔士が行方不明になったことで神経質になってるんでしょうね」 「うーん、それが半分に、お二人の活躍で手柄が半分になるってのも関係あると思いますよ」 「手柄が半分?」 分からなくはないが、そのぐらいのことで態度を変えるのだろうか。 「まあ、警察の連中と言うのは、よその所轄に協力してもらうのを嫌う傾向にあるからな」 美影の内心の疑問を読み取ったかのように、大神が口を開く。 「協力を仰いだ時点で、『自分たちでは解決できません』って言ってるのに等しいし、協力してもらってから解決しても功績は山分け。仮に俺たちが中心で解決すれば、手柄は殆ど俺たちが持っていくようなものだからな」 「そうそう、その通りです」 他の職員たちに聞こえないよう、やや小声で末広が同意する。 「それで、お二人にはほどほどに事件に関わってもらって、解決は自分たちで、って言うのが中田川さんの狙いなんですよ」 「何でそんなことを…」 市民の失踪は続いているのに、解決を長引かせるようなまねをして何になるというのだろう。 「まあ、偉い人の考えていることは良く分からない、ってことですね。徹底的に頭の悪い上司が応援要請もしない、って映画みたいな事態じゃないだけありがたいです」 末広は小さく手を広げ、軽く頭を振った。 そのしぐさに、彼女が中田川に対しいくらかの不満を抱いていることを感じ取り、美影と大神の内にわずかな親近感が芽生えた。 やがて三人は自動ドアから署の外に出た。辺りを囲むビルが低いせいか、いくらか空が広く見える。 「さて、署を出たことですし、格式ばった敬語もやめにしませんか?」 少し伸びをすると、末広は二人に糸目を向けながら言った。 「私のことは末広でも末広さんで、敬語も結構ですよ?」 「じゃあ、お言葉に甘えて…末広さん?」 「はいはいなんでしょう美影ちゃん?」 歳の離れた従妹でも呼ぶかのような末広の声に、美影はくすぐったさを感じた。 「大神さんも、ほらどうぞ」 「…ええとだ、末広警部補…」 「大神さんの分まで砕けて、『直斗くん』って呼んじゃいますよー?」 「わかった、末広。『直斗くん』は勘弁してくれ」 「はいはい」 苦い顔で妥協した大神に、末広は満足げに頷く。 「それでだ、末広」 「なんでしょう?」 「現場はあちこちの地下街と言うことだったが、移動手段はどうするんだ?」 大神の言葉に、美影も彼の言わんとすることに気が付いた。 「ああ、地下鉄があるので、それを使いますよ。お二人の分の数日間フリーパスもありますので、運賃は心配ご無用」 「まあ、地下鉄は聞いていたからわかるが、地下街と地下街の間の移動はどうするんだ?」 「…もしかして、地上に上がったり地下に下りたりするん?」 美影の口をついた不安に、末広はあはは、と笑った。 「何言ってるんですか、地上には出ませんよ?」 彼女の言葉に、二人は疑問符を浮かべる。 「まあ、実際に見たらわかりますから」 三人は警察署の敷地から出ると、すぐ目の前に口を開いていた『福陸地下鉄 警察署前駅』の入り口の階段から、地下に下りて行った。 「そういえば、ホテルへ案内しているときに、『なぜ人通りが少ないのか?』って話してましたよね?」 「そういえば…」 「うやむやになって忘れていたが」 階段を降りながら、二人は車中での会話を思い出した。 「その答えがここにあります」 階段の半ば、踊り場に設置された自動ドアが開くと、ガラス戸の向こうから喧騒が響いてきた。 一段ごとに、階段に遮られていた地下の様子が露になっていく。 そして地下まで残り数段、というところで美影と大神の目に、地下の様子が映った。 「さあ、ようこそ、福陸地下街へ」 数歩先に階段を降りた末広が、振り返りつつ二人に向けてそう言った。 彼女の背後には、左右に向こうが見えぬほど伸びる地下街が広がっていた。 「な、なんやこれ…」 美影は呆然と左右に目を向けながら、そう呟いた。 鏡都にももちろん地下街はある。だが、彼女らの前に広がるのは、端の方が見えなくなるほど長い通路と、左右に並ぶ店舗だった。 通路を行き交う人々は、地上の道路に比べて通路の幅が狭いというのもあるだろうが、かなり多い。 まるで、地上を歩いていた人間すべてが地下に入ったようだった。 「広いな…」 「どこまで続いとるん…」 「一応、福陸地下鉄の駅は、地下鉄を使うことなく全部回れます」 「そんなに」 呆然と呟いた疑問への回答に、美影は感嘆の声を漏らした。 「福陸では建物に高さ制限があるせいで、収容量にどうしても限界が出てくるんですよ。そこで、2000年代に入ってから新たに建設されるビルの多くが地下階層を増やし、実質階層を1.5倍から2倍にしたんです」 歩き出した末広に、二人が付いて行く。 「そして、福陸地下鉄の新路線建築に伴い、地下十数層にまで及んでいた各ビルの地下階層を、このような巨大地下街で相互に連結したんです。その結果、国内でも類を見ない規模の地下街が完成した、という訳です」 「しかし、強度とかの問題はどうなんだ?地下街の拡大とか言って、掘り下げると地盤とかが関わってくるんじゃないのか?」 大神の疑問に、末広は振り返ってニッと笑った。 「その点は大丈夫、福陸地下街は下に掘り下げるのではなく、横方向に広がるようにして拡大してきました。それに、地下街が通っているのも道路の下なので、強度的な問題もクリアーしているそうです」 「へえ…」 美影は彼女の解説に、感嘆の声を漏らした。 確かに道路の下を通るのならば、地下街にかかる荷重が地上に建物がある場合よりはるかに少ない。 そして地下鉄の拡大に合わせて地下街が広がって行けば、ゆくゆくは福陸市全体の地下に地下街が出来上がることであろう。 「まあ、そのほかにも雨対策の排水路とか、換気路とかありますけど、その辺は良く分からないので勘弁してください」 弾が尽きたのか、末広はそう言って地下街紹介を締めくくった。 「では、SF映画みたいな福陸地下案内はこれぐらいにして、事件現場探索に参りましょう」 末広のその言葉には、これまでとは違う独特の緊張感が宿っていた。 地下街を進み、末広から手渡された地下鉄のフリーパスを用いて、一行は最初の現場を訪れた。 そこは、福陸地下街初期ごろの通路で、高さの異なるビルの地下階層をスムーズに連結するため、なだらかなスロープになっている場所だった。 右手には鞄やベルトの店があり、左手では有名ドラッグストアのチェーン店がコマーシャルソングを流していた。 「23時から23時30分までの間、この通路を通過しようとした6人が失踪しました」 末広の説明に、美影は辺りを確認した。 この通路は地下街とビルの地下フロアを接続しており、傍らには直接地上につながる階段も存在する。 件の時間帯、地下鉄に乗るためか外に出るためか、目的はおのおの違うだろうが、30分の間に6人が消えた。 美影は目を閉ざし、意識を凝らした。 目蓋の裏の闇に、いくつものぼんやりとした光が宿る。 さまざまな大きさと色を備えた光の靄は、辺りに存在する霊力や魔力を視覚的に感じ取ったものだ。 彼女は意識的に、生きている人間の霊力を無視した。すると、視界を埋め尽くす靄の大部分が掻き消え、ナメクジの這った後めいた痕跡だけがいくつか残る。 妖魔や憑神など、人外の者の魔力の痕跡だ。 明るく人通りが多いとはいえここは地下。本来なら地中を這いずる魔の気配が、いくらか感じられた。 「末広さん」 「何?美影ちゃん」 目を閉じたままの美影の言葉に、末広は特に何事もない様子で応えた。 「この場所で、最初の事件以降行方不明者は?」 「出てないわね」 手帳に簡単な情報をまとめていたのか、ぱらぱらとページをめくるような音とともに、末広の返答が届いた。 (うーん、と言うことは…) 経験をもとに時間経過による減衰を考慮して、魔力の痕跡を取捨選択し最初の事件、すなわち三か月前の痕跡だけを選び抜く。 その結果、視界の一部分に、通路の壁に沿うようにしてそびえ立つ魔力の痕跡が浮かび上がった。 「これやね」 目蓋の裏の痕跡を見つめながら、魔力を見るのをやめ、目を開く。 すると魔力の痕跡と、現実に存在する何かの位置が重なり、逃走経路や犯罪の手口が露になる。 はずだった。 「あら?」 美影の口から、思わず声が漏れた。 床から天井まで伸びた魔力の痕跡があった場所には、店舗も脇道もメンテナンス孔も消火栓も張り紙も何もなく、ただ大理石風の模様が浮かぶ壁面だけがあったからだ。 「そんなアホな」 慌てて目を閉じ確認するが、魔力の痕跡は壁の表面に残るばかりで、その向こうにあるかもしれない空間には続いていなかった。 この壁の辺りで何かしたのは確かだが、通路を伝ったり壁の向こうに逃げた痕跡はない。 この場で消えてしまっているようだった。 「大神さん…」 「鈴華、言いたいことは分かるが、ちょっと待ってくれ…」 目を閉じ、魔力を嗅ぎ分けることができる嗅覚に意識を集中させる大神が、美影の言葉にそう返した。 深呼吸めいた様子で魔力を嗅ぎ、三か月前の臭いを洗い出す。 そして、美影とほぼ同じ結論に、再びたどり着いたところで、彼は目を開いた。 「どうやった?大神さん」 「ああ、何というか…」 「ここで発生して、ここで消えていった、みたいな感じでしょう?」 目を合わせる二人に、末広が話しかけた。 「福陸県警の鑑識も、串田さんところの巫女さんも、現場回って首かしげてましたからねえ。ちょっとしたミステリーものの映画じゃあるまいし」 二人の検分結果が間違いでないことを保証するように、彼女は身内の様子も語った。 「うーん、でも単純に時間経過で魔力が薄れてるだけかもしれんし…」 魔力の痕跡は、妖魔や憑神のとどまった時間に応じて蓄積される。その場に座り込めば色濃く残り、通り過ぎた程度ならすぐに消え去る。 「最初の事件では、三十分の間に六人が消えたというから、最低でもここには三十分はとどまっていたはずだ。三十分かけて蓄積した痕跡と、移動の際のわずかな残り香を比較するのは間違っている」 この場で発生消滅したような推測を否定するように、大神が声を上げる。 「そうやね…最初の現場でもたつくより、とっとと全部回って共通点見つけ出した方がええな」 大神の言わんとすることを察して、美影も頷いた 「広阪、次の現場まで案内してくれるか?」 「了解しました」 三人はそう言葉を交わすと踵を返し、地下鉄駅へと向かっていった。 その後、地下鉄を乗り降りしながら、三人は行方不明者の発生した現場を見て回った。 おおよそ行方不明者の出たポイントを検分し、魔力の痕跡を探る。 中田川の言っていた通り、場所こそ地下街であるものの、一見何の共通点もなさそうだった。だが、魔力の痕跡は店舗や通路の脇道などではなく、何もない壁に残されていた。 新しい現場になるにつれて、魔力の痕跡は明瞭且つ濃密なものになっていった。 だが、その一方で残っているべきはずの、移動を示す魔力の痕跡は見つからなかった。 「どういうことなん…?」 つい一週間前の現場を検分し、ここでも移動の痕跡が残されていないことに、美影は疑問の声を漏らした。 「ええと、末広さん、ここでは何分ぐらいやったっけ?」 「だいたい、十分ぐらいですね」 手帳を確認する末広が、行方不明者一人が消えたと思われる時間を答えた。 僅か十分。美影の観測した魔力は、一週間前に十分で刻まれたものにしては、濃密であった。 「この事件の犯人が憑神で、これまでの行方不明者を全て吸収してたとすれば、自然な痕跡だ」 強力な妖魔や憑神であればあるほど、痕跡も濃密なものになる。 そう、ただ通り過ぎるだけでも、弱小妖魔が二、三日かけて刻み込んだ痕跡を塗りつぶすほどの魔力が、辺りに刻まれるはずなのだ。 しかし、美影も大神も、壁に残された痕跡のほかに、移動を示す魔力の痕跡を見出し、嗅ぎ分けることは出来なかった。 「もしかして、ホントにここで発生して消滅したんやろうか…?」 形も維持できないレベルの弱小妖魔ならまだしも、十数人を連れ去った憑神にはあるまじき推測を、美影は痕跡から立てつつあった。 「いや、そんなはずはない」 大神が、美影の言葉に再び魔力を嗅ぎながら言う。 「一見すると自然に生じたように見えても、実はどうにか移動しているはずだ。雑草なら、自然に生じたように見えるかも知れないが、こいつは違う。草の種がどっかから飛んでくるように、この痕跡の主もどうにかして移動したはずだ」 大神は目を閉じたまま顔をあちこちに向け、広い範囲に意識を向ける。 だが、辺りの床はおろか、周りの壁や天井、果ては壁の向こうにも魔力の痕跡はなかった。 調べれば調べるほど、行方不明者たちがこの場所で消えたように、犯人もまたこの場所から消えてしまったように思えてくる。 「んなはずないよなあ…」 美影もまた、大神に倣って辺りを確認し始めた。 もしかしたら、壁に張り付いていたのが一足とびに離れた所へ跳躍したのかもしれない。 同質の魔力の痕跡を求めて、目を閉ざしたまま辺りに顔を向ける。 しかし見えるのは、人や微弱な妖魔の痕跡ばかり。数分留まるだけでも強烈な痕跡を残す憑神のものは… 「ん?」 視界の端を掠めた痕跡に、彼女は顔を向け直した。 少し離れた場所に、この場所と同じ魔力を見出したからだ。 「大神さん、ちょっとあっちの靴屋の方見て…」 「うん?」 大神が彼女の言葉に、顔を向けて深く息を吸った。 「向こうの方から魔力の臭いが…」 二人は目を開くが、視線の先、もう一つの魔力の痕跡が残っていたのは、やはりただの壁だった。 「あっちを見てみよう」 大神が歩きだし、美影と末広がそれに続く。 そしてもう一つの魔力の痕跡、靴屋と小さな中古CDショップの間の壁の前で二人は足を止めた。 「ここだ。ここに痕跡がもう一つ残ってる」 「ここは…ウチの鑑識は気が付きませんでしたね。見落としだなんて、探偵ものの映画みたい」 末広が二人に、この場所がノーマークだったことを言う。 「鑑識を呼んで、この辺りも調べさせよう」 「でも一週間前ですから、魔力以外の証拠品が残ってますかねえ…?」 「さあ、分からない。だが、同質の魔力が残されているからには、何らかの関わりがあるはずだ」 壁に残されていた痕跡は、美影の頭から胸ほどの高さにで、幅は美影の肩より広いほどだった。 「…うーん、やっぱりここも移動の跡はないみたいやね…」 近くで改めて魔力を検分するが、壁にへばりつく魔力のほかは、やはり何の痕跡もない。 「後は鑑識による他の証拠待ち、というところか」 「そうみたいですね」 末広は大神の言葉に頷くと、懐から携帯電話を取り出した。 「じゃあ今から鑑識を呼びますね。検証には私が立ち会いますので、お二人は一旦捜査本部に戻ってもらえますか?」 「へ?何で?」 当然検証には立ち会う物、と思っていた美影が、思わず声を漏らした。 「俺たちも立ち会わなくていいのか?」 「ええ、一度検証した現場の再検証ですし、お二人はここで立ち会うより本部で事件の資料を確認してもらった方がいいでしょう?」 「まあ、そうやけど…」 「お言葉に甘えさせてもらおう、鈴華。実際、ここで鑑識を見守るよりも、これまでの事件について頭に入れる方が、解決につながる」 大神が、美影にそう言った。 「署までの道順は分かりますか?」 「大丈夫だ、覚えている」 末広に向けて彼は頷いた。 「では、また署で会いましょう」 「ああ」 「末広さん、またあとでな」 美影と大神は、そう末広と言葉を交わすと、地下街を歩きだした。 地下鉄を移動し、捜査本部に戻って、二人は中田川に最近の事件で新たな痕跡を発見した、と報告した。 だが、末広が鑑識を呼んだ際に報告したのか、彼は既に知っていたようだった。 その後は、これまでの事件の詳細について、ようやくファイルを読み始めたのであった。 「あー、わからんなあ…」 パイプ椅子に腰掛け、会議用テーブルに突っ伏すように顎を載せながら、美影はそう呻いた。 伸ばした両腕の先には、各々の事件についてまとめられたファイルが握られている。 ファイルに記されているのは、現場の見取り図や遺留品、近隣にいた者の証言などだ。 もっとも、証言については深夜帯であったためか、まったくと言っていいほどなかった。 断片的な情報から、一体何が、何の目的で、どうやって人々をさらっているのか。推測するのは実に困難だ。 「う〜〜、なんで碌に魔力がのこっとらんの〜?」 「そう根を詰めるなよ。まあ初日だからな」 微かに痛むような気がする脳みそに、大神の言葉が染み入ってくる。 「むしろ推理仕事に集中しすぎて、向こうさんからやってきたときに後れをとるってのが、一番まずい」 「うーん、せやね」 大神の言うとおり、事件の推理はほどほどにして、いつでも戦えるよう体調を整えていた方がいいのかもしれない。 美影はファイルを閉ざすと、身を起こしながら会議机の上にそれを置いた。 「うーん…」 伸びをして目を開くと、壁に掛けられた時計が目に入った。 時刻は午後9時。どうやら想像以上に事件のファイルを読みふけっていたらしい。 「もうこんな時間か」 同じく時計を確認した大神が、ふとつぶやいた。 「お前はそろそろホテルに戻るか?」 「うん、そーしたいけど…大神さんはどなんする?」 「俺はもう少し調べたいところだが…今日はこのぐらいにしよう」 美影と同じく、開いていたファイルを閉ざしながら、大神はそう言う。 そしてファイルの位置を整えると、彼は立ち上がった。 「それでは今日のところは失礼します」 「ああ、おつかれさん」 「お疲れ様ですー」 二人は立ち上がると、部屋に残っていた刑事の一人に向けてあいさつし、捜査本部を後にした。 昼間に比べて人通りの少なくなった廊下を進み、通用口から署を出る。 そして地下街に入ると、ホテルに向かうため地下鉄を目指した。 シャッターの降りた地下街を進み、地下鉄の通っているフロアに向けて階段を下りた。 「ん?」 通路を進む中、美影が視界の端を掠めた何かに、彼女はふと声を漏らした。 「どうした?」 「今何か動いたような…」 足を止めて背後を振りかえると、美影はすぐに何を見たのか理解した。 それは壁に掛けられたモニターだった。 数十秒おきに映画のポスターが切り替わる、ポスターサイズのモニターの広告だ。 だが、表示されているのは最新の映画ではなく、二十年以上前のカンフーアクション映画だった。 「なんやのこの広告…」 「珍しいな、名画座の広告か」 「名画座?」 数歩戻って、モニターを見返す美影に、大神が言った。 「ああ、座席数が少なく、古い映画を上映している種類の映画館だ。鏡都ではもうほとんど見ないが、福陸みたいな地方都市ではまだやってるようだな」 「へえ…」 大神の説明を聞きながら、目をモニターポスターに向けると、ちょうど画面が切り替わったところだった。 以前に母親がDVDで借りて来たのを見たことがある、中国が舞台のカンフーアクション映画から、『吸血鬼と映画の関係とは!?』という煽り文句の描かれたホラー映画だった。 「どこやろう」 「あそこだ」 モニターポスターから目を離し、大神の指す方向を向くと、T字路になった通路の突き当たりに小さな映画館があるのが見えた。 『ナコト映写室』と記された看板が掲げてあり、その下にポスターが数枚と窓口が一つ、そして小さな出入り口が並んでいた。 やはりそこまで大きい映画館ではないようだ。 「あれかあ」 ポスターを見ると、上映されているのは美影もテレビで見たことのある映画が多かった。 家のテレビで見ても面白かったが、映画館のスクリーンならばもっと面白いだろうか。 「寄って行く時間はないからな」 「わかっとる」 二人はモニターポスターから目を離すと、止めていた足を地下鉄の駅に向けて進めていった。 しばしの間、モニターポスターが見る者もいないというのに、黙々とポスターを切り替えていた。 やがて、通路を通って一人の男が歩いてきた。 スーツ姿の、どこか疲れた様子のサラリーマン風の男だ。 彼は、視界の端を掠めたモニターに、ふと足を止めた。 「……?」 男は怪訝そうな様子で、切り替わっていくモニターポスターを見る。そして、最後に表示された案内図を目にし、そちらのほうに顔を向ける。 ポスター通りの位置に、ミニシアターが存在した。 「……」 男は表情を緩めると、劇場に向けて歩きだした。 程なく窓口にたどり着き、小さな窓口に向けて、大人一枚、と声をかけた。 すると若い女の声が金額を告げながら、窓口の奥から柔らかそうな手が差し出された。 男は手の上に入場料を払うと、手が引っ込んでから出てきた半券を取った。 帰る前に一本見よう。そんな軽い気分だった。 翌朝、美影と大神は、通勤ラッシュを避けて早めにホテルを後にした。 地下鉄を使い、地下街を抜けて警察署に顔を出す。 「おはよーございます」 「おはようございます」 「ああ、おはよう」 二人のあいさつに帰ってきたのは、やや機嫌が悪そうな中田川の声だった。 「どうしました?」 「ああ、どうやら昨日行方不明者が出たらしくてね」 大神の言葉に、何やら書類に筆を走らせていた中田川が応じる。 「いま、念のため末広に地下街の監視カメラのデータを洗ってもらっているところだ。ただ帰宅出来てないならいいのだが…」 ここ最近の失踪事件によるものか、少々の行方不明でもここに情報が届くようになっているらしい。 「それで、君たちは何か収穫はあったかね?」 「まあ、魔力の痕跡を見たところ、痕跡の残っている場所で憑神が発生し、そのまま消えて行ったという推測ができた、というところでしょうか」 大神が、収穫とも言えない昨日の推測を口にした。 「成程、我々と変わりなかった、ということか」 ふん、と中田川は鼻を鳴らした。 「まあ、捜査資料もろくに見てない状態で現場を回りましたからねえ」 「昨日たっぷり見させてもろたから、今日からはバリバリやらせてもらうで」 中田川の挑発めいた言葉に、二人はやる気のようなものを見せた。 「せいぜい、鏡都府警のコンビに期待させてもらおうかね」 そう中田川が口にしたところで、彼の側に据え付けられた固定電話が呼び出し音を鳴らした。 「はい、こちら『地下街連続失踪事件捜査本部』」 中田川が受話器を上げ、電話に出る。 「ああ、お前か…それで…?…うん…?なんだと…?」 受け答えを交わすうちに、中田川の表情が険しくなっていく。 「そうか…分かった、今から人を寄越す。お前はデータを確保して、現場へ向かえ」 中田川が受話器を下ろし、二人に目を向ける。 「末広が、昨夜の行方不明者の足取りを掴んだ。これまでと同じく、カメラの死角に入ったきり消えてしまったらしい」 「ということは、『連続失踪事件』に?」 「加わることになる」 中田川が頷いた。 「君たちには現場に行ってもらいたいのだが…」 「場所はどこですか?」 「それが、だ…」 美影の問いに、彼は苦々しげに応じた。 「『福陸地下鉄警察署前駅』近くの地下街だ」 二人と鑑識が現場に着くのに、徒歩で十分とかからなかった。 覚えのある道を、数人で進んでいく。やがて、末広の指定した地点に着くと、鑑識たちは散らばって、近辺に『立ち入り禁止』のテープで柵を立てた。 「はあ…ちょうどウチらがここ通った後みたいやねえ…」 めいめい地面に屈み、遺留品を探す鑑識の面々を見ながら、美影はふと呟いた。 「もうちょいウチらが遅ければ、現場を押さえられたかもしれへんのに…」 「なに、署の近くで行動に出るのは、調子に乗っている証拠だ。向こうの方からじきにボロを出すはずだ」 美影の言葉に、大神はそう応じた。 「この調子なら、次の事件で犯人は昼間に仕掛けるか、大人数を狙うか、大胆に動くはず」 「向こうからウチらに仕掛けてくる可能性もあるな」 「ああ」 大神は頷いた。 「それにしても…」 ふと、美影が何かに気がついたようにあたりを見回した。 「どうした?」 「何か…なーんか、違うような気がして…」 「時刻が違うからではないのか?」 『立ち入り禁止』の柵と屈む鑑識の面々、そして開店中の店舗と行き交う人々による雰囲気の違いが、違和感を生んでいるのだろうか? 美影は違和感の正体を探るべく、周囲に目を向けた。 靴屋にチケット屋に服屋。地下ということもあってか小さな店舗が、通路に沿って並んでいる。 目を右に左に移しながら確認していくが、閉じていたシャッターが上がっていること以外、変化は見いだせなかった。 (やっぱり気のせいやろか?) 通路に並ぶ店舗を確認するうち、彼女の胸中にそんな思いが浮かんだ。 やがて、彼女の目は店舗を統べて確認すると、通路の突き当たり、T字路の壁で止まった。 「……うん…?」 何かがおかしい。 鑑識が屈む辺りを見ていた彼女の胸中に、一層強くなった違和感が湧く。 「…あ」 「どうした?」 美影の漏らした声に、大神が声を掛ける。 「今気が付いたんやけど…映画館が無くなっとる」 昨夜通りがかった時に見かけた、小さな映画館が消え去っていることに、彼女はようやく気が付いたのだ。 代わりに存在するのは、人目にあまり騒がしくない、落ち着いた色調の壁だった。 と、その時、通路の突き当たりの壁に向かっていた鑑識の手の中の機械が、甲高い電子音を立てた。 「魔力を検知。範囲と強度の測定に入る」 ファイルに記載するため、正確な計測器具を準備する鑑識の声に、彼女は目を閉ざして顔を壁の方に向けた。 店舗や通路が闇に消え、霊力と魔力の靄が視界に浮かぶ。 鑑識の面々の靄の側にあったのは、これまでと同じく壁に張り付く大きな憑神の魔力だった。 彼女は壁の魔力を確認すると、目を閉ざしたまま顔を巡らせる。 「やっぱりな…」 通路の一角、モニターポスターの掲げてあったはずの場所に貼りつく魔力の痕跡に、美影は自身の推測に確信を強めた。 あの映画館が憑依神だったのだ。 「大神さん、今わかったんやけど、昨日の映画館が憑神やったみたいや」 「ああ、どうやらそのようだな」 あったはずの映画館とモニターが消滅し、代わりに魔力の痕跡が残されている。 それだけで、十分だった。 「やけど…今度はどうやってここからおらんくなったのかが分からへんのよ」 「昨日の痕跡だというのに、他の痕跡が一切残されていないからなあ…」 ごく短時間で消滅するはずがない。 文字通り、その場で消えたかのような痕跡に、二人は首をひねった。 「いや…一つだけ可能性がある」 「へ?」 不意に大神の漏らした言葉に、美影は彼の顔を見た。 二人が署に戻った後、しばしの間を置いて、捜査本部に捜査員たちが集められた。 一連の事件について、二人が分かったことと推測を伝えるためだ。 「…以上の理由で、ミニシアター『ナコト映写室』が一連の事件の犯人だという推測に至りました」 美影は、捜査本部で捜査員たちを前に、そう自身の推測を締めくくった。 捜査員たちの表情には、一連の情報がつながったことによる納得と、『よそ者』による解決を許してしまったことに対する苦々しさが同居していた。 「なるほど…つまり、複数個所に同質の魔力が点在していたのはポスターと映画館の二つに分かれていたから、ということか…」 中田川が、美影の推測を簡単にまとめる。 「では、移動の痕跡も残さず、現場から立ち去ったのは?」 「まさか、その場から消えてしまった、とでもいうつもりではないだろうな?」 捜査員の間から、中田川の追いうちに対する苦笑が漏れた。 「その件については、私が説明します」 席についていた大神が、ノートPCを手に取りつつ立ち上がった。 「痕跡を残さなかった件についてですが、説明の前に以前に鏡都府警が入手した、妖魔に関する興味深い資料をお見せします」 大神は捜査本部、本来は会議室に据え付けられていたスクリーンを下ろすと、旧型のプロジェクタを起動し、ノートPCと接続した。 するとスクリーン上に、既に起動してあったノートPCの画面が表示される。 一同の目に入ったのは、複数並ぶ動画ファイルだった。 大神がPCを操作し、動画ファイルの一つを再生する。 動画再生ソフトのウィンドウが表示され、動画の再生が始まる。 「ぶふっ!?」 スクリーンに大写しになった、見覚えのある妖魔の姿に、彼女は思わず息を噴き出した。 「どうしたのかね?」 「いえ、すみません…変な所に息が入って…」 むせたように数度せきこみ、無理やり呼気を押さえ込んだ。 一同がスクリーンに目を向けると、大写しになっていた妖魔が数歩退き、全身が画面の左側に映るように位置を移動していた。 妖魔が捜査員一同、つまりはカメラに向けて軽く手を振ると、掌の中央と胸がぼんやりと発光した。 旧型のプロジェクタを通しているためか、いくらかぼやけていたが光っているのは何かの模様のようだ。 妖魔は掌の模様と、胸の模様をゆっくりと重ねた。 二つの模様が接触した瞬間、妖魔の体が粉微塵に飛び散った。 どこが何を構成していたのか分からなくなるほど、文字通り粉末状になったのだ。 だが、黒い粉末は地面に飛び散るわけではなく、風に吹かれたように空を舞い、画面の右側に集まっていった。 そして録画されたつむじ風が逆再生されるように、粉末が寄り集まって形を成していく。 数秒後、寄り集まった粉末が妖魔の形となった。 最後に妖魔が胸から掌を離すと、動画ファイルが終了した。 「ただいまのビデオファイルは、『微細分解方式による移動魔術』の資料です」 妖魔が粉みじんになったシーンまでファイルを巻き戻しながら、大神が解説する。 「自身の体を微細な粉末に変換し、別な場所で再構築するという移動魔術です。本来ならばこれは、通常では通り抜けられないような隙間を通過するのに用いられます」 画面上で妖魔が再び砕け散っていく。 「ですが注目すべき点は、粉末と化した妖魔の身体の魔力容量です」 言葉とともに大神がPCを操作し、別のファイルを再生する。 表示されたのは、色の濃淡だけで表された若干不鮮明な映像だ。 「こちらは最新式の魔力検知撮影機器で、先ほどの録画像と同時に計測撮影したものです。画面には、魔力量に応じた色の濃淡で被写体が表示されます」 説明を挟んでから、静止していた画面が動き出す。 すると、もやもやとした妖魔と思しき色の塊が、その手を自身の胸に当てたと同時に、粉々に砕け散って画面上から消え去った。 無論消え去ったわけではないのは、先ほどの映像ファイルで分かっている。 しかし、少なくとも一同の目には消え去ったように見えたのだ。 「ご覧になった現象について説明しますと、これは撮影機器の設定によるものです。通常、その場にいる虫や魔力の痕跡などを検知しないように、一定値以下の魔力についてはこれを無視するようになっているのです」 「つまり、細かく砕けたから、一粒一粒の魔力が少なくなって、消えたように見えたと?」 「その通りです」 中田川の言葉に、大神は頷いた。 「しかしそんな当たり前のことを今更…」 「それに、その資料映像と今回の事件について何の関係があるのかね」 「お気づきになりませんか?細かい粒となって、粒一つ辺りの魔力量が減れば、空間に残される痕跡も微小なものになるのです」 大神がそこまで言ったところで、ようやく福陸県警の捜査員たちは彼が何を言わんとしているのか、また一連の事件の犯人がいかにして痕跡を残さず移動できたのかに気が付いた。 「そうか…微小な痕跡だったら、あっという間に消滅してしまうわね」 「だから、現場には壁に貼りついてた跡しか残ってへんかったんや」 末広と美影が、そう憑神のトリックをまとめた。 「しかし、そこまで分かったところでどうするのかね?相手が映画館型の憑神で、仮に見つけ出したとしても、粉になって逃げられるのではないのか?」 「そう、そこが問題です。ですから、ここで皆さんの協力が必要となるのです」 大神はそう、捜査本部の面々に向けて言った。 警察官の巡回により、件の映画館が発見されたのは、二日後のことだった。 昨日まで何もなかったはずなのに、ミニシアターが門を構え、その近くにポスターモニターが設置してあったのだ。 捜査本部はミニシアターが突然発生したことを、地下街の管理事務所や、近隣の店舗を通じて確認を取った。 そう、この映画館こそ、福陸県警が探し求めていた「ナコト映写室」なのだ。 「にしても…ものものしいなぁ…」 「ナコト映写室」を前に、美影は地下街を封鎖する警官や、控える対妖魔部隊を一瞥して美影はそう呟いた。 対魔処理の施された防護服を纏い、銃器を手にしたその姿は、まるで現場に突入する直前の特殊部隊のようだった。 だが、彼らの多くの仕事は、「ナコト映写室」の逃走防止と、逃走の場合の追跡である。 劇場に直接突入して憑神を攻撃するのは、美影と大神、そして末広から成るチームだった。 「全く、こなに特殊部隊おるんやったら、コイツら突入させりゃええのに…」 「この『ナコト映写室』がダミーと言う可能性もあるからな」 「むしろ、少数精鋭で突入の方がワクワクするじゃないですか、映画みたいで」 下手すれば命に関わる状況だというのに、末広はどこか楽しげな様子で拳銃の弾倉を確認していた。 「作戦をもう一度確認するぞ」 大神の一声に、突入チームは作業の手を止めた。 「あと十分で、俺たちが『ナコト映写室』に突入し、内部で暴れまわる。おそらくあそこにあるのは人を捕えるためのダミーだろうから、ある程度ダメージを与えれば退散するはず。そのあとは対妖魔憑神チームが逃走する『ナコト映写室』を追跡し、本体を叩く」 「あそこにおるのが本体やった場合は?」 「応戦しつつ、殿が退却し、外のチームに連絡して再突入だ」 確認の意味も込めた美影の問いに、大神は答えた。 「仮にあたしたちが中で全滅した場合は?」 「一定時間経過しても動きが無い場合は、外のチームが突入する」 末広の発した最悪のパターンにも、外のチームの動きを確認した。 そして、質問形式の作戦確認を数度繰り返したところで、時間となった。 「じゃあ行くぞ」 大神が立ち上がりつつ、拳銃のスライドを前後させる。 弾倉から弾が薬室に送り込まれ、いつでも発射可能になった。 「作戦開始!」 「外チームは待機!」 「内チームは突入!」 作戦開始の合図が地下街に飛び交い、対妖魔憑神部隊の面々が銃を握り直す。 三人は、彼らの合間を縫って劇場の前に立つと、隊列を組んだ。 大神が先頭、末広が殿、美影がその間の縦列隊系だ。 「行くぞ」 大神は姿勢を低くし、ポスターの張り付けられた壁沿いに進むと、十を向けながら窓口を覗いた。 しかし、その中に人影はなく、ただ濃厚な魔力の臭いだけが立ち込めているだけだった。 「…」 大神は魔力を嗅ぎ、近辺に敵がいないことを確認すると、背後の二人に向けてハンドサインを送った。 美影と末広が、『ついて来い』の合図に足早に移動する。 受付の前を通り抜け、小さな入り口から三人は劇場に侵入した。 微妙に薄いカーペットの敷かれた、半ば通路のようなロビーが、三人を迎えた。 元売店と思しき無人のカウンターが右手に。その左右にドアが一枚ずつ。そして通路の突き当たりに、カーテンのかかった大きな扉が一枚あった。 「…!鈴華…!」 カーテンの向こうから漂う、濃厚な魔力の臭いに、大神は美影を振り返った。 「うん、うちも見えた…」 カーテンの向こうから漂う濃密な魔力に、二人はその向こうに憑神本体がいることを確信した。 「……」 大神のハンドサインに、美影と末広が位置を入れ替える。 大神と末広が飛び込んで銃撃し、相手がひるんだところで美影が突入するためだ。 そして三人は目配せを交わし、合図と共に床を蹴った。 ばさりと音を立ててカーテンがめくれ、大神と末広の姿がその奥の闇に消える。 美影は一秒に満たない間を挟んで、闇に飛び込んで行った。 淡く照らされる細い回廊を進み、開けた劇場に飛び出る。 スクリーンには映画の一シーンらしき景色が映し出されており、その光が劇場全体をぼんやりと照らしていた。 美影はスクリーンを一瞥すると、客席の方に目を向ける。 スロープ状の床に八列の椅子が八段並んでおり、そのうちいくつかが埋まっていた。 スクリーンの光に照らされる顔は、美影に見覚えのあるものだった。 「この人たち…!」 ぼんやりとスクリーンを見上げる観客の姿に、末広が声を漏らした。 そう、椅子に座っているのは、最近失踪した人々だったのだ。 「一体ここで…」 「吸収だ」 呆然とつぶやく末広に、大神が答える。 「魔力を回復するために、椅子に座った犠牲者から魔力を吸い取っているんだ…」 近くの椅子に腰を下ろすサラリーマン風の男に目を向けると、彼は椅子に半ば埋め込まれるような形で座り込んでいた。 「憑神は、幻覚や快感で気を紛らわせている隙に、取り込んだり魔力を吸ったりするんやけど、こいつは映画を見せてるみたいやね…」 心奪われるほど面白い作品を流しているのか、映画と共にある種の幻覚を見せているのか。 いずれにせよ、映画館型の憑神だから、映画を『観客』に見せているということだろうか。 「あまりスクリーンの方を見るなよ。下手したら座席に座らされることになる」 「それに、生きとる人がおるから、特殊部隊の人たちが突入したら大惨事や」 だが、椅子と同化しているため、戦闘の前に失踪者を連れ出すこともできない。 早急に憑神のコアを見つけ出し、駆除しなければならない。 「はやいとこ…本体を見つけんと…」 「向こうから仕掛けてくれれば楽なのだがな…」 そう呟いた瞬間、座席を照らす淡い光が揺らめいた。 スクリーンに映し出される映像が変わったのだ。 「ナコト映写室へようこそ」 高く済んだ、女の声がそう呼びかける。 「お客様にお願い申し上げます。上映中は座席にお付きになり、みだりに劇場内を歩き回らぬようお願いします」 スクリーンの映像が変わったらしく、座席を照らす光が変化する。 「上映中はお静かにお願いします。劇場内への危険物の持ち込みは、固くお断りします…」 上映前に流れる、お決まりの注意が三人の背後で上映されていた。 「皆さまの心地よい観賞のために、どうかご協力をお願いします」 「これ…もしかしてウチらに言ってんのかな?」 「どうやらその様だな」 スクリーンの映像を通じて幻覚を見せられぬよう、背を向けたまま美影と大神は言葉を交わした。 「だが、これで分かった…本体は映写室だ。映写室から…」 『おい、止まれ!』 大神の言葉を断ち切るように、唐突に三人の背後から、やや年齢を感じさせる男の大きな声が響いた。 座席を照らす光も、妙に明るい物に変わっている。 『止まらんか!』 「…!伏せて!」 末広の表情ににわかに緊張が走り、その言葉と共に彼女は通路に身を投げ出していた。 美影と大神が反射的に、その理由を考えるより先に彼女に倣う。 その直後、耳をつんざく銃声が劇場のスピーカーから発せられ、空いている座席の一つが砕けた。 「っ!」 何が起こったのか理解する前に、二発、三発と銃声が響く。 その度に座席が破壊され、三人の背中に木片とクッションの生地と綿が降り注いだ。 『ええい…おい、誰かナンバーを見なかったか!?』 身を起こしつつ、思わずスクリーンに顔を向けると、美影の目に拳銃を手に周囲の人々に声を掛ける、白髪の男が映った。 「クソ…なんだって言うんだ…?」 「多分、今の攻撃は映画の中から出て来たんやと思う…」 身を起こし、木片を払い落しながら美影が口を開く。 「前に見た映画のセリフで、その後すぐ銃撃があったってのを覚えてて…もしかしてあたしたち、幻覚攻撃を受けて…?」 「幻覚や催眠術やあらへん。この憑神は、映画を使って攻撃できるんや…」 末広の声に、彼女はそう言った。 再び座席を照らす光が変わり、低く流れていたBGMが切り替わる。 このまま攻撃が続くなら、スクリーンに背を向けたままでは戦えない。 「大神さん!」 「ああ!」 その一声に、三人はスクリーンの方を向いた。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ スクリーンに大写しになっていたのは、荒廃した市街地を背にロケットランチャーを構える兵士だった。 恐らく、発射されれば身を伏せたりする程度では避けきれない爆発が起こるだろう。だが、跳躍して避けようにも、彼女らの近辺には『観客』が腰を下ろしている。 何の映画か考える前に、美影の脳裏で思考が目まぐるしく駆け巡った。 そして、スピーカーから『ファイァァァァァ!』という僅かに間延びした声が響いた瞬間、彼女は手を巫女装束の懐に差しいれた。 重い爆音と共にロケットランチャーが発射ガスを噴き出し、彼女の手も勢いよく巫女装束から飛び出した。 美影の指先に挟まれていた術符が、スクリーンから飛び出した砲弾にぶつかり、発光と共に炸裂する。 術符に込められた爆砕が、ロケットを破壊した。 「っ!」 衝撃が三人と観客たちの腹を打ち、一瞬耳から音を奪い去った。 だが、耳を押さえている暇などない。スクリーンに映し出される映像が、再び切り替わったからだ。 映し出されたのは、氷結した池だった。池の氷は分厚いらしく、ワゴン車が一台氷の上に停められている。 そして車のそばには男が二人、銃を携えて椅子に腰を下ろしていた。大型犬が側にいるところを見ると、狩りだろうか。 すると、片方の男がおもむろに棒状の何かを取り出した。細長い紐のついた、二十センチほどの長さの棒だ。 いやな予感を呼び起こすその棒を手にした男は、ライターを取り出し紐に火をつけた。 火花を散らしながら、紐が燃え始める。 「ダイナマイトか!?」 大神が棒の正体を言うと同時に、男が手にしたダイナマイトを放った。 火花を散らしながらダイナマイトはスクリーンから飛び出し、客席に向けて放物線を描く。 男の傍らにいた犬が一つ吠えたところで、映像が切り替わってスクリーンに壁が大写しになる。 仮にスクリーンの中に物を押し戻せたとしても、これでは壁が邪魔でダイナマイトは戻せそうにない。 だが、大神は劇場の薄いカーペットを蹴って跳躍し、ダイナマイトを空中で捉えた。 そして床に降り立つと同時に、声を上げる。 「鈴華!映写室だ!」 その声で、美影は彼が何をしようとしているのかを悟った。 「分かった!」 巫女装束の懐から、爆砕の術符をもう一枚、スクリーンに光を投じる映写室に向けて放った。 爆破により、眩い光を放つ小窓が砕け散り、光が乱れる。 すると大神は、徐々に短くなりつつある導火線に臆することなく、映写室に向けてダイナマイトを投擲した。 火花を散らせながら、光を浴びるダイナマイトが小窓に吸い込まれていった。 そして、数秒の間をおいてから重い音が劇場に響き、スクリーンが暗くなった。 「…っ!」 映画が中断されたことによるものか、『観客』が正気に返ったように瞬きをした。 「あれ…?私…」 「な、なんだよこれ!」 各々、自分が何をしていたのか、自分が座席と半ば融合していることに気が付き、混乱と驚きに声を上げた。 暗さも相まって、『観客』達の混乱は強まっていく。 「皆、落ち着いて!」 美影は袂から術符を取り出すと、錫杖の先端に貼り付け、掲げた。 錫杖を通じて彼女の霊力が札に流れ込み、発光の術を発揮する。 闇の中に突然現れた眩い光に、『観客』達は静まり返った。 「皆さん、混乱してるところ悪いけど、まずは落ち着いて!」 錫杖に宿る白い光の中、急速に色褪せていく椅子や絨毯に、美影と大神はここがじきに消滅することを悟った。 だが、『観客』を慌てさせては何にもならない。 「とりあえず皆さん、ここを出ましょう!落ち着いて立ち上がって下さい!」 大神の指示に『観客』達が力を込めると、灰色のぼろ布と化していた座席のクッションが崩れ、半ば埋まっていた彼らを解放した。 「さあ、こちらです!落ち着いて、ゆっくりと!」 長時間映画を見ていたためか、『観客』は微かに足をふらつかせながら、末広や大神の誘導に従い、スクリーン脇の通路から劇場を出て行った。 「はーい、大丈夫だいじょーぶ…」 殿に立ち、錫杖を掲げて『観客』を通路から出口へと誘導すると、美影は最後に劇場を振りかえった。 薄い絨毯は灰色に色褪せ、座席はことごとくクッションが破れており、闇の中でも白いスクリーンの両脇にまとめられた緞帳はもはや漁網を束ねたようにしか見えない。 いくらか古ぼけていた劇場は、もはや廃屋といっても差し支えのないほど荒れ果てていた。 やがて壁にヒビが入り、亀裂が広がってその奥の闇が滲み出したところで、彼女は劇場に背を向けて通路を進んでいった。 ぼろ布のへばり付いた、今にも踏み抜いてしまいそうな板の上を抜けると、美影は光の中へと出て行った。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 眩さに目をそらすと、目に入ったのは白い光に照らされる束ねられた緞帳と、舞台袖の壁だった。 『観客』や、対妖魔憑神部隊の面々ではなく、映画館の一角だ。 「…!?」 自分が立ってなどおらず、劇場から出ていないことに、美影は混乱していた。 彼女の目を灼いたのが地下街の光などではなく、スクリーンに投じられた光であることを理解するまで、しばしの時を要した。 「何で…まだ映画館におるん…?」 呆然と、自分が劇場を出るどころか何もしておらず、ただ椅子に座ってスクリーンを見ていたことに、彼女は呆然と呟いた。 不安げに目を横に向ければ、そこには彼女と同じく大神と末広が腰掛けていた。 ただ、大神は美影と異なり、ただ茫然とスクリーンを見つめているだけだった。 「大神さん?大神さん!?」 声を掛け、肩を揺するが、大神は美影に何の反応も見せなかった。 スクリーンからの白い光を、ただぼんやりと目で受け止めていた。 「あかん…」 完全に映画に心を奪われており、立ち上がるどころかスクリーンから目を離すこともできなさそうだった。 「…!他の人は…!」 憑神に囚われていた行方不明者のことを思い出し、椅子から立ち上がって左右に目を向けるが、三人のほかには劇場には誰もいなかった。 劇場に入った彼らを迎えた、『観客』の姿すらないのだ。 「もしかして…最初から幻を…」 劇場に入ってスクリーンを一瞥した瞬間から、劇場憑神の術中にはまり込んでいたのだろう。 そして、まっすぐに座席に腰を下ろし、憑神退治の映画を見せられていたのだ。 ゆっくりと、順番に吸収していくために。 だとすれば早いうちに憑神を退治しなければ、未だ『観客』でいる二人が喰われてしまう。 だが、どこに憑神の本体がいるのだろうか。 そう考えた瞬間、スクリーンに投じられる白い光に、色が宿った。 美影はとっさに顔をそむけ、術中に陥らぬように壁を見、映写室に本体がいることを確信した。 「やっぱり、映写室や」 先ほどまで見せられていた『映画』は、リアリティを出すためかほぼ真実に近かったらしい。 美影はそのまま、じりじりと壁を見たまま移動を始めた。 やがて彼女はスクリーン脇の通路に入ると、劇場からほぼ通路のような狭さのホールに出る。 壁沿いの売店の左右には、トイレと立ち入り禁止の扉が一枚ずつあったが、そのうち立ち入り禁止の方が僅かに開いていた。 『STAFF ONLY』と掲げられた扉のノブを握ると、彼女は扉を開き、入った。 カラカラカラとリールの回転する映写機の音、床板の軋む音が、美影を迎えた。 「……」 「あら?美影ちゃん?」 映写機の向こうで、見覚えのある髪型が揺れた。 「え…?末広さん?」 劇場にいたはずの仲間の姿と声に、美影は思わず彼女の名を呼んだ。 「『関係者以外立ち入り禁止』なんだけど…まあ、いいわ」 彼女はそう言うと、映写機の向こうから顔をのぞかせ、右手で美影を招いた。 「手が離せないから、こっちに来てくれる?」 「は、はあ…」 今一状況を理解しきれないまま、美影は映写機の側へ歩み寄った。 だが、映写機の向こうにいた末広の姿に、美影は足を止めた。 「どうしたの?」 左肩のあたりから映写機を生やし、腰から下を台と融合させた、映写機憑依神ともいうべき姿の末広が、首をひねって美影を振りかえった。 「す、末広さん…?その体は…?」 映画館憑神に囚われ、さっそく手下にされたのだろうか?それにしては自由意志がありすぎるし、時間も早すぎる。 様々な思考と推測が回転する頭脳の一角で、美影はどうにか末広に問いかけた。 「ああ、これ?本当はどこでもいいんだけど、あたし映画が好きだから、特等席に座れるここにしたのよ」 どこか嬉しげに、まるで自分で選んだのだというような様子で、彼女は答えた。 「それって…」 「観客でも、モギリでも、売店でも、どこにでも入れるのよ。だって―」 美影の心中に浮かんだ可能性を、末広は肯定した。 「あたしが『ナコト映写室』だから」 つい先ほどまで同行していた、仲間の正体に、美影は一瞬足元をふらつかせた。 「ああ、大丈夫?空いている椅子ならあるから、座ったら?」 「な、何で…末広さん、ウチらと一緒に行動して…」 「ああ、それ?簡単なことよ。あたしは『観客』にもなれるし、『観客』を作れるの。ただ、あたしの記憶を基に勝手に動く人形みたいなものだから、何をしているかまでは分かるけど、直接操作は出来ないけどね」 簡単な手品の種明かしでもするような口調で、彼女はそう説明した。 つまり、この場にいる末広こそが本物の末広であり、『ナコト映写室』の本体なのだ。 「っ!」 全身に力を込め、美影は一瞬で手にした錫杖を掲げた。 しかし、それを末広の左肩から生える映写機に振り下ろそうとした瞬間、彼女の膝を何かが打った。 「!?」 突然の衝撃に膝が折れ、バランスを崩してその場に尻もちを突く。 だが、彼女の尻を打ったのは足元の床などではなく、膝ほどの高さにあった何か柔らかいものだった。 遅れて背中と腕が何かに受け止められ、その柔らかさに美影は自分が椅子に腰を下ろしたことに気が付いた。 「ほらほら、映画が始まるから座ったままでね。空調はちょうどいい?膝掛けもあるわよ」 立ち上がろうとした瞬間、天井からばさりと落ちて来た薄手の毛布が、椅子の上から美影の膝を覆い、押さえ込んだ。 「飲み物をどうぞ。ポップコーンもいかが?」 言葉と共に左右の肘かけかけから、ストローが刺さったものとポップコーンが山盛りになった、紙製のカップが生える。 「く、くう…!」 椅子から立ち上がろうともがくが、毛布は下半身を押さえ込んだまま動かない。 重さは感じないが、まるで下半身だけが土砂の下敷きになったようだ。 「さあて、何を上映しようかしら?」 末広は楽しげに言うと、自身の下半身も兼ねている台の上の、銀色の平たい円盤状のケースを物色し始めた。 「美影ちゃんぐらいの娘だと、「トワイライト」みたいなラブストーリーが好きかしら?「裸の十字架を持つ男」みたいなコメディもオススメよ。それとも「南極料理人」みたいな地味コメディが好みかしら? ああ、もちろんホラー系も用意してあるわよ。「ヘルレイザー」はシリーズ全部あるし、「ハロウィン」もリメイク版も揃えてあるわ。 スプラッタホラーが苦手なら、「シャイニング」とか「サイコ」みたいなサスペンス系もあるわ。 まあ、とりあえずホラー系全部見てから「イベントホライゾン」を見るのは決定ね。 マニアック系が好きなら、「ネクロノミコン」も「ドグラマグラ」も用意してあるわよ」 映画のタイトルを並べ上げ、フィルムが入っているケースを、末広は確認していた。 美影の知らないタイトルが多いぐらいだが、一つ一つ読み上げる末広の語調はどこか楽しげだった。 だが、いくらタイトルを並べたところで、美影が見られるのはその一割もないだろう。 映画を見ている間に、座席に吸収されて、『ナコト映写室』の糧になるのだから。 「ああ、美影ちゃん、あなたのことは食べたりしないから、安心してね」 美影の放つ微かな恐怖を読み取ったのか、末広がそう言った。 「え?何で…」 「ふふふ、美影ちゃんは『ナコト映写室』の観客になってもらいます。ずっと、ずーっと映画を見続けるのよ」 楽しげな、愉しげな口調の影に憑神特有の微かな狂気を孕ませて、末広は続ける。 「さっき『観客も作れる』って言ったけど、出来るのはあくまでもあたしのコピーなのよ。だから、ここで上映しながら『観客』の様子を見ていても、予想の出来る反応しかしないのよね」 それで、自分とは異なる人間を観客として招き入れた、と言うことか。 「でも…それやったらこれまでに捕まえた人は…?」 「反応がいまいちだったから、食べたわ」 何のためらいもなく、もらった野菜を煮物にした、とでもいうかのような気安さで、末広は答えた。 「でも、美影ちゃんは食べたりしないわよ。だって、下でとってもいい反応してたもの…」 椅子に座らせて、夢うつつのまま『映画』を見せていた時のことを思い出したのか、彼女は小さく笑った。 「さあ、映画が始まるわよ…」 必死に椅子と毛布の間から逃れようとする美影の前で、映写室ののぞき窓を覆っていたカーテンが開いた。 映写室の照明が消え去り、スクリーンが彼女の目に入る。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ スクリーンの上で、人が動いている。 会議用のテーブルに着いた三人の男が、今では珍しい分厚いテレビ、ブラウン管式のテレビに目を向けながら、難しい顔をしている。 「映画と言うのは、監督の脳内のイメージを観客に移す崇高な儀式よ」 闇の中、末広がフィルムを回しながら口を開いた。 「『目は心の窓。架空の映像であっても、心は目で見た物を実際に見た物として処理し、肉体に影響を及ぼす』なんて言葉もあるわね。 あれは本来は、テレビの弊害について言及したものだけど、映画の影響力はテレビどころじゃないわ。だって映画館には、テレビでは叶わない音響が付いているもの」 スクリーンの男の一人が席を離れ、無造作に積まれた何かの危機をいじる男と会話をしているシーンに切り替わる。 「『目は心の窓、耳は心の玄関。目で見た映像と耳からの音に、肉体は敏感に反応し人を作り変える。そう、ビデオドロームがビデオ人間を生むがごとく、キネマドロームは映画人間を生み出すのだ』」 朗々と、謳い上げるように末広は何事かを口にした。 だが、彼女が何を言っているか理解できずとも、その内容の危険性を美影は理解できた。 映画館憑神は、接触や取り込みの段階を踏むことなく、効率的に子憑神を生産する方法を実行に移すつもりだ。 「『キネマドローム万歳!映画人間万歳!』ってね…っ!」 首だけで美影の方を向いた末広が、その表情を強張らせた。 美影の指に、一枚の術符がはさまれているのに気が付いたからだ。 美影は、末広に悟られても動きを止めることなく、予定通り爆砕の術符を末広に向かって放った。 「…!」 末広の口から耳には聞こえない叫びが迸り、美影の膝を覆っていた毛布と二つのカップが宙を舞った。 カップからポップコーンとジュースが撒き散らされ、まっすぐに飛ぶ術符を左右から挟み、カップの口と口を合わせるようにして閉じ込めた。 そしてその上から毛布が巻き付き、一抱えほどの塊となったところで、一瞬塊が膨れた。 術符が爆砕の効果を発揮したからだ。 勿論末広にはダメージは届いていなかったが、そんなことは予想の内だった。 「はっ!」 美影は椅子を蹴って立ち上がると、その勢いを利用して跳躍した。 椅子だの何だのが置かれた狭いスペースから、大きく立ち回りの出来る広いスペースに写るためだ。 「敵襲!」 美影がどこまでも広く平らな金属の床に降り立ち、末広がそう叫んだところで、横手の壁に設けられた扉が左右に開いた。 扉の向こうに整列していたのは、銃を構える最低限の骨格だけで構成されたロボット兵だった。 大量生産と大量格納を第一とした設計のため、防御能力はほぼないに等しいが、数が集まれば厄介になってくる。 「く…!」 美影は低く呻くと、下半身の台座ごとこちらを向く末広から狙いを外し、真横に向けて跳躍した。 美影の蹴った床を、ロボット兵の銃から放たれた幾条もの赤い光線が穿ち、焦げ目めいた痕を残した。 とっさの回避に成功した美影は、つま先が床面を捉えた瞬間、足指に力を籠め、疎の一点を支えに更なる跳躍を行った。 一瞬遅れ、それも最前より短い一瞬の遅れを挟んで、狙いを修正したロボット兵が銃撃を行う。 光線はことごとく美影を外したものの、美影の回避と銃撃の間は狭まってきている。 あと避けられるのも、一度か二度程度だ。 だが、美影にはそれで十分だった。 二度目の着地に、彼女は身体を倒すようにしながら、三度目の跳躍を行った。 殆ど横倒しになるような勢いでの回避により、ロボット兵たちの照準を司るプログラムが少しだけ停滞する。 その隙を狙って、美影は回避しつつ距離を詰めたロボット兵の足に向けて、倒れながら錫杖を振るった。 錫杖の先端がロボット兵の足を掬い、バランスを崩して転倒させる。 その転倒に、近辺にいた数体が巻き込まれ、さらなる転倒を生む。 ロボット兵たちは、美影から狙いを外すとバランスを崩す味方を確認し、巻き込まれぬよう距離を取った。 そして、一通り転倒が収まり、ひっくり返った仲間が起き上がろうともがいているのを横目に、美影に向けて銃を向けようとした。 だが、ロボット兵のカメラに映ったのは、回避の転倒から姿勢を立て直し、錫杖を振りかぶる美影の姿だった。 最期に錫杖が叩き付けられるところを捉えて、ロボット兵のカメラは頭部ごと胴から外れ、あらぬ方向へ飛んで行った。 「ふっ、はっ!」 美影は踏込、錫杖を振るいながら、ロボット兵の頭部を叩き、打ち、損壊させていった。 一体、また一体と仲間を屠る美影に、僅かに距離を置いていたロボット兵が銃を構える。 だが、彼の内部に刻み込まれた『敵味方識別プログラム』が、その背後に立つ別のロボット兵を検知し、引き金を引くことを許さなかった。 銃を構えるロボット兵に気が付いた美影は、手近にいたロボット兵の肘から先を錫杖の一薙ぎで刈り飛ばすと、一息に距離を詰めた。 接近する敵の存在に、『敵味方識別プログラム』が『緊急時動作プログラム』に抑え込まれ、美影の向こうの味方への命中覚悟で銃撃することを許可する。 しかし、ロボット兵が銃撃に写るより早く、上段から振り下ろされた錫杖が、ロボット兵の頭部を胸部へと押し込み、その機能を停止させた。 ロボット兵が力なくその場に崩れ落ちるのを待たず、美影は中断に構えた錫杖をそのまま、横薙ぎに一閃させた。 彼女を囲む、ロボット兵の残党が、真横からの一撃に上半身と下半身を繋ぐ骨格を破壊され、倒れ伏して行った。 そして、最後の一体の胸部を錫杖の石突で貫くと、美影はロボット兵から得物を引き抜きながら、末広に向き直った。 「!?」 呼び出した戦力がこうも早く敗れるとは予測していなかったらしく、末広は表情を強張らせていた。 美影は、揺れるトロッコの上を走ると、一足とびに連結部を飛び越え、動力車のすぐ後ろに繋がれた末広のトロッコを目指した。 既にトロッコ列車は大穴の上を渡るレールを進んでおり、少し間違えれば数十メートル下の地面に叩き付けられてしまう。 だが、美影は臆することなく末広に迫っていた。もっと危険な場所での戦闘など、いくらでも経験してきたのだ。高所を走るトロッコの上とはいえ、彼女の足を止めることは出来ない。 「…くっ…!」 末広は一つ呻くと、自分の乗るトロッコと後続のトロッコの連結器を解除した。 動力車から切り離され、勢いだけで線路の上を転がるトロッコと動力車に引かれるトロッコの間がゆっくりと広がっていく。 そしてその距離が一両分に及ぶころ、美影はやっと勢いで転がるトロッコの先頭にたどり着いた。 だが、彼女はいくらか安心した様子で離れていく末広を見据えたまま、足を止めることなくトロッコの中を駆け抜け、底板を蹴って跳躍した。 踏み出した足が、トロッコの縁を捉え、さらなる勢いを生む。 末広の乗るトロッコとの距離は、トロッコ一両分を越えている。 いかに美影の脚力が優れていようと、レールと枕木に叩き付けられ、後続のトロッコに惹かれるのは必然であった。 そう、もしこのままならば。 美影は、巫女装束の袂から術符を取り出すと、勢いよくそれを投げ放った。 一枚の札が空を裂き、末広をかすめてその背後、動力車に貼りつく。 そして、術符に描かれた模様が発光し、一切の動きを封じ込める『身縛り』が動力車にかかる。 がぢん、と重い金属音が響き、動力車の動きが一瞬止まる。だがその直後、術符は崩れるように砕け散ってしまった。術符一枚の力では、鉱石を満載したトロッコ十数両を牽引する動力車を、瞬き一度程度の間しか止められないのだ。 しかし美影には、その一瞬で十分だった。 トロッコとトロッコの間の空中を舞っていた美影が、一瞬の停止によって動力車に追いつき、直結されたトロッコに飛び込む。 繰り出された足が、バランスを崩してよろめいていた末広の腹に突き刺さり、跳躍の勢いが彼女の腹部に炸裂した。 「かはっ!?」 腹から搾り出される呼気に、苦痛と驚愕の声音が加わり、末広の異形の身体が真後ろへ突き飛ばされた。 末広はコンクリートで覆われた地面に背中を叩き付けると、ビルの屋上を数十センチほど滑ってから止まった。 美影は倒れ伏す末広に躍り掛かり、その左肩の映写機に向けて錫杖を振り下ろした。 しかし、末広は迫る錫杖を転がって躱し、その勢いで立ち上がった。 数メートルの距離を置いて、二者は対峙した。 そしてそのまま、二人は睨み合ったまま動きを止める。 美影は走行と跳躍で上がった呼吸を整えるため。末広は腹部へのダメージを和らげるため。 視線だけで相手を刺し、牽制しつつ、二人はタイミングを見計らっていた。 黙する二人の間を、ビルの谷間を通り抜けてきた風が吹き抜ける。 その瞬間、二人の間を何かが走り抜け、弾かれるように二人が動いた。 低く低く、相手の腰ほどの高さに身を屈めて地面を蹴り、美影が突進する。 腰のホルスターから抜いた拳銃を、末広が構えて立て続けに引き金を引く。 発射された弾丸が、螺旋を描きながら突き進み、美影の巫女装束の裾や肩口、頭や頬を掠めて、コンクリートの地面に穴を穿つ。 一撃ごとに、美影の身体を痛みが走るが、美影は止まらない。 一歩ごとに、末広との距離が狭まっていくが、末広は指を止めない。 やがて、錫杖の射程に末広が入り、確実に銃弾を当てられる距離に美影が入った。 両者の視線が交錯し、それぞれの身体が動く。 末広の指が引き金を引き絞り、美影が手にした錫杖を突き出す。 しかし、美影の足は錫杖を繰り出すための踏込ではなく、末広から遠ざかろうとするようにコンクリートを蹴っていた。 退く勢いに、錫杖を投擲する勢いを上乗せし、美影が後ろに跳ぶ。 錫杖の石突が、まっすぐに末広の左肩から生える映写機のレンズを捉え、末広の放った銃弾がコンクリートを打つ。 レンズが砕け、末広の口から絶叫が迸った。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ カラカラカラ、とリールの回転する音に、美影ははたと気が付いた。 辺りはつい先ほどまでいたビルの屋上ではなく、『ナコト映写室』の映写室だった。 だが、膝を覆う毛布は彼女の下半身を捉えたままで、中身をばら撒いた紙製のカップは、ポップコーンとジュースをそのままに椅子の肘かけに納まっていた。 そう、さっきまでと一部の変りもなく、すべて元のままだった。 硬直する美影の耳を、軽い拍手の音が打った。 とっさに顔を向ければ、つい先ほど錫杖の石突でレンズを砕いてやったはずの末広が、笑顔で拍手をしていた。 「いやあ、面白かったわよ、美影ちゃん」 彼女の一言に、美影は何が起こったのかを理解した。 美影は、微動だにすることなくただ映画を見ていたのだった。 そして、映画の中で末広の言う『いい反応』をしていたのだ。 「やっぱりあたしが見込んだとおりだったわね。次の作品が楽しみだわ」 末広はそう微笑むと、腰から下の台座に乗せられたフィルムのケースを手に取った。 もう、このまま末広の言うとおり『観客』として生きていくことになるのだろうか? 絶望が彼女の心に影を落とした瞬間、美影はふと一つの可能性を思い起こした。 「…!」 「ん?なにかしら、美影ちゃん」 何か気配を察したのか、手を止めて振り返る末広に、彼女は口を開いた。 「い、いや…何も…」 何事もないという様子で返事するが、美影の心中には一つの希望が浮かんでいた。 そう、美影たちが帰還しなかった場合は、対妖魔憑神部隊が突入するのだ。 殲滅を目的とする彼らなら、劇場に入る前に映写室を制圧するだろう。 そうなれば、映画を見せて観客にすることもできないはずだ。 「そう…ああ、そういえばついさっき、団体さんが入って来たわよ」 だが、末広は彼女の心を見透かしたかのように、そう述べた。 「最初は皆マナーが悪かったけど、今では大人しく映画を見てるわ」 「嘘…!?」 「本当よ、ほら」 美影の腰かけた椅子が、床の上を這いずって覗き魔殿近くに移動する。 するとスクリーンからの光に照らされる座席に、何人もの戦闘服を纏った人影が腰を下ろしているのが見えた。 みな一様にスクリーンを見上げ、映画の合間の白い光を浴びていた。 「そんな…」 「でも、みんな美影ちゃんほどいい『観客』じゃないから、適当に映画見せてから追い返してやるわ。そうすれば、連中はあたしを倒したと思って嬉しいし、あたしもしばらくは自由にできるしで、いいことづくめじゃない」 福陸県警を一安心させることで、完全に安全な立場に入るつもりらしい。 「これで、ずうっと映画が見られるわね…」 どこか恍惚とした様子の広末の言葉に、美影の背筋を怖気が走った。 そう、彼女は美影を捕らえたままでいる気なのだ。この日の差さぬ地下で、映画を見せ続けるために。 未来永劫、ここから出られない可能性が、美影の精神を蝕む。 「ふふふ、安心して。地上に出たいと思えなくなるほど、素晴らしいフィルムが揃ってるんだから…」 彼女自身の昏い欲望を、末広は口にした。 そう、美影はもう日の光を浴びることは無いのだ。まるで何かのように。 (…ん?) 絶望に塗りつぶされゆく意識の内で、彼女の胸中に小さな何かが浮かんだ。 自分の思考に、疑問とは言えないほど小さな疑念、あるいは違和感を彼女は感じた。 今、自分はなんと続けようとしていた? 思考にも満たない感想のひとかけらを、彼女の意識の一部が追い求める。 絶望の表情と、絶望の思考の裏で、美影が可能性を求めて思考した。 (ウチ…『何』みたいになると思ったんや…?) 思考の表にも浮かばなかった、意識裏の思考を求め、日を浴びることのない何かを彼女は遡っていく。 影?蛍の光?闇の中にしか生きられない弱小の妖魔? いや違う。もうちょっと別の、映画と関係した…。 (吸血鬼?) そう、吸血鬼だ。以前に誰かから聞いた、『映画と吸血鬼は似ている。日の光の下では存在できないから』という言葉が意識の底をよぎったのだ。 しかし、そんなたとえ話を思い出したところで、何の役にも立たないはずだが、美影の意識はなおもあがき続けた。 吸血鬼に似ているというのならば、ここに太陽の光を引き込めばどうなるだろう。 末広と彼女に巣食う憑神が灰になるのならば最高だが、そんな都合のいいことが起こるわけがない。 では、どうなる。簡単なことだ。スクリーンの映像が掻き消え、映画の邪魔になるだけだ。せいぜい、末広を怒らせる程度のことしかできないだろう。 笑顔でフィルムを選ぶ憑神を見ながら、美影は意識の一角で思い浮かべるが、美影はその一抹の可能性に賭けることにした。 フィルムを選ぶ末広に気が付かれぬよう、美影は巫女装束の袂に手を差し入れ、一枚の術符を取り出した。 『映画』の中でも使った、発光の術符だ。 霊力を供給することで発光し、量を注ぎ込めば手元から離れても光り続ける術符である。 美影は手にした術符を構えると目を閉ざし、意識を集中して霊力を注ぎ込んだ。 +可能な限り、術符がパンクする寸前ギリギリまでだ。 すると、札に描かれた文字と模様が薄く光を帯び、直後眩いばかりに輝きだした。 その明るさは目蓋越しでも眩いほどで、目を開いていても何も見えないほどだろう。 「!?」 辺りを塗りつぶすほど強烈な光に、末広が美影の方を向くが、すぐに目元を覆って呻き声をあげた。 美影は目蓋越しに視界を塗りつぶす光の中、記憶を頼りに手を伸ばし、映写室の窓に術符を貼りつけた。 劇場が光にさらされ、日中の屋外の如き様相となり、スクリーンに宿っていた光が塗りつぶされていく。 人の意識に入り込んでいく映画が、スクリーンから消えた。 「っ!」 映写室の窓の向こう、劇場の座席に腰を下ろしていた大神と、突入した部隊の面々がはたと正気に返る。 『映画』から明るい劇場へ移され、何が起こったのか理解できず混乱する者が殆どだったが、大神は側に美影がいないことに気が付いた。 「鈴華!?」 彼の脳裏を、美影が憑神に喰われた可能性がよぎるが、映写室からの光が彼女によるものだと気が付いた。 そして、椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がると、混乱する部隊の面々といまだ座り込んだままの末広を残して、劇場を飛び出した。 「ああああああああ!や、やめてええええええ!」 目を灼かれながらも、末広は声を上げ、術符を剥がそうと手を伸ばす。 しかし、目を庇いながらでは指は届かず、空を掻くばかりである。 一方美影も、目を閉ざしたまま椅子から立ち上がろうと全身に力を籠め、薄手の毛布と格闘していた。 だが、毛布はがっちり椅子に食い込んでおり、美影を離すまいとしがみついていた。 このままでは術符が焼き切れ、光が消えてしまう。 そうなれば映画が再開し、『映画』の中にとらわれたままになってしまうだろう。 その前に脱出しなければ。 「こ、のぉぉ…!」 渾身の力で毛布を蹴ろうとするが、びくともしない。 「鈴華!」 その時、映写室の扉が蹴破られるような勢いで開き、大神の声が響いた。 「大神さん!?」 目蓋越しの光に視界を塗りつぶされながらも、美影は声の方に顔を向けた。 「大丈夫か?」 彼は迷うことなく、鼻を頼りに一直線に美影の下に向かうと、彼女の肩に手を触れた。 「立てるか?」 「だめや…ひざ掛けが足を捕まえとって…」 美影の言葉に、大神は薄手の毛布を掴んで剥がそうとした。 しかし、毛布はがっちりと固まったまま動く様子がない。 「耳をふさげ」 大神はそういうと、美影が耳を押さえるのを確認し、抜いた拳銃を椅子の足に向けた。 そして立て続けに引き金を引き、椅子の足をへし折る。 「!」 瞼の裏のまばゆい光の中で、掌越しに銃声が鼓膜を打ち、遅れて美影の身体が傾く。 折れた脚が椅子の重量に耐えきれず、転倒したのだ。 「力を抜け」 大神が美影の両脇に手を差し入れ、引っ張ると、毛布の隙間から彼女の足が抜けた。 美影はすぐさま立ち上がると、光の中で錫杖を握り直した。 「立てるな?とりあえず脱出するぞ」 「その前に、特殊部隊の人たちも助けんと」 まばゆい光の中、正気に返っている彼らを連れ出さなければ、術符が焼き切れた後は元に戻ってしまう。 「だが、こんな光の中では、俺一人で誘導するのは無理だ」 「ウチにええ考えがある」 大神は美影の手を取ると、先に立って劇場へと彼女を導いた。 美影がつまずかぬよう、だがそれでも十分急いで、劇場に入った。 対妖魔憑依神部隊の面々は未だ目を灼く光と、『映画』と現実の齟齬に混乱の中にあった。 『映画』から現実に戻った瞬間、混乱して銃を撃ってしまった者や、立ち上がろうとして横転し、負傷してしまった者がいる。 「スクリーンのところまで、連れてって」 「分かった」 大神は声と光の中、美影をスクリーン前まで導いた。 すると美影は、巫女装束に手を差し入れ、札を一枚銀幕に貼りつけた。 美影の記憶によれば、彼女が摂り出した場所に収めていたのは、『発火』の術符だった。 スクリーンに貼りつけた術符を軽く押さえてから指を離すと、彼女の狙い通り術符は燃え上がった。 銀幕に炎が移り、じわじわと燃え広がっていく。 そしてほぼ同時に、劇場を照らしていた光が掻き消えた。術符がついに焼き切れたのだ。 だが、劇場内は燃え上がるスクリーンによってぼんやりと照らされていた。 「みんな!いったんここから出て!」 美影の上げた声に、全員が視線を彼女に向けた。 「映画を見ると、幻覚見せられるから、絶対にスクリーンを見らんで!」 映写室からスクリーンに光が投じられ、銀幕に何かが映し出される。 だが、銀幕を舐める炎によりスクリーンは半分程度が焼かれ、残る半分も炎の放つ光によって照らされている。 特殊部隊の隊員たちは、スクリーンの端で揺れる光に心を奪われそうになりながらも、どうにか我を保ち、身動きの取れない仲間を連れて、美影の誘導に劇場出口へ移動していった。 「あせらんで!でも急いで!」 炎がスクリーンからカーテンに燃え移り、天井へと広がっていく。 だがそれでも映写室からは光が投じられ、揺れる淡い映像を映そうとしていた。 「鈴華!もう限界だ!」 観客席に着いていた『観客』の末広を抱えた大神が、出口から呼びかける。 「これで、最後や!」 最後の隊員を送り出してから、美影は劇場の出口めがけて通路に飛び込んだ。 『映画』の展開とほぼ同じだが、違いは劇場が火に飲まれているところだろうか。 振り替えることなく、美影は通路を走り抜け、映写室と売店の前を通り、外へ飛び出した。 映写室で、左肩に映写機を生やした末広が声を上げていた。 「ああああああ!」 窓から見える劇場が燃えている。 スクリーンはすでに焼け落ち、座席も殆ど燃えた布がへばりつく炭と化している。 熱によってガラスにはひびが入り、通路や壁を抜けてきた炎が映写室を焼いている。 フィルムの納められた缶の蓋が開き、中からフィルムから生じたガスが噴出している。 「ああああああああ!!」 憑神が長年かけて集め、末広がゆっくり見ていこうとしていた映画が、焼け、溶け、蒸発し、失われていく。 文字通り、身を焼かれるような絶叫が、彼女の口から迸っていた。 やがて、炎が映写室全体を飲み込み、彼女の姿が炎の中に消えていった。 叫び声が変わった。 美影たちは『ナコト映写室』から出ると、安全な距離に退き、消防隊を呼んだ。 しかし、劇場から炎は溢れ出さず、代わりに声だけが響いていた。 実際には中にいる映写機末広が叫んでいるのだろうが、『ナコト映写室』そのものが叫んでいるように見えた。 やがて、壁にへばりつくように入口を形作っていた『ナコト映写室』がぶるぶると震えだし、看板の端や窓口が引き伸ばされるようにして、入口へ吸い込まれ始めた。 ポスターの一枚一枚がはがれて宙を舞い、通路に設置されていたモニターポスターが人々の合間を縫って、劇場の中に吸い込まれていく。 隊員や警官が身構えるが、頬に触れる空気は微動だにしていない。 憑神を構成する、『ナコト映写室』の部品だけが吸い込まれているのだ。 やがて窓口や壁さえもが、劇場の中に引き込まれていく。 己の尻尾を飲み込む蛇のように、『ナコト映写室』が『ナコト映写室』に飲み込まれていった。 看板の文字が引き伸ばされ、壁の模様が歪曲し、何もかもが絶叫の迸る通路の奥へと消えていく。 やがて、劇場の裏に隠れていた本物の壁が露になり、劇場そのものが壁から引きはがされるようにして己の中へと消えていく。 そして、最後に穴が穴自身を飲み込んで空に消えた。 「…!全員、憑神の魔力痕跡を追跡しろ!どこかに本体があるはずだ!」 呆然としていた中田川が、我に返って声を上げる。 遅れて、警官や特殊部隊の隊員が、今しがた消え去った憑神を追うため機器を起動したり、どこかに連絡を取り始めていた。 「…何が起こったんやろう…」 どこか夢でも見ているような口調で、美影がポツリとつぶやいた。 『映画』の上映に、末広の正体。そして劇場の消滅など様々なことが起こり過ぎたからだ。 「さあな…ただ、はっきりと言えることがある」 力なく腕に納まる『末広』の身体を抱えたまま、大神が呟いた。 「映画は終わったんだ」 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 口 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・ ぱちぱちぱちぱち、と暗闇に拍手が響いた。 傑作に出会えたことに対する感謝と、作品に関わった人々への称賛を込めた拍手だ。 女は、スクリーンに映し出される名前の人物に届け、とばかりに拍手をしていた。 女がいるのは、とても狭い部屋だった。 椅子が数脚に、スクリーンが一枚。スクリーンの両脇には一抱えほどのスピーカーが置かれ、壁にはフィルムの入ったケースやビデオ、DVDの収まる棚が並んでいる。 部屋の出入り口はなく、完全に映画を観るためだけの環境が整えられていた。 そして、部屋の中央の椅子に腰かける女は、左肩に生やした映写機を触れることなく止めた。 数秒の沈黙を挟み、リールが逆回転してフィルムが巻き戻されていく。 巻き戻しが終わると彼女は、傍らの椅子に置いてあったケースを開き、フィルムを入れ替えた。 映写機のにランプが点灯し、リールがゆっくりと回転を始める。 スクリーンに光が宿り、スピーカーが震え始めた。 女は観終えたフィルムをケースに戻すと、期待を胸に、スクリーンに目を向けた。 映画が始まる。 |